あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお断りいたします。

汐埼ゆたか

文字の大きさ
上 下
18 / 106
Interlude*三つ揃えを脱いだネコ side Akiomi

三つ揃えを脱いだネコ[1]ー②

しおりを挟む
サクっと音を立てる衣、さつま芋のホクホクとした食感と口の中に広がる甘み。

本場の串カツは、なんて口当たりが軽いんだろう。
揚げ物なのに細かい衣がサクっとしていて重たくない。だから種類の多いネタをあれこれと試すのが余計に楽しい。さすがナギさんのお墨付きの店だけある。

(今度美寧みねにも食べさせてやりたいな……)

関西にはこんなに美味しいものがあるんだって教えてあげたい。
僕の一番の宝物である妹に。

僕の母は、僕が九歳時に亡くなった。
妹はまだたった三歳だった。

幼い彼女は母の顔なんてきっとすぐに忘れてしまうだろう。
母との思い出を持たずに育つ妹に、僕が母との思い出を教えてあげなければ。母の分まで妹を大事にしよう、守っていこう――そう思った。

本当は妹の存在に救われていたのはきっと僕の方。

母を失ったあと、僕のそばから離れない妹の温もりと存在は、何より僕の心を励ました。
悲しくて寂しくて堪らなかった時には、『僕には守らなきゃいけない子がいるんだ』――そう自分に言い聞かせ、悲しんでばかりはいられないと自分を鼓舞した。

だけど、当時CEOに就任したばかりの父は仕事に忙しく、幼く体の弱かった妹はやむを得ず高原地に隠居している母方の祖父の元に預けられることに。

僕は子どもの自分が不甲斐なかった。
僕がもし大人だったら。せめてもう少し大きかったら、妹と離れずに済んだのに。
そう思わずにはいられなかった。

長期の休みの度に祖父の家に遊びに行ったが、車でも電車でも二時間ほどかかる場所。
学年が上がるにつれ忙しくなっていき、どうしても彼女の顔を見られる頻度は下がってしまう。
それでも、たまに顔を合わせると妹はとても嬉しそうな顔で「お兄さま」と笑顔になってくれるのだ。
普段一緒にいられないことも手伝って、妹の笑顔見たさに僕は彼女の好きなスイーツばかりを探し求めるようになった。

早く妹と一緒に暮らせるようになりたい。その為には早く僕がしっかりしなければ。
そのことが常に僕の根底にあった。

僕さえ一人前になれば、母が亡くなってから仕事漬けになっている父の助けにもなれるだろう。
忙しい父の為にも離れて暮らす妹の為にも、一刻も早く一人前になりたかった。
その為には着実に結果を収めて、誰もが認めるTohmaの後継者にならなければ。

優秀であれ。逸材たれ。
そう自分に課した結果、今では誰もが認める『品行方正で優秀な御曹司』が出来上がったのだろう。

そうしてやっと欧州で、現地でクラフトビールを作っている企業との業務提携を交わす契約を取り付け、予定よりも早く日本に帰国することに。

やっとだ。これでやっと、家族みんなで暮らすことが出来る。

期待に胸が膨らむような、ホッと胸を撫でおろしたいような。
そんな気持ちで僕は日本に帰ってきた。

だけど――その矢先。

僕にとって一番の宝物は、他の男のものになってしまった。

知らない人も多いだろうから説明するが、僕の宝物の名前は、当麻美寧(とうまみね)。
身長は百五十二センチ。細身で小さくて可愛らしい女の子だ。

腰まであるふわふわの波打つ髪は、僕と同じように色素が薄い茶色。髪質はどうやら兄妹そろって母譲りのよう。
だけど丸くて大きな瞳は、僕とは逆に少しだけ目じりが上に上がっている。僕の垂れ目は父親似、妹は母親似だ。
さくらんぼみたいな小さな唇に、スッと通った鼻筋。それらすべてが白くすべすべとした小さな顔に美しく収まっている。

兄の欲目を差し引いても、絶対に世界一可愛い。
なにより僕を見た時の嬉しそうな笑顔は天使だ。

もしも彼女ひとりで社交場に出したら、余計な男がたくさん寄ってくるだろう。
そのことが気が気じゃなくて、近しい身内の会以外に彼女を出したことはないくらいだ。

もし妹の相手がろくでもない男で、純粋な妹を誑かしているのなら、どんな手を遣ってでも奪い返すつもりだった。
万が一にでも妹を悲しませたり苦しめたりしているようなら、僕の持ち得るすべてを使ってでも、容赦ない制裁を与えるつもりでいた。

そんなふうに考えながら僕は妹を迎えに行ったのに、彼女は眉をひそめ嫌悪感をあらわにし、ハッキリと『帰らない』と言ったのだ。

あの時のショックと言ったら……!

普段はどんな時でも冷静でいることが出来るのに、僕は動揺のあまり原因となった相手に『妹を誑かすな』と詰め寄ってしまった。

結果――妹はこれまで一度も見たことがない強い瞳で僕を睨み、『大嫌い』と言ったのだ。

ああ、今思い返してもショックすぎる……!

だけど今はもう分かっている。
あれはただの八つ当たり。大事な妹を取られると嫉妬したのだ。

結局、色々あったけれど、相手の男性も真面目でしっかりした方だということが分かり、父も反対していないどころか、最初から彼のことを容認していたようにも見える。

父が反対していないのに、兄の僕だけがどうこう言っても仕方ない。何より妹本人が好きになった相手だ。兄としては寂しいけれど、無理やり引き裂くようなことが出来るはずもない。

――なんてただの後付け。

僕はただ、もう一度妹に『大嫌い』と言われたくなかっただけなんだ。

だから表面的には大事な妹の結婚に納得しているように見せているけれど、頭で分かっていても気持ちがついて行かないこともある。
『一緒に暮らせなくても幸せでいてくれたらいい』と思えるようになったけれど、だからと言ってそうそう傷心が癒えるわけじゃない。

離れて暮らしていたこれまでの分、これからは彼女のそばで思う存分注ぎ尽くそうと思っていた愛情は、行き場を失くして宙ぶらりん。
この心の中にぽっかりと空いた穴は、いったいどうやったら塞がるのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。

青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。 その肩書きに恐れをなして逃げた朝。 もう関わらない。そう決めたのに。 それから一ヶ月後。 「鮎原さん、ですよね?」 「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」 「僕と、結婚してくれませんか」 あの一夜から、溺愛が始まりました。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる

ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。 だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。 あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは…… 幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!? これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。 ※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。 「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。