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第三章
25. 黒い沼
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「茜さん、お酒もっとあります?」
「あるけど。ってか樹、最近飲みすぎじゃない? お酒買いこんでるの知ってるよ」
「このくらい大丈夫ですよ。俺、結構お酒飲める方みたいなんで」
「飲めるほうって。この間、廊下で潰れてたでしょう? あれ運んだの私よぅ」
山口が心配そうな視線を樹に向けると樹は素直に謝ったがお酒を控えるつもりは無いらしい。霧島から受け取ったお酒をグラスに注ぐとあっという間に飲み干した。
「ちょっとほどほどにしてよ。今日はGYUBUチャンネル研究会なんだから。しっかり相手の弱点を探すのよ!」
「弱点って……」
横並びに並んでいる3人の目の前にはGYUBUが大きく表示されていた。そこに映っているのは霧島が追いつかれまいと必死に張り合っているドリシアである。女性1人に男性3人のグループでリーダーの和信以外はみんなマスクをつけていた。
「イケメン……」
「そうなのよ!モデルじゃないかっていうくらいのイケメンでしかも優しい」
霧島はそう言ったあと、じっと山口を見て「はぁ」とため息を吐いた。
「ちょっと、茜ちゃん、今の反応はなに!?」
“えー、では今日は俺が最近見つけた面白いスイーツ屋さんを紹介したいと思います”
“おぉ、スイーツか”
“和信、甘いの好きだもんね”
“これは期待できますな”
「お店紹介ですか?」
「そう、ドリシアは基本的にはトレンドを発信するグループね。ファション、グルメ、乗り物、自分たちが良いと思ったものは何でも発信するの」
「でもそういう人たちってたくさんいますよね」
「そうなんだよねぇ。彼らが発進する内容のセンスがいいのは確かなんだけど……」
「イメージじゃないかしら?」
「「イメージ!?」」
樹と霧島が同時に声をあげて山口を見つめていると、映像の和信が小さな子供の頭を撫でていた。
“おもちゃが建物の高い所に引っかかっちゃったの? 待ってて、取ってあげる”
和信がまるで建物とこそこそ話をするような行動をとる。すると建物の表面が波打ち、おもちゃがひらり、と落ちてきた。
“ありがとう、おにいちゃん”
「あれもN+ですか?」
「うん、振動、かな。珍しい能力よね。イケメンで優しい、ほんと困るわー」
「ですね。お洒落でイケメンで、こんな姿見せられたらファンになるのも分かる気がします」
「ちょっと二人とも、何ぽーっとしてるのよっ。これでしょ、これっ。人気の秘密よ!!」
山口が声を大にする。
「このギャップでしょ。今どきの若者が人々に親切にする。しかもドリシアって精神疾患を抱える人たちの支援施設を作ってるらしいわ。まだ関東に2件らしいけど、今後はもっと数を増やしていくって」
“俺たち全員N+能力を持っているんです。こんなこと言ったら大げさかもしれないけどこの能力を誰かの為に使えたらいいなって思うんですよね”
メンバー全員がウンウンと頷き、同意の意思を表していた。
“さて、次回は釣り動画を撮る予定です。珍しいお魚ちゃんに会えるといいなぁ”
部屋に戻ると樹はベッドに倒れ込んだ。視界がぐらぐらと揺れる。ベッドに貼りつくように体が沈み目を閉じていると気分が幾らかマシになった。このまま眠れればいいのに、ボソッと呟いた言葉に反応する者はいない。
ひとりだ。
ここには誰もいない。
閉じたままの視界の隅からじわりと黒が這い出して来る。黒は何かを形作るでもなくもやもやと漂いながら侵食し始めた。
“またいなくなったね”
黒が言う。
「違う、いなくなったんじゃなくて異動だ。仕方ないんだ、仕事だから」
“連絡もないのに?”
「それは……きっと忙しいから」
“まだ好かれていると?”
ひゅっと喉が鳴った。幾分マシだった気分が消え失せ、まどろみも消えた。頭を何度も叩かれるような痛みに樹は目を見開いている。分かっている。これは自分が作り出したもので誰が責めているわけでもない。だが一度知ってしまった黒い沼は樹を離してはくれず、逃れても逃れても何度もその体内に樹を招き入れた。
「時間をかけて、しょう、めいするって」
“ここにいないのに?”
“愛されていると思った? 親からも愛されなかったのに”
“君なんかが必要とされるわけないって”
黒は畳みかけるようにいくつも言葉を吐いた。そのどれもが樹に深く刺さる。視界は何度も歪み、雫が目じりから零れた。呼吸が粗くなり体が強張る。
「俺、なんで生きてるんだっけ……」
やらねばならぬこと、やるべきこと、なぜこの世界に残ったのか。樹の中にあるはずなのに今は深く沈み濁って見えない。
「俺、どうしたら……」
青砥がいなくなったことで大きくバランスを崩していることは分かっていた。きっと自分がいなくなれば山口も霧島も泣いてくれるだろうし、加賀美や田口もきっと悲しんでくれる。少なからず自分を想ってくれる人を思い出せるのに、浮上できぬまま黒の言葉を飲み込んでしまう。
苦しい、苦しい、寂しい、辛い……
脱力してベッドに寝転がったまま樹は夜通し黒の声を聞き、眠りについたのは夜が明けてからだった。
翌朝の顔は控えめに言っても最悪だった。お酒が残っているせいで胃の調子も良くないし、寝不足のせいで目の下にはクマがくっきり、まるで病人みたいだと思った。
「流石にひどいな……」
樹は最近の日課である二日酔い薬を取り出すと口の中に放り込んだ。この世界の二日酔い薬は本当に良く出来ている。1Lの水と一緒に飲むことで体内にあるアルコールが浄化され、まるでお酒なんか飲んでいなかったかのようになるのだ。薬を飲んだ後120分間は頻繁にトイレに行きたくなるところが難点ではあるが、30分後に家を出で通勤時間を省いたとしても職場で副反応が持続するのは約60分間だけ。そのくらいならなんとかなるだろう。
頻繁にトイレに行くのが1日だけなら周りも気にしない。だがその日々が3日、4日と続くと流石に周りも心配し始めた。
「今日もよね」
「だねぇ。昨日もあんなに飲んでたし。目も充血してる。眠れてないんじゃないかな」
「これってアオ君がいなくなってから、よねぇ」
「こそこそしてたのは知ってたけど……」
「こそこそって何?」
「こそこそはコソコソよ!」
「またN+で聴いたんでしょ」
「そ、そんなことより、このままってわけにはいかないよね」
山口と霧島の間でそんな会話がなされ、樹が如月に呼び出されるまでそう時間はかからなかった。
「あるけど。ってか樹、最近飲みすぎじゃない? お酒買いこんでるの知ってるよ」
「このくらい大丈夫ですよ。俺、結構お酒飲める方みたいなんで」
「飲めるほうって。この間、廊下で潰れてたでしょう? あれ運んだの私よぅ」
山口が心配そうな視線を樹に向けると樹は素直に謝ったがお酒を控えるつもりは無いらしい。霧島から受け取ったお酒をグラスに注ぐとあっという間に飲み干した。
「ちょっとほどほどにしてよ。今日はGYUBUチャンネル研究会なんだから。しっかり相手の弱点を探すのよ!」
「弱点って……」
横並びに並んでいる3人の目の前にはGYUBUが大きく表示されていた。そこに映っているのは霧島が追いつかれまいと必死に張り合っているドリシアである。女性1人に男性3人のグループでリーダーの和信以外はみんなマスクをつけていた。
「イケメン……」
「そうなのよ!モデルじゃないかっていうくらいのイケメンでしかも優しい」
霧島はそう言ったあと、じっと山口を見て「はぁ」とため息を吐いた。
「ちょっと、茜ちゃん、今の反応はなに!?」
“えー、では今日は俺が最近見つけた面白いスイーツ屋さんを紹介したいと思います”
“おぉ、スイーツか”
“和信、甘いの好きだもんね”
“これは期待できますな”
「お店紹介ですか?」
「そう、ドリシアは基本的にはトレンドを発信するグループね。ファション、グルメ、乗り物、自分たちが良いと思ったものは何でも発信するの」
「でもそういう人たちってたくさんいますよね」
「そうなんだよねぇ。彼らが発進する内容のセンスがいいのは確かなんだけど……」
「イメージじゃないかしら?」
「「イメージ!?」」
樹と霧島が同時に声をあげて山口を見つめていると、映像の和信が小さな子供の頭を撫でていた。
“おもちゃが建物の高い所に引っかかっちゃったの? 待ってて、取ってあげる”
和信がまるで建物とこそこそ話をするような行動をとる。すると建物の表面が波打ち、おもちゃがひらり、と落ちてきた。
“ありがとう、おにいちゃん”
「あれもN+ですか?」
「うん、振動、かな。珍しい能力よね。イケメンで優しい、ほんと困るわー」
「ですね。お洒落でイケメンで、こんな姿見せられたらファンになるのも分かる気がします」
「ちょっと二人とも、何ぽーっとしてるのよっ。これでしょ、これっ。人気の秘密よ!!」
山口が声を大にする。
「このギャップでしょ。今どきの若者が人々に親切にする。しかもドリシアって精神疾患を抱える人たちの支援施設を作ってるらしいわ。まだ関東に2件らしいけど、今後はもっと数を増やしていくって」
“俺たち全員N+能力を持っているんです。こんなこと言ったら大げさかもしれないけどこの能力を誰かの為に使えたらいいなって思うんですよね”
メンバー全員がウンウンと頷き、同意の意思を表していた。
“さて、次回は釣り動画を撮る予定です。珍しいお魚ちゃんに会えるといいなぁ”
部屋に戻ると樹はベッドに倒れ込んだ。視界がぐらぐらと揺れる。ベッドに貼りつくように体が沈み目を閉じていると気分が幾らかマシになった。このまま眠れればいいのに、ボソッと呟いた言葉に反応する者はいない。
ひとりだ。
ここには誰もいない。
閉じたままの視界の隅からじわりと黒が這い出して来る。黒は何かを形作るでもなくもやもやと漂いながら侵食し始めた。
“またいなくなったね”
黒が言う。
「違う、いなくなったんじゃなくて異動だ。仕方ないんだ、仕事だから」
“連絡もないのに?”
「それは……きっと忙しいから」
“まだ好かれていると?”
ひゅっと喉が鳴った。幾分マシだった気分が消え失せ、まどろみも消えた。頭を何度も叩かれるような痛みに樹は目を見開いている。分かっている。これは自分が作り出したもので誰が責めているわけでもない。だが一度知ってしまった黒い沼は樹を離してはくれず、逃れても逃れても何度もその体内に樹を招き入れた。
「時間をかけて、しょう、めいするって」
“ここにいないのに?”
“愛されていると思った? 親からも愛されなかったのに”
“君なんかが必要とされるわけないって”
黒は畳みかけるようにいくつも言葉を吐いた。そのどれもが樹に深く刺さる。視界は何度も歪み、雫が目じりから零れた。呼吸が粗くなり体が強張る。
「俺、なんで生きてるんだっけ……」
やらねばならぬこと、やるべきこと、なぜこの世界に残ったのか。樹の中にあるはずなのに今は深く沈み濁って見えない。
「俺、どうしたら……」
青砥がいなくなったことで大きくバランスを崩していることは分かっていた。きっと自分がいなくなれば山口も霧島も泣いてくれるだろうし、加賀美や田口もきっと悲しんでくれる。少なからず自分を想ってくれる人を思い出せるのに、浮上できぬまま黒の言葉を飲み込んでしまう。
苦しい、苦しい、寂しい、辛い……
脱力してベッドに寝転がったまま樹は夜通し黒の声を聞き、眠りについたのは夜が明けてからだった。
翌朝の顔は控えめに言っても最悪だった。お酒が残っているせいで胃の調子も良くないし、寝不足のせいで目の下にはクマがくっきり、まるで病人みたいだと思った。
「流石にひどいな……」
樹は最近の日課である二日酔い薬を取り出すと口の中に放り込んだ。この世界の二日酔い薬は本当に良く出来ている。1Lの水と一緒に飲むことで体内にあるアルコールが浄化され、まるでお酒なんか飲んでいなかったかのようになるのだ。薬を飲んだ後120分間は頻繁にトイレに行きたくなるところが難点ではあるが、30分後に家を出で通勤時間を省いたとしても職場で副反応が持続するのは約60分間だけ。そのくらいならなんとかなるだろう。
頻繁にトイレに行くのが1日だけなら周りも気にしない。だがその日々が3日、4日と続くと流石に周りも心配し始めた。
「今日もよね」
「だねぇ。昨日もあんなに飲んでたし。目も充血してる。眠れてないんじゃないかな」
「これってアオ君がいなくなってから、よねぇ」
「こそこそしてたのは知ってたけど……」
「こそこそって何?」
「こそこそはコソコソよ!」
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