あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお断りいたします。

汐埼ゆたか

文字の大きさ
19 / 106
Interlude*三つ揃えを脱いだネコ side Akiomi

三つ揃えを脱いだネコ[1]ー③

しおりを挟む

口の中に広がるさつま芋の甘みが、今のやさぐれた僕を少しだけ和ませてくれる。

(やっぱりナギさんオススメの店にハズレはないな)

硬派な見た目に反して料理好きという彼は、美味しい店の情報にも事欠かない。

(甘いものなら僕の方が詳しいんだけどなぁ……)

少し前に、僕が『新しく出来たパンケーキのお店を紹介しますよ』と言ったら、「俺は甘いものは食べない」と断られた。

ふと(恋人と一緒に行ったりしないのだろうか)と疑問に思ったけれど、休憩が終わるタイミングだったので、それ以上追求はしなかった。仕事中にわたくし事の話をしようものなら、たとえ相手が上司だろうと厳しい注意を受ける。
なんてよく出来た鉄壁部下だ。

(それに比べてあの上司ときたら……!)

CEOじょうしとしては尊敬するが、父親としてはどうかと思う。

僕は牛カツを串から引き抜きながら、昨日の晩のひと幕を思い返した。


時は日曜の夜。翌日あしたからはまた、職務を全うすべく、与えられた立場に見合う――いや、それ以上の働きをしなければならない。

誰にも隙を見せず、甘えることもなく。
“当麻の後継者”の顔を貼り付けて。

たいていの人は、ストレス発散したい時や傷心の時にはお酒を飲むものだろうけど、僕にとってのそれはスイーツだ。
もちろんそんなもので大事な妹を手放した心の穴が埋まるとは思ってないけれど、それでもいっときの幸せは得られる。

しかもこの週末からは、しばらくの間出張で関西に滞在することになるのだ。
自宅でこうして寛げるのも、しばらくはお預け。
だったら明日からの活力のために、好きなものを堪能しておくべきだろう。

そう思った僕は、取り寄せたばかりのスイーツを夕飯のデザートに食べることにした。

ソファーに座り、楽しみにしていたスイーツを今まさに食べようとした時。
出先から帰ってきた父親が、リビングの僕を見るなり渋い顔で口を開いたのだ。

『お前はまたそんなに甘いものばかり食べて――』

眉をしかめ、さも「信じられない」といった顔つきの父。

(父さんだって自分の好きな酒ばかり呑んでるじゃないか…!)

酒の席特有の匂いが鼻に突いて、眉間に皺が寄せた僕は父を一瞥すると声に出さずに毒づいた。

父はビール会社のCEOトップに相応しく、お酒が好きでアルコールにも強い。顔にもほとんど出ないから、素面かどうなのかを判別するのが難しいほど。 “うわばみ”と言うのはこういう人を指すのだと思う。

そんな父の息子である僕は、どういうわけかそのDNAを受け継がなかったらしい。
決してアルコールに弱い方ではないけれど、かといって好きではない。ビールに至っては苦手――というより嫌い。
人前や社交場では至極平然とそれを口にしているけれど、内心では嫌悪感でいっぱいだ。

これは【Tohma】の後継者にとって致命的欠陥。

でもそんなことは自分が一番良く分かっている。

『放っといてください。僕にだって、自宅で好きなものを好きな時に食べる自由くらいあると思いますが?』

父の方を敢えて見ず、“リンゴタルト”にフォークを刺す。彼のせいで食べそびれていたものをやっと口に入れられる。

(うん、美味うまい!)

口の中でリンゴの爽やかな甘酸っぱさと、アーモンドクリームが絶妙にマッチしている。タルトのサクっとした触感と、クリームのトロっとした食感もいい。

(これ、今度絶対美寧に持って行ってやろう)

リンゴのスライスを薔薇の花びらに見立た見た目も可愛いタルトは、草花が好きな彼女なら絶対喜んでくれる。

妹の天使のような笑顔を思い浮かべただけで、ゆるゆると両頬が持ち上がった。
すると、いつのまにか僕の目前に腰を下ろしていた父が、「はぁ」と大きな溜め息をついた。

甘いものばかり食べていて、いつまで経ってもビールが好きになれない僕に、きっと父は呆れているのだろう。

もしかしたら父は、妹に婿養子を貰って、その人にTohmaの跡を継がせたかったのではないかとすら思ってしまう。今となってはそれも無理な話。

(ビールなんて飲めなくても、きちんと仕事は出来ているでしょう)

僕に向けられた父の視線には敢えて気付かないふりをして食べ続けていると、父が思わぬことを言った。

聡臣あきおみ。おまえもそろそろ自分の伴侶を見つけたらどうだ』
『は?』

出し抜けに言われたセリフに、思わず素の反応になる。

『それとも、もうその相手がいるのか?』

――どの口が言う!

妹の結婚にはまったくもって口を挟まなかったくせに!

父は亡き妻にうりふたつの娘に心底弱い。
そんな父に唯一のリラックスタイムにそんなことを言われたら、誰だってカチンとくるだろう。

ただでさえ帰国して以降、親族の煩方うるさがたに顔を合わせるたびに『結婚』だ『見合い』だと言われているのだ。
傷心中なのだから放っておいて欲しいと思っているが、そこは長年培ってきた“御曹司の顔”がある。いつもの微笑みを浮かべて『まだ若輩の自分にはもったいないお相手です』とそつなく切り返し、それとなくはぐらかして逃げていた。

幼いころから【Tohma】の後継者として育てられてきた僕は、いずれ然るべきタイミングで然るべき相手と政略結婚をするのだろう。そのことはずいぶん早い段階で理解しているし、それが嫌と思ったこともない。

別にどんな相手でもかまわないのだ。『当麻』という大きなものを背負っていく覚悟さえあれば誰だって。

もし相手に何か条件を付けるとしたら、『僕と同じく妹を大事にしてくれる人』という一点だけ。僕が結婚したせいで、また妹と離れ離れになるなんて嫌だ。

大きな溜め息をつき、『放っといてください』と言った僕に、父は『親戚連中が美寧みねの結婚を嗅ぎつけたら、今度はお前にお鉢が回ってくるぞ』と渋い顔で言う。

そんなことは分かっているさ――!

分かっているが、それでも腹が立つのは別問題。
さらに父が続けた言葉に、僕の頭の中で、堪忍袋の緒が切れる音がした。

『家で甘いものばかり食べていないで、おまえも酒の席パーティにでも出て、自分の相手くらい見つけたらどうだ』
『それが帰国してから休む間もなく働いている息子に言うセリフですか!』

珍しく声を荒げた僕に、父が一瞬怯んだ。
その隙に立ち上がった僕は、父を真っ直ぐ見下ろして口を開く。

『分かりました。ご当主の命に従い、自分でその相手とやらを見つけに行くことにいたします。つきましては、その為に明日から三日間休暇を頂きますので、後のことはよろしくお願いいたします―――CEO・・・

口の端を持ち上げて微笑むと、目を見張った父が『あき、』と口を開くが、僕はそれを笑顔のまま遮った。

『では僕はこれで―――。失礼いたします』

そう言って、食べかけのリンゴタルトの乗ったトレーを手に、リビングを後にした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

訳あって、推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました

羽村 美海
恋愛
【久々の連載にお付き合いいただきありがとうございます🙇🏻‍♀️💞】 狂言界の名門として知られる高邑家の娘として生を受けた杏璃は、『イケメン狂言師』として人気の双子の従兄に蝶よ花よと可愛がられてきた。 過干渉気味な従兄のおかげで異性と出会う機会もなく、退屈な日常を過ごしていた。 いつか恋愛小説やコミックスに登場するヒーローのような素敵な相手が現れて、退屈な日常から連れ出してくれるかも……なんて夢見てきた。 だが待っていたのは、理想の王子様像そのもののアニキャラ『氷のプリンス』との出会いだった。 以来、保育士として働く傍ら、ソロ活と称して推し活を満喫中。 そんな杏璃の元に突如縁談話が舞い込んでくるのだが、見合い当日、相手にドタキャンされてしまう。 そこに現れたのが、なんと推し――氷のプリンスにそっくりな美容外科医・鷹村央輔だった。 しかも見合い相手にドタキャンされたという。 ――これはきっと夢に違いない。 そう思っていた矢先、伯母の提案により央輔と見合いをすることになり、それがきっかけで利害一致のソロ活婚をすることに。 確かに麗しい美貌なんかソックリだけど、無表情で無愛想だし、理想なのは見かけだけ。絶対に好きになんかならない。そう思っていたのに……。推しに激似の甘い美貌で情熱的に迫られて、身も心も甘く淫らに蕩かされる。お見合いから始まるじれあまラブストーリー! ✧• ───── ✾ ───── •✧ ✿高邑杏璃・タカムラアンリ(23) 狂言界の名門として知られる高邑家のお嬢様、人間国宝の孫、推し一筋の保育士、オシャレに興味のない残念女子 ✿鷹村央輔・タカムラオウスケ(33) 業界ナンバーワン鷹村美容整形クリニックの副院長、実は財閥系企業・鷹村グループの御曹司、アニキャラ・氷のプリンスに似たクールな容貌のせいで『美容界の氷のプリンス』と呼ばれている、ある事情からソロ活を満喫中 ✧• ───── ✾ ───── •✧ ※R描写には章題に『※』表記 ※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✿初公開23.10.18✿

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。