【完結】kiss and cry

汐埼ゆたか

文字の大きさ
上 下
16 / 76
賭けのルール

賭けのルール(2)

しおりを挟む
鼓膜を震わせた低音に、頬がじわりと熱くなる。
見なくても分かる、その声の主が誰なのか。
背中を支えてくれた腕の主。それはあたしが待ち望んでいた人にちがいないのだから。

「おいっ……森」

振り向きざまに勢いよく抱き着いたあたしに、彼が声を上げた。
驚く彼を無視し、あたしは彼の背中のコートを握りしめ胸元に額をつけると、ほのかに香るホワイトムスクを吸い込んだ。鼻の奥がツンとする。

あたし……、賭けに勝てたったい…!

歓喜と安堵が一緒くたになって、胸から湧き上がってきた。

あたしがしていた賭け、それは――

『彼と出逢えなかった、もしくは彼があたしに気付かなかったときは、潔く何も言わずに彼のことを諦める』

もちろんセフレも解消して、協定も解除。ただの上司と部下に戻る。
そもそも静さんが王子と上手くいった時点で、彼はもうあたしからの“報告”は不要なのだ。
あたしのほうだって、課長という“切り札”なんてあてにせず、本気で結婚相手を見つけることにする。

だけどもし。
もしも彼のほうからあたしを見つけて声をかけてくれたなら――。

あたしは彼を諦めない。課長を絶対モノにする!

彼と結婚出来れば、あたしはもうひとつの“賭け”にも勝つことが出来る。大企業エリート社員である彼とならば、きっと実家の両親も文句は言えない。そうなれば、跡継ぎ回避の勝負にも勝てるのだから。

みなさぁんっ!森 希々花もりののか、一世一代の大勝負に勝てましたぁっ!!

「森……もう大丈夫だから」

背中をトントンとあやすように軽く叩かれて、しがみついていた胸から顔を上げた。

見上げた顔は相変わらずカッコいい。髪型だってきちんと整えられていて、東京まで日帰り出張をしてきた直後とは思えない爽やかさ。思わずぽわっと見惚れてしまう。

「あの男なら、もうどっかに行ったよ」

そう言ってゆっくりとあたしの体を引きはがすように肩を押した。
あたしは「はい……」と口にしながら、うつむき加減でこっそり涙を拭う。賭けに勝てたことがあまりに嬉しくて、その前のナンパ男のことなんてすっかりどっかに行っちゃってた。

あたしから一歩距離を取った課長が「ふぅっ」とため息をついた音で、ハッと我に返った。やっば!本来の目的忘れるところやった!

「課長、あの、」
「森、おまえ……、こんな時間にこんなところでいったい何をしてるんだ」
「え、あ…えっと、」

急に問われてドキッとした。そのせいで『課長を待ってたに決まっとるやないですかぁ』といつものように軽く言うことができない。

「デートの待ち合わせにしてはずいぶん遅いな……」

考え込むような顔をした彼が続けた「もしかして」という言葉に、さっきよりいっそう大きく心臓が跳ねた。

『俺のことを待っていてくれたのか?』と訊かれたら、今度こそ『そうです』と答えなきゃ。賭けに勝ったら素直になるって決めたやんか。

ううん、それじゃダメ……彼からのアクションなんて待ってられない。このまま勢いで言わないと……!

バッグを握る手にギュッと力を込めて、勢いよく顔を上げた。

「課長、付き合ってくださぁいっ!」

突然そう言ったあたしに、彼は目を見張った。

固唾を飲んで彼を見つめ続ける。たった数秒のことが、永遠のように長く感じた。

「――しょうがないな、いいぞ」
「えっ!?」
「『え』とはなんだ、森。自分で言っておいて」
「いや、それは……その……だって……」

そんなにすんなりとOKしてもらえるなんて思ってもみなかったんだもん。
そう言い返したいのに、頬がじわりと紅潮して目頭が熱くなっていく。

ダメ……あたし、もう泣きそうなんやけど……。

じわじわと下まぶたに溜まっていく涙を指で拭おうとした時、頭にポンと大きな手が乗った。

「仕方ないやつだな。今日だけだぞ、憂さ晴らしに付き合ってやるのは」
「は、」
「すっぽかされたデート相手の代わり。呑みにつれて行けってことだよな?毎回付き合ってやるほど暇じゃないが、とりあえず今日は付き合ってやる」

課長はあたしの頭の上を軽くはたいて「明日も仕事だから、軽く呑んだらすぐ帰るからな」と言ったあと、歩き出した。

「デート相手の代わり……」

あたしは、呆然と立ち尽くしたまま呟く。
まさか『付き合ってください』と言う言葉をそういうふうに取られたとは……。

この腹黒ヘタレ男……天然かいな!?

ショックを通り押して沸々と怒りに似た何かが湧いてくる。
これって多分、“闘争心”ってやつだ。

「希々花、絶対負けんけんね…!」

小さく呟くと、少し先で足を止めた課長が振り返った。

「おい、森。行かないのか?」
「行きます行きますぅっ!」

あたしはそう返事をして、急いで彼のところに駆け寄った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孕むまでオマエを離さない~孤独な御曹司の執着愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「絶対にキモチイイと言わせてやる」 私に多額の借金を背負わせ、彼氏がいなくなりました!? ヤバい取り立て屋から告げられた返済期限は一週間後。 少しでもどうにかならないかとキャバクラに体験入店したものの、ナンバーワンキャバ嬢の恨みを買い、騒ぎを起こしてしまいました……。 それだけでも絶望的なのに、私を庇ってきたのは弊社の御曹司で。 副業がバレてクビかと怯えていたら、借金の肩代わりに妊娠を強要されたんですが!? 跡取り身籠もり条件の愛のない関係のはずなのに、御曹司があまあまなのはなぜでしょう……? 坂下花音 さかしたかのん 28歳 不動産会社『マグネイトエステート』一般社員 真面目が服を着て歩いているような子 見た目も真面目そのもの 恋に関しては夢を見がちで、そのせいで男に騙された × 盛重海星 もりしげかいせい 32歳 不動産会社『マグネイトエステート』開発本部長で御曹司 長男だけどなにやら訳ありであまり跡取りとして望まれていない 人当たりがよくていい人 だけど本当は強引!?

新米社長の蕩けるような愛~もう貴方しか見えない~

一ノ瀬 彩音
恋愛
地方都市にある小さな印刷会社。 そこで働く入社三年目の谷垣咲良はある日、社長に呼び出される。 そこには、まだ二十代前半の若々しい社長の姿があって……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

イケメンエリート軍団の籠の中

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり 女子社員募集要項がネットを賑わした 1名の採用に300人以上が殺到する 松村舞衣(24歳) 友達につき合って応募しただけなのに 何故かその超難関を突破する 凪さん、映司さん、謙人さん、 トオルさん、ジャスティン イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々 でも、なんか、なんだか、息苦しい~~ イケメンエリート軍団の鳥かごの中に 私、飼われてしまったみたい… 「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる 他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」

運命的に出会ったエリート弁護士に身も心も甘く深く堕とされました

美並ナナ
恋愛
祖父は大学病院理事、父は病院経営という 医者一族の裕福な家に生まれた香澄。 傍目には幸せに見える家庭は実は冷え切っており、 内心では寂しさを抱えているが、 親の定めたレールに沿って、 これまで品行方正に生きてきた。 最近はお見合いによって婚約者も決まり、 その相手とお付き合いを重ねている。 だが、心も身体も満たされない。 このままこの人と結婚するのかと考えると、 「私も一度くらいハメを外してみたい」と つい思ってしまう始末だった。 そんなある日、 香澄にドラマのような偶然の出会いが訪れ、 見惚れるような眉目秀麗な男性と一夜を共にする。 一夜限りの冒険のつもりで 最高に満たされた夜を過ごした香澄だったが、 数日後にまたしても彼と運命的に再会を果たして――? ※ヒロインは婚約者がいながら他の男性と浮気をする状態となります。清廉潔白なヒロインではないためご了承ください。 ※本作は、エブリスタ・ムーンライトノベルズでも掲載しています(エブリスタでのタイトルは「Blind Destiny 〜秘めたる想いが交わるとき〜」です)。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】男嫌いと噂の美人秘書はエリート副社長に一夜から始まる恋に落とされる。

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
真田(さなだ)ホールディングスで専務秘書を務めている香坂 杏珠(こうさか あんじゅ)は凛とした美人で26歳。社内外問わずモテるものの、男に冷たく当たることから『男性嫌いではないか』と噂されている。 しかし、実際は違う。杏珠は自分の理想を妥協することが出来ず、結果的に彼氏いない歴=年齢を貫いている、いわば拗らせ女なのだ。 そんな杏珠はある日社長から副社長として本社に来てもらう甥っ子の専属秘書になってほしいと打診された。 渋々といった風に了承した杏珠。 そして、出逢った男性――丞(たすく)は、まさかまさかで杏珠の好みぴったりの『筋肉男子』だった。 挙句、気が付いたら二人でベッドにいて……。 しかも、過去についてしまった『とある嘘』が原因で、杏珠は危機に陥る。 後継者と名高いエリート副社長×凛とした美人秘書(拗らせ女)の身体から始まる現代ラブ。 ▼掲載先→エブリスタ、ベリーズカフェ、アルファポリス(性描写多め版)

孕まされ婚〜こんな結婚したくなかった〜

鳴宮鶉子
恋愛
ワンナイトLOVEで妊娠してしまい結婚するはめになった美結。男友達だと思ってたアイツがわたしに手を出すとは思ってなかった

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

処理中です...