【完結】kiss and cry

汐埼ゆたか

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観察対象と発注ミス

観察対象と発注ミス(5)

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***


更衣室で着替えたあと、工場を出て駅に向かった。
タイミングよくやって来た電車は、案の定、帰宅ラッシュの人々で満員。列の最後尾のあたしは、なんとかドアの前に乗ることが出来た。
すし詰め、とまでは行かないけれど、そこそこ・・・・には混んでいる車内。こういう時は背が高くて得したって思う。

あたしより十センチも低い静さんは、満員電車はつらいだろうな。そう言えばよく痴漢に遭うって言ってたっけ。だから自転車で通えるところに部屋を借りたんだって。

それを聞いたのがいつだったかは忘れたけど、多分まだ入社したばかりの頃。
「どこに住んでるの?」「じゃあ通勤は電車ね」なんて会話から、満員電車の話になった気がする。

確かあたしはその時に、(それもそうやろうな…)と思ったのだ。
静さんの体形は、更衣室で一緒に着替えるからよく知ってるから。

小柄な割に豊満な胸。だけど決して太っているわけじゃなくて、ウエストなんてあたしより絶対細い。要するに超グラマラス。

前に冗談で『ちょっと揉ませてくださぁい』って言ったら、すごく低い声で『絶対イヤ』って断られた。

ボディコンシャスな服なんて、すごく似合うと思うのに。
背は高いけど肉が薄くて骨ばっているあたしには到底似合わないからうらやましい。
試しに勧めてみたら、すごい勢いで『絶対ムリ!』って返されたんだっけ。

静さんはメイクだっていつも最低限。

『接客業だから』っていう理由で、それなりにお化粧はしているけど、あたしから見たら「それ、ほぼすっぴん・・・・やん」って言いたくなるほどナチュラルメイク。

それなのに、キメも透明感も抜群な白い肌と、アイラインなんて引かなくてもパッチリな二重にふさふさのまつげ。
唇だっていつ見てもぷっくりツヤツヤ。こっちは唇が薄くて乾燥しがちで、自分の体質に合った好みのリップを探すのもひと苦労なのに…!

静さんがフルメイクと流行りの服で着飾って合コンに参加したら、絶対ひとり勝ち。のん・・のお墨付きをあげてもええですぅ。

それなのに静さんときたら。
あたしが欲しいものをみんな持っているくせに、全然それを分かっちゃいない。
見た目だけじゃない。中身だってそうだ。

あたしみたいに、見た目はにこにこしていても、腹の中ではまったく別のことを考えている腹黒いやつとは違って、静さんには裏も表もない。
彼女は頭の中だけで考えているつもりだろうけど、実際はブツブツと独り言を口にしているからよく分かる。

彼女の中身は外見と同じ。“飾らないのに綺麗”。

あたしが少し前に、静さんに言ったことは嘘じゃない。

『静さんは希々花の憧れの女性』

頭が良くて仕事が出来て、語学も堪能、飾らない人柄、抜群のスタイル、おまけに美人。

なんねそれ。ばり・・羨ましかっちゃろ…!
ばってん、宝の持ち腐ればいっ!

あたしだってそんな女性になりたいと憧れてしまうくほどの素材の持ち主なのに、静さんときたら、自分のこと何にも分かってない。時々卑屈になるし、恋愛は諦めているし。

そんな彼女を見ているとつい、もやもやイライラしてしまうのだ。

もうっ!手を延ばせば掴める宝物しあわせがあるくせに、手を伸ばすことすら怖がっているだなんて!なんて宝の持ち腐れ!

猫に小判、豚に真珠、静さんにEカップ!
おでこに墨で「×バッテン」書いちゃろうかいな…!

おぉっと、いけないいけない。興奮するとつい実家の訛りが出ちゃうんでしたぁ。脳内だとしても、気をつけておかないと。変な時にぽろっとやっちゃったらまずいんですぅっ!

あたしにとって関西弁は、大事な武装のひとつ。
実家の訛りはなんとなく“田舎から出てきた芋女”に見られやすい。(おっと、お芋はばり・・好いとぅっちゃけどね!)
あたしは、関西ガールライバルたちに見下されるのも、関西ボーイえものたちに舐められるのもごめんだった。

ちなみに、関西弁を教えてくれたのは大学の寮で同室になった子。京都出身だけど実家は宇治で遠いからと寮を選んだらしい。『抹茶アイスとかパフェとかって美味しいよね』と言ったら『抹茶はおうす一択』と速攻返ってきた。

『え?「おーす」って??番長的な…?』と首を傾げるあたしに、その宇治女子――名前は「みやびちゃん」だった――は、ブリザードが吹き荒れそうな笑顔を浮かべて『お抹茶の立て方のことやよ』と教えてくれた。


電車に揺られながら暗いガラスに映る自分と向かい合いあっているうちに、いつの間にか若かりし頃の思い出に浸ってしまっていた。
窓の外に流れる人工光から手の中のスマホに目を落とすと、時刻はあと少しで七時半になるところだ。

(静さんからのメッセが六時四十分くらいやったからぁ……)

プレゼン大会は予定通りには終わったのだと思う。

きっと彼はあまり遅くならないうちに帰ってくるはずだ。
世間様はプレミアムフライデーでも、あたしたちアテンダントは明日も仕事。さらに明日は朝から晩までツアーは満員御礼なのだ。
静さんがプレゼン大会の慰労休暇で留守の分、課長がその穴を埋めないければいけないのだ。

プレゼンが終わる時間を考慮して、東京発の新幹線を調べてみた。
一番早い便でも、新大阪駅八時半着。

早く行かなきゃ。

あとまだ一時間はある。分かっていても、気持ちは焦る。

あたしは“賭け”に勝てるだろうか―――。

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