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賭けのルール
賭けのルール(2)
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鼓膜を震わせた低音に、頬がじわりと熱くなる。
見なくても分かる、その声の主が誰なのか。
背中を支えてくれた腕の主。それはあたしが待ち望んでいた人にちがいないのだから。
「おいっ……森」
振り向きざまに勢いよく抱き着いたあたしに、彼が声を上げた。
驚く彼を無視し、あたしは彼の背中のコートを握りしめ胸元に額をつけると、ほのかに香るホワイトムスクを吸い込んだ。鼻の奥がツンとする。
あたし……、賭けに勝てたったい…!
歓喜と安堵が一緒くたになって、胸から湧き上がってきた。
あたしがしていた賭け、それは――
『彼と出逢えなかった、もしくは彼があたしに気付かなかったときは、潔く何も言わずに彼のことを諦める』
もちろんセフレも解消して、協定も解除。ただの上司と部下に戻る。
そもそも静さんが王子と上手くいった時点で、彼はもうあたしからの“報告”は不要なのだ。
あたしのほうだって、課長という“切り札”なんてあてにせず、本気で結婚相手を見つけることにする。
だけどもし。
もしも彼のほうからあたしを見つけて声をかけてくれたなら――。
あたしは彼を諦めない。課長を絶対モノにする!
彼と結婚出来れば、あたしはもうひとつの“賭け”にも勝つことが出来る。大企業エリート社員である彼とならば、きっと実家の両親も文句は言えない。そうなれば、跡継ぎ回避の勝負にも勝てるのだから。
みなさぁんっ!森 希々花、一世一代の大勝負に勝てましたぁっ!!
「森……もう大丈夫だから」
背中をトントンとあやすように軽く叩かれて、しがみついていた胸から顔を上げた。
見上げた顔は相変わらずカッコいい。髪型だってきちんと整えられていて、東京まで日帰り出張をしてきた直後とは思えない爽やかさ。思わずぽわっと見惚れてしまう。
「あの男なら、もうどっかに行ったよ」
そう言ってゆっくりとあたしの体を引きはがすように肩を押した。
あたしは「はい……」と口にしながら、うつむき加減でこっそり涙を拭う。賭けに勝てたことがあまりに嬉しくて、その前のナンパ男のことなんてすっかりどっかに行っちゃってた。
あたしから一歩距離を取った課長が「ふぅっ」とため息をついた音で、ハッと我に返った。やっば!本来の目的忘れるところやった!
「課長、あの、」
「森、おまえ……、こんな時間にこんなところでいったい何をしてるんだ」
「え、あ…えっと、」
急に問われてドキッとした。そのせいで『課長を待ってたに決まっとるやないですかぁ』といつものように軽く言うことができない。
「デートの待ち合わせにしてはずいぶん遅いな……」
考え込むような顔をした彼が続けた「もしかして」という言葉に、さっきよりいっそう大きく心臓が跳ねた。
『俺のことを待っていてくれたのか?』と訊かれたら、今度こそ『そうです』と答えなきゃ。賭けに勝ったら素直になるって決めたやんか。
ううん、それじゃダメ……彼からのアクションなんて待ってられない。このまま勢いで言わないと……!
バッグを握る手にギュッと力を込めて、勢いよく顔を上げた。
「課長、付き合ってくださぁいっ!」
突然そう言ったあたしに、彼は目を見張った。
固唾を飲んで彼を見つめ続ける。たった数秒のことが、永遠のように長く感じた。
「――しょうがないな、いいぞ」
「えっ!?」
「『え』とはなんだ、森。自分で言っておいて」
「いや、それは……その……だって……」
そんなにすんなりとOKしてもらえるなんて思ってもみなかったんだもん。
そう言い返したいのに、頬がじわりと紅潮して目頭が熱くなっていく。
ダメ……あたし、もう泣きそうなんやけど……。
じわじわと下まぶたに溜まっていく涙を指で拭おうとした時、頭にポンと大きな手が乗った。
「仕方ないやつだな。今日だけだぞ、憂さ晴らしに付き合ってやるのは」
「は、」
「すっぽかされたデート相手の代わり。呑みにつれて行けってことだよな?毎回付き合ってやるほど暇じゃないが、とりあえず今日は付き合ってやる」
課長はあたしの頭の上を軽くはたいて「明日も仕事だから、軽く呑んだらすぐ帰るからな」と言ったあと、歩き出した。
「デート相手の代わり……」
あたしは、呆然と立ち尽くしたまま呟く。
まさか『付き合ってください』と言う言葉をそういうふうに取られたとは……。
この腹黒ヘタレ男……天然かいな!?
ショックを通り押して沸々と怒りに似た何かが湧いてくる。
これって多分、“闘争心”ってやつだ。
「希々花、絶対負けんけんね…!」
小さく呟くと、少し先で足を止めた課長が振り返った。
「おい、森。行かないのか?」
「行きます行きますぅっ!」
あたしはそう返事をして、急いで彼のところに駆け寄った。
見なくても分かる、その声の主が誰なのか。
背中を支えてくれた腕の主。それはあたしが待ち望んでいた人にちがいないのだから。
「おいっ……森」
振り向きざまに勢いよく抱き着いたあたしに、彼が声を上げた。
驚く彼を無視し、あたしは彼の背中のコートを握りしめ胸元に額をつけると、ほのかに香るホワイトムスクを吸い込んだ。鼻の奥がツンとする。
あたし……、賭けに勝てたったい…!
歓喜と安堵が一緒くたになって、胸から湧き上がってきた。
あたしがしていた賭け、それは――
『彼と出逢えなかった、もしくは彼があたしに気付かなかったときは、潔く何も言わずに彼のことを諦める』
もちろんセフレも解消して、協定も解除。ただの上司と部下に戻る。
そもそも静さんが王子と上手くいった時点で、彼はもうあたしからの“報告”は不要なのだ。
あたしのほうだって、課長という“切り札”なんてあてにせず、本気で結婚相手を見つけることにする。
だけどもし。
もしも彼のほうからあたしを見つけて声をかけてくれたなら――。
あたしは彼を諦めない。課長を絶対モノにする!
彼と結婚出来れば、あたしはもうひとつの“賭け”にも勝つことが出来る。大企業エリート社員である彼とならば、きっと実家の両親も文句は言えない。そうなれば、跡継ぎ回避の勝負にも勝てるのだから。
みなさぁんっ!森 希々花、一世一代の大勝負に勝てましたぁっ!!
「森……もう大丈夫だから」
背中をトントンとあやすように軽く叩かれて、しがみついていた胸から顔を上げた。
見上げた顔は相変わらずカッコいい。髪型だってきちんと整えられていて、東京まで日帰り出張をしてきた直後とは思えない爽やかさ。思わずぽわっと見惚れてしまう。
「あの男なら、もうどっかに行ったよ」
そう言ってゆっくりとあたしの体を引きはがすように肩を押した。
あたしは「はい……」と口にしながら、うつむき加減でこっそり涙を拭う。賭けに勝てたことがあまりに嬉しくて、その前のナンパ男のことなんてすっかりどっかに行っちゃってた。
あたしから一歩距離を取った課長が「ふぅっ」とため息をついた音で、ハッと我に返った。やっば!本来の目的忘れるところやった!
「課長、あの、」
「森、おまえ……、こんな時間にこんなところでいったい何をしてるんだ」
「え、あ…えっと、」
急に問われてドキッとした。そのせいで『課長を待ってたに決まっとるやないですかぁ』といつものように軽く言うことができない。
「デートの待ち合わせにしてはずいぶん遅いな……」
考え込むような顔をした彼が続けた「もしかして」という言葉に、さっきよりいっそう大きく心臓が跳ねた。
『俺のことを待っていてくれたのか?』と訊かれたら、今度こそ『そうです』と答えなきゃ。賭けに勝ったら素直になるって決めたやんか。
ううん、それじゃダメ……彼からのアクションなんて待ってられない。このまま勢いで言わないと……!
バッグを握る手にギュッと力を込めて、勢いよく顔を上げた。
「課長、付き合ってくださぁいっ!」
突然そう言ったあたしに、彼は目を見張った。
固唾を飲んで彼を見つめ続ける。たった数秒のことが、永遠のように長く感じた。
「――しょうがないな、いいぞ」
「えっ!?」
「『え』とはなんだ、森。自分で言っておいて」
「いや、それは……その……だって……」
そんなにすんなりとOKしてもらえるなんて思ってもみなかったんだもん。
そう言い返したいのに、頬がじわりと紅潮して目頭が熱くなっていく。
ダメ……あたし、もう泣きそうなんやけど……。
じわじわと下まぶたに溜まっていく涙を指で拭おうとした時、頭にポンと大きな手が乗った。
「仕方ないやつだな。今日だけだぞ、憂さ晴らしに付き合ってやるのは」
「は、」
「すっぽかされたデート相手の代わり。呑みにつれて行けってことだよな?毎回付き合ってやるほど暇じゃないが、とりあえず今日は付き合ってやる」
課長はあたしの頭の上を軽くはたいて「明日も仕事だから、軽く呑んだらすぐ帰るからな」と言ったあと、歩き出した。
「デート相手の代わり……」
あたしは、呆然と立ち尽くしたまま呟く。
まさか『付き合ってください』と言う言葉をそういうふうに取られたとは……。
この腹黒ヘタレ男……天然かいな!?
ショックを通り押して沸々と怒りに似た何かが湧いてくる。
これって多分、“闘争心”ってやつだ。
「希々花、絶対負けんけんね…!」
小さく呟くと、少し先で足を止めた課長が振り返った。
「おい、森。行かないのか?」
「行きます行きますぅっ!」
あたしはそう返事をして、急いで彼のところに駆け寄った。
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