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Chapter9*ビール売りの少女@三十路目前
ビール売りの少女@三十路目前[2]—②
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「もうっ!規定違反じゃないっ!」
「え、……それ、まだ続いてるの?」
「当たり前ですっ!!」
前のめり気味にそう言うと、アキが思いっきり眉をしかめた。
「どうして?」
「どうしてって」
『そんなの決まってるじゃない』
そう続けようとした言葉を低い声に遮られた。
「静さんにとって僕って何?」
「何って……」
思わず口ごもった。
だって『カレシ』だなんて、もう三年以上も口にしていないんだもん。本人に向かって言うなんて恥ずかしすぎる。なんの羞恥プレーだ。
「えぇっと……、それは…その……」
うつむいてもごもごと口の中で呟いていると、頭に視線が刺さった。視線だけ上に向けると、アキが真顔でじっとわたしを見つめていた。いつになく険しい目つきに思わず怯む。
「あなたと恋人になれたと思っていたのは、僕だけだったんだな」
「なっ」
「ああ、もしかしたら僕がひとりで勝手に見た夢だったのか」
「そんなことな、」
「それとも、僕の仕事が立て込んでいて中々会えなかったから、やっぱりやめようってなったとか、」
「ちがっ」
「じゃあなに。何なの?教えてよ、静さん」
真剣な顔つきでそう言った彼に、わたしはしぶしぶ口を開いた。
「アキはわたしの……カっ…カレシ……でしょ」
言った途端、恥ずかしさのあまり顔が熱くなった。両手で覆って隠してみたものの、絶対首も耳も真っ赤になってる。頭から湯気が出そう。
なにこれ、なんの辱め!?
顔を覆ったまま羞恥に身悶えていると、突然ギュッと抱きすくめられた。
「ぐぇっ」
自分でも「どうよ」と思うような声を上げたわたしを、アキはそのままぎゅうぎゅうと強く抱きしめる。
「ア、アギっ…ぐ、ぐるじい……」
潰されたカエルみたいな声を上げながら彼の胸をバンバンと叩くと、やっと腕が緩められた。
「良かった…!あれから一度も会えてなかったから、やっぱりやめたって言われたらどうしようかと思った」
「そ、そんなこと言わないわよ……」
そう言うと、あからさまにホッとした顔になったアキが、わたしの頬に片手を添えて顔をのぞき込みながら「本当に?」と訊いてくる。
「ほんとだってば」
どんだけ鬼だと思われているんだか。そっちの方が不安になるわ。
「良かった。ずっと気になってたんだ。初めての朝だったのに、ゆっくり一緒にいられなかったことも」
「はっ、はじっ……!」
ちょっ!言い方!!
まるで“初体験”を捧げた翌朝みたいな言い方やめて!それこそ最初のやらかし案件があるでしょーが!
「べ、別に…『初めて』ってわけじゃないじゃない」
平然と返したつもりなのに、「くすくす」と笑う声。きっとまた顔が真っ赤になったからだ。
きゅっと唇を噛んで羞恥に耐えていると、彼が困ったように眉を下げた。
「またそんな可愛い顔して……誘ってるの?」
「さっ!――そってなーいっ!!」
アキは「これだから、無自覚無意識無防備は困るな」なんて、意味不明なことを呟きながら、頬に添えた手の親指でわたしの下唇をゆっくりとなぞる。その動きに合わせるように二重の垂れ目が細く弧を描いていく。
ぜ、全然困った顔じゃないんですけど!?
「スーツのままなのは、一分一秒でも早く会いたかったから。出先からの帰りに、矢野さんから近くまで送ってもらったんだ。……それでもやっぱりダメ?」
小首を傾げながら見下ろされて、ぐっと喉が詰まる。
そんな甘い瞳で『一分一秒でも早く会いたかった』なんて言われて、速攻『ダメ』って言えるほど強靭な精神は持ち合わせていない。むしろ鋼の心臓プリーズ!
だからと言って、簡単に『ダメじゃない』なんて言えないのだ。
わたしは、彼と付き合い始めたことを誰かに言うつもりはない。
もし職場の誰かに見つかったらと思うと、背筋がゾーっと寒くなる。だって絶対とんでもない騒ぎになるに違いないのだから。
忘れたわけじゃない。
彼は親会社の役員でTohmaの後継者。誰もが憧れるエリート御曹司様なのだ。
「ダメ……ていうか、困るでしょ?もし誰かに見られたら……」
「別に?僕は全然困らないけど」
「わたしが困るの!」
もし彼と一緒のところを誰かに見られたら、いったいどう言い訳すればいいのか分からない。だって彼はこんなところにいるはずもない人だもの。
“アキ”のスタイルの時ならなんとか出来ても、今みたいなまるっきり“CMO”スタイルを目撃されたら言い逃れなんて出来やしない。
だから最初の協定書に、『甲は仕事姿で乙の家に来ない』という条文をいれたのに。
じっとりとした目つきで見上げていると、アキが眉を下げた。
「ただでさえ、ここのところ仕事が立て込んでいたせいで静さんに会えなかったのに、一回ホテルに帰って着替えていたら余計に会う時間がなくなるからなぁ……」
しょんぼりとした顔に心が揺らぐ。うっかり『じゃあ仕方ないわね』って言わないようにしないと。
「だからと言って、職場では着替えて来られないしな……」
そりゃそうだ。そもそも、職場で“アキ”スタイルをばらしてしまったら、何のために着替えて来てもらうのか分からないでしょ。そういうのを、本末転倒って言いますよね?
眉間にシワを寄せて「う~ん」と唸るアキ。それを見ているわたしも、さすがに彼にばかり努力してもらうのも申し訳ない気がしてきた。
「え、……それ、まだ続いてるの?」
「当たり前ですっ!!」
前のめり気味にそう言うと、アキが思いっきり眉をしかめた。
「どうして?」
「どうしてって」
『そんなの決まってるじゃない』
そう続けようとした言葉を低い声に遮られた。
「静さんにとって僕って何?」
「何って……」
思わず口ごもった。
だって『カレシ』だなんて、もう三年以上も口にしていないんだもん。本人に向かって言うなんて恥ずかしすぎる。なんの羞恥プレーだ。
「えぇっと……、それは…その……」
うつむいてもごもごと口の中で呟いていると、頭に視線が刺さった。視線だけ上に向けると、アキが真顔でじっとわたしを見つめていた。いつになく険しい目つきに思わず怯む。
「あなたと恋人になれたと思っていたのは、僕だけだったんだな」
「なっ」
「ああ、もしかしたら僕がひとりで勝手に見た夢だったのか」
「そんなことな、」
「それとも、僕の仕事が立て込んでいて中々会えなかったから、やっぱりやめようってなったとか、」
「ちがっ」
「じゃあなに。何なの?教えてよ、静さん」
真剣な顔つきでそう言った彼に、わたしはしぶしぶ口を開いた。
「アキはわたしの……カっ…カレシ……でしょ」
言った途端、恥ずかしさのあまり顔が熱くなった。両手で覆って隠してみたものの、絶対首も耳も真っ赤になってる。頭から湯気が出そう。
なにこれ、なんの辱め!?
顔を覆ったまま羞恥に身悶えていると、突然ギュッと抱きすくめられた。
「ぐぇっ」
自分でも「どうよ」と思うような声を上げたわたしを、アキはそのままぎゅうぎゅうと強く抱きしめる。
「ア、アギっ…ぐ、ぐるじい……」
潰されたカエルみたいな声を上げながら彼の胸をバンバンと叩くと、やっと腕が緩められた。
「良かった…!あれから一度も会えてなかったから、やっぱりやめたって言われたらどうしようかと思った」
「そ、そんなこと言わないわよ……」
そう言うと、あからさまにホッとした顔になったアキが、わたしの頬に片手を添えて顔をのぞき込みながら「本当に?」と訊いてくる。
「ほんとだってば」
どんだけ鬼だと思われているんだか。そっちの方が不安になるわ。
「良かった。ずっと気になってたんだ。初めての朝だったのに、ゆっくり一緒にいられなかったことも」
「はっ、はじっ……!」
ちょっ!言い方!!
まるで“初体験”を捧げた翌朝みたいな言い方やめて!それこそ最初のやらかし案件があるでしょーが!
「べ、別に…『初めて』ってわけじゃないじゃない」
平然と返したつもりなのに、「くすくす」と笑う声。きっとまた顔が真っ赤になったからだ。
きゅっと唇を噛んで羞恥に耐えていると、彼が困ったように眉を下げた。
「またそんな可愛い顔して……誘ってるの?」
「さっ!――そってなーいっ!!」
アキは「これだから、無自覚無意識無防備は困るな」なんて、意味不明なことを呟きながら、頬に添えた手の親指でわたしの下唇をゆっくりとなぞる。その動きに合わせるように二重の垂れ目が細く弧を描いていく。
ぜ、全然困った顔じゃないんですけど!?
「スーツのままなのは、一分一秒でも早く会いたかったから。出先からの帰りに、矢野さんから近くまで送ってもらったんだ。……それでもやっぱりダメ?」
小首を傾げながら見下ろされて、ぐっと喉が詰まる。
そんな甘い瞳で『一分一秒でも早く会いたかった』なんて言われて、速攻『ダメ』って言えるほど強靭な精神は持ち合わせていない。むしろ鋼の心臓プリーズ!
だからと言って、簡単に『ダメじゃない』なんて言えないのだ。
わたしは、彼と付き合い始めたことを誰かに言うつもりはない。
もし職場の誰かに見つかったらと思うと、背筋がゾーっと寒くなる。だって絶対とんでもない騒ぎになるに違いないのだから。
忘れたわけじゃない。
彼は親会社の役員でTohmaの後継者。誰もが憧れるエリート御曹司様なのだ。
「ダメ……ていうか、困るでしょ?もし誰かに見られたら……」
「別に?僕は全然困らないけど」
「わたしが困るの!」
もし彼と一緒のところを誰かに見られたら、いったいどう言い訳すればいいのか分からない。だって彼はこんなところにいるはずもない人だもの。
“アキ”のスタイルの時ならなんとか出来ても、今みたいなまるっきり“CMO”スタイルを目撃されたら言い逃れなんて出来やしない。
だから最初の協定書に、『甲は仕事姿で乙の家に来ない』という条文をいれたのに。
じっとりとした目つきで見上げていると、アキが眉を下げた。
「ただでさえ、ここのところ仕事が立て込んでいたせいで静さんに会えなかったのに、一回ホテルに帰って着替えていたら余計に会う時間がなくなるからなぁ……」
しょんぼりとした顔に心が揺らぐ。うっかり『じゃあ仕方ないわね』って言わないようにしないと。
「だからと言って、職場では着替えて来られないしな……」
そりゃそうだ。そもそも、職場で“アキ”スタイルをばらしてしまったら、何のために着替えて来てもらうのか分からないでしょ。そういうのを、本末転倒って言いますよね?
眉間にシワを寄せて「う~ん」と唸るアキ。それを見ているわたしも、さすがに彼にばかり努力してもらうのも申し訳ない気がしてきた。
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