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Chapter9*ビール売りの少女@三十路目前

ビール売りの少女@三十路目前[2]—①

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ほうれん草とベーコンのキッシュ、サーモンとアボカドのサラダ、エビチリ、五色いなり。

うん、完璧。

わたしは炬燵に広げたデパ地下こうきゅう惣菜デリを上から眺め、ひとり満足げに頷いた。

関西支部でのプレゼンをなんとか乗り越えたあと、わたしはそのまま直帰となった。
慣れないことをするのって本当に疲れる。あれなら七日間耐久アテンドの方が絶対マシ。

土壇場であがってしまって頭が真っ白になった時は本当にどうしようかと思ったけれど、落ち着いて喋り出した後は、自分でも驚くほどスルスルと説明が出てきた。自宅や仕事の休憩時間に何度も練習した甲斐があったわ。

いつもの就業時刻よりも少し早く仕事を終えることが出来たわたしは、珍しく都会に出てきたのだからと、デパ地下で総菜やつまみを調達し、自宅マンションへと帰ってきたのだ。

節操の欠片も持ち合わせていない好きなものばかりを集めた晩餐は、ひとりだからこそ出来ること。
好きなものを好きなように食べたり飲んだりすることは、初めて実家を離れ関西で一人暮らしを始めてから覚えた楽しみのひとつ。

とは言え、ひとり身のしがないアラサー女にいつもこんな贅沢が出来るわけもなく、特別な時にのみ自分に許している“ご褒美”なのだ。

ほうれん草とベーコンのキッシュ、サーモンとアボカドのサラダ、エビチリ、五色いなり。

うん、やっぱり完璧。

大人の女はこうでなくちゃ。
出来たての年下カレシが仕事で忙しくて会えないからって、拗ねたり怒ったりするもんじゃない。“大人の余裕”ってやつをしかと・・・見よ!

温めのお湯にゆったり浸かりながらシートパックもしたし、ボディクリームの念入りに刷り込んだ。髪ももう乾かしたし、着ているのは愛用の部屋着兼パジャマもこもこウェア

あとはビールを飲むだけよ!お疲れさま、わたし!

うきうきとビール瓶を開栓し、今まさにグラスに注ごうとした時。

――ピーンポーン

来客を告げる音が響いた。

***

「んんっ、ちょっとまっ、…んん~っ」

(急にどうしたの?)
(いきなり来るなんてびっくりした)
(お仕事は大丈夫なの?)

彼の顔を見た瞬間、色々な言葉が頭を駆け巡ったのに、それをひとつも口に出させてもらえず、わたしは玄関で彼のくちづけに翻弄されていた。

わたしが玄関ドアを開けるなり体を滑り込ませて来たアキは、わたしの腰をさらって抱きしめながら唇を重ねてきた。そのせいでわたしはまだ、『お疲れ様』というひと言しか発せていない。

角度を変えながらどんどん深まっていくキスに押し流されるように、みるみる体から力が抜けていく。

相変わらずキスが上手い。どうしよう、ここ玄関だったよね?

そう言えば、前にも彼とここでキスをしたなと、ぼんやり思い出す。

あの日――偶然一夜を共にした相手が自分の会社の御曹司だったと知った日。
この家を訪ねてきた彼は、今と同じように玄関に入り込むなりわたしの口を塞いだ。あの時は必死に抵抗したけれど――。

今はあの時とまったく違う。

胸が痛いくらいに高鳴って、甘くて苦しくて。

だけど嬉しい。
だってわたしも会いたかった。

顔を見るなり彼が口にした『会いたかった』というセリフに、素直に『わたしも』と返すことが出来なかった代わりに、その気持ちをキスに込める。

わたしの咥内を撫でている熱い舌を捕まえて絡めると、一瞬だけ彼の動きが止まった。けれどすぐ動き出す。それまでの何倍も激しく熱く。

「んぁっ、ふっんっ……」

息を注ぎの合間に漏れる吐息までも、惜しむように深く奪われる。

アキの片手が部屋着の裾から侵入してきた。その手の冷たさに、体が反射的にピクリと跳ねる。するとその手は背中側に回り、なだめるように優しくそこを往復した。

ふたつの体温が段々馴染んでいくのに合わせて、ゆるゆるとわたしから力が抜けていく。心地良さに「ほぅっ」と吐息が漏れた時、待っていたかのように、大きな手が膨らみをやんわりと包み込んだ。

そこはお風呂上りですっかり無防備で──。

「あっ」

軽く触れられただけなのに、腰が跳ねた。
咥内は激しくかき乱されているのに、素肌に触れる手は壊れ物に触れるみたいに丁寧で繊細。まるで自分がガラス細工にでもなったみたい。

塞がれた口の合間から吐息が漏れたのをきっかけに、胸を包んでいる手が、緩急をつけて動き始めた。同時に、彼の唇が首筋をたどり降りる。

彼の手と唇は、まるでわたしの形状を記憶するかのよう。皮膚の下までも深く探られているみたいに、肌の上をうごめいて。時折強く力を込められて感じる痛みすらも、甘い痺れとなってわたしの全身を支配していく。

「あんっ、やっ、……あっ」

解放された口から漏れる声が段々大きくなるのに合わせて、彼の手の動きも激しくなった。
絶え間なく胸を揉みしだかれ、固くなった先端を指で挟まれながら捏ねられた瞬間、カクンと膝が抜けた。崩れ落ちそうになった体を、腰に回された腕に支えられる。

「――無防備すぎ」
「やぁっ」

口からかん高い声が飛び出た。彼がわたしの耳元で不機嫌そうに囁いた直後、わたしの耳の端をカプリと噛みついたのだ。
耳輪に歯を立てながら胸をもてあそばれて、折角自由になった口からは淫らな喘ぎ声しか出てこない。

ついさっき、彼の顔を見た時に言おうとしたことはいったい何だったろうか。

全身から力が抜けて、思考が体と一緒に溶けていく。縋りつくように彼のスーツの襟を握りしめた。

視界に広がる艶のあるネイビーとスカイブルーのレジメンタル。

つい数時間前には遠くから見ることしかかなわなかったそれに、今は目の前にあって触れることが出来るなんて。

……ん?レジメンタルネクタイ?

――てことはっ!!

「スーツのままーーっ!!」

掴んだネクタイを引きながら思いっきりそう叫んだわたしに、アキの動きがピタリと止まった。
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