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Chapter9*ビール売りの少女@三十路目前

ビール売りの少女@三十路目前[3]—①

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ほうれん草とベーコンのキッシュ、サーモンとアボカドのサラダ、エビチリ、五色いなり。

それは炬燵の上に広げられた“晩餐”。
その“ご褒美”を前に、わたしはガックリと項垂れていた。

温めておいたキッシュとエビチリは無残にも冷えきり、ラップを掛けていなかったサラダは表面が乾いている。
何より残念なのは――。

「せっかくのビールがぁ~っ」

無残にも常温に戻ってしまったビール。せめて開栓前だったなら良かったものを!
下げていた頭を勢いよく持ち上げると、こうなった元凶を睨みつけた。

「楽しみにしてたのにっ…! アキのバカ!」
「ごめん……」

可愛くシュンとみみを下げたって、今回ばかりは誤魔化されない。食べ物の恨みは怖いのよ!

いっそう眉間に力を入れ、渾身の恨みを込めて睨み上げると、アキは「すみませんでした……」といっそう眉を下げた。


前触れもなく訪れたアキとの玄関での攻防。からの、有無を言わさぬ寝室への直行。そして今に至る。

――って‼

確かにわたしも本気で『ダメ』とは止めなかった。ええ、止めませんでした。
なんなら自分からディープなキスしちゃったし。
でもね、だけどねっ……!

こんなにヘロヘロにされるなんて思わないじゃない!? 木曜日の夜なのよ? 明日はまだ金曜日! きみは明日もお仕事なんじゃないの!?(わたしは公休日だけどね!)
 
たっぷり時間を掛けて散々にかされて。
『ダメ』とか『イヤ』って言ったら言ったで、『本気でイヤなら仕方ないな』とかってやめようとするし…! 

え、ほんとに?ここでやめちゃうの!?この状態で!?――なんて、頭の中はグルグルで、目を見開いたまま固まっていると、今度はわたしにどうして欲しいのかなんて訊いてきて。

なにその『お願いをきいてあげる』てい! 
くそ~っ! ベッドの上で女が口にする「イヤ」が、“GO”なのか“NO”なのか、よくご存じでいらっしゃいますわよね、CMO!

なんて。そんな文句を言う余裕すらなくて、涙目になりながら『おねがい……』って言っちゃったのは、静川一生の不覚…!

覚えてなさいよ、このドSドラネコ御曹司めーっ!

そんなわけで、ドSな血統書付きドラネコにたっぷりとでられたわたしは、終わった後はもうぐったり。
指一本動かすのすら気だるくて、しばらくの間ベッドに突っ伏したままでいたら、『背中も綺麗だな』なんて言いながら触れてきて。あろうことかそこにリップ音を立て始める。

うっかり反応したが最後……えぇっ、もう一回!?

恋人になったばかりで三日間も会えなかったせいか、はたまた彼自体がそういう・・・・タイプなのか。

ていうか、これが若さってやつなのか…!?

わたしがなんとかベッドから這い出せたのは、来客を知らせる呼び鈴から実に四時間後だった。

そんなこんなで、すでに空腹すら感じなくなっているから、買ってきたデパ地下惣菜デリが残念な感じで干からびているのは我慢できる。
だけど、喉は渇いてる。なんならヒリヒリすらする。
今、冷えたビールを一気に流し込みたかったのよ! 今‼

無言のままアキを思いっきり睨みつけ続けると、彼は何やら持ってきたバッグをがさがさと漁り始めた。ついさっきまで玄関に置きっぱなしにされていたカバンの中から、いくつかの袋が出てくる。

その中のひとつを開けると、「こっちは飲めるかなぁ……」と言いながら、彼が炬燵の上に出した。それを見て、思わずわたしの口から声が飛び出した。

「あっ…! これ知ってる、麹のビール!」
「さすが静さん、よく知ってるな」
「ずっと気になってやつなの。でもまだ飲んだことはなくて……」

アキが出したのは、和歌山にある醸造所ブルワリーのビール。
実は密かに気になっていたのだ。世界初となるこうじを主原料としたビールで、麦芽ばくがを使っていない珍しいものなのだ。

いつか絶対飲もうと思っていたものが目の前に出されて、わたしのテンションは一気に急上昇。

「どうしたのっ、これ!」
「静さんへのご褒美」
「ご褒美って……」

アキが炬燵の上に広げたのは、ビール以外にもチーズやサラミ、惣菜デリカのパック、なぜかケーキの箱まである。わたしが買ってきたものと合わせると、かなりの量だ。

ご褒美なら少し前に鉄板焼きをご馳走になったはず。あれ以来、アキと会うのは初めてで、『ビール克服』の進捗があったわけじゃない。

不思議に思いながら首をかしげると、アキが微笑んだ。

「今日のプレゼン、お疲れ様」
「あっ」
「頑張った静さんを労いたくて。時間がなくてこんなものしか用意出来なかったんだけど」
「こんなものって――全然そんなことない!」

アキはわたしがどんなものを喜ぶのかをちゃんと分かってくれている。そのことも嬉しいけれど、何よりわたしのことを『労いたい』と思って、忙しい合間を縫って買って来てくれたのだ。そんなの嬉しくないわけがない。

「ありがとうアキ……すごく嬉しい!」
「喜んでもらえて嬉しいよ。でもこっちもちょっとぬるくなってるな……」

瓶に触りながらアキが呟く。
寒い玄関に置いてあったとはいえ、飲みごろの温度とは言い難いかもしれない。
そこでわたしは、彼が持ってきてくれたビールを冷蔵庫にしまい、別のものを出した。

「あれはまた後で一緒に飲もう。今はこれで我慢かな」
「トーマラガー……」
「なに、イヤなの?」

有無を言わせぬ視線を送ると、アキは「いや…別に……」と苦いものを噛んだような顔になった。
その顔を見ながらわたしは目を少し細め、冷ややかに言った。

「今日は手伝わないからね」
「えっ!」

そう言ったアキをじろりと見つめ、「当たり前です」と言う。
手土産にうっかりほだされかけたものの、それはそれ!しつけは大事ですから!
苦手なトーマラガーだって、今日は自分で飲んでもらいます。

しょんぼりと分かりやすく眉を下げたアキに、うっかり決意が揺ぎかけるけど、心を鬼にして我慢。絶対絆されない。好物ビールの恨みは恐ろしいのだ。

するとアキは突然「あ!」と言って瞳を輝かせた。

「じゃあお詫びに僕が飲ませ、」
「結構です」

秒で却下。

だってわたし――自分で飲めますから。


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