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第三章
26. 動き出す
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「あのお話ってなんでしょう? 俺、この後強盗事件の聴取しに現場まで行かなきゃいけなくて」
「あぁ、それは茜さんに変わって貰うからいいですよ。でも我々は忙しい身ですからね。さっさと本題にはいりましょう」
樹が頷くと如月は「なんで呼ばれたか分かりますか?」と樹に聞いた。樹は静かに首を振る。いつもは内にある少年を覗かせるのに今日の如月はゆっくりと穏やかに言葉を紡いだ。
「我々の仕事は常に危険が付きまとう、だからこそ必ず二人以上で行動するようにしているんです。自分の身を守るのは大前提として、仲間が危険にさらされた時フォローが出来るようにと。はたして今の君にそれが出来るでしょうか?」
「それは……」
「ここ数日、二日酔い薬を飲んでいますよね。顔色も良くない」
「すみません。もうこんなことにならないようにします」
「どうやって?」
間髪入れずに如月が尋ねた。樹に応えられるはずもない。そんな樹を見て如月は困った子だなとでも言うように表情を和らげた。
「もっと頼っていいんですよ」
俯いていた樹が顔をあげる。如月は窓に寄り掛かるとのんびりとした口調で話し始めた。
「全く、アオ君には困ったものですよね」
「……」
「何も言わないで行ったんでしょ」
樹が気まずそうに視線を揺らした。自分が引っ掛かっているのは青砥のことだと自白するかのようなあまりにも分かり易い仕草に如月はうーんとこめかみを掻いた。
「なぜ異動したか僕が教えましょう」
「でも……それは本人の口からじゃないとやっぱ……」
「この期に及んでそんなことを言う。友達ならそれも理由になるでしょうね。でも僕は君たちの上司です。君がこんな状態でいることは君だけじゃなく周りも危険になる」
樹に返す言葉は無かった。頷いた樹を見て如月が言葉を続ける。
「樹君はアオ君がなぜ警察官になったか知っていますか?」
「知らないです」
「自分にはやらなければならないことがあるのだと、一年くらい前かな。アオ君が理由を話してくれました。その時はまだ私の胸に留めておいたのですが残念ながらそうもいかなくなりましてね。話はアオ君が中学一年生の頃に遡ります」
如月の口から語られる青砥の子供時代。「過剰に期待されて、利用される為に生きているような感覚になる」と言っていた青砥の横顔を樹は思い出した。思春期の青砥ならその感覚は今よりもずっと鋭く、息苦しかったに違いない。しかもN+の副作用にも苦しめられていた、そんな最中に山里夢と出会ったのだ。
「でもその話がきっかけだったとしてもアオさんにはなんの責任もないですよね!?」
「勿論そうです。でもアオ君はずっと引っ掛かっていた。そして当時もう一つの方法を話していたことに強い不安を覚えたそうです」
「だから警察官になったのか……」
独り言のように呟いた言葉に如月が頷いた。
「リステアが動き出した今、自分の悪夢が現実になろうとしている。いても立ってもいられなかったでしょうね」
「アオさんは碧島で一人で戦うつもりですか!? 援軍とか、あ! 俺も碧島に異動させてください!!」
一気にまくしたてる樹を如月は「まぁまぁ」と言って窘めた。
「本当に碧島に攻め入るかは今のところリステアにしか分かりません。普段の碧島は退屈なほど平和な島です。そこに人員は割けないですし、仮に人員を沢山派遣したとしたらリステアに我々が感づいていることが知れてしまう」
「あ……」
「それにアオ君が君に言わなかったのは樹君が自分も異動させてくれと言い出すからかもしれないですよ」
「それでもアオさん一人ではっ」
「一人ではない、碧島にも警察官はいます。それにもし本当に碧島に攻め込まれたとしたらうちからも援軍を出すかもしれない。その時に今の状態の君はアオ君の助けになれますか?」
樹は義手で自分の左手首をぐっと掴んだ。
俺はなんて自分のことしか考えていなかったのだろう……。
青砥がいなくなったことの辛さをお酒で紛らわし、何も言わずにいなくなったことには理由があるのだと自分に言い聞かせていたのは自分が可愛いだけの子供じみた行為だ。
「反省しても後悔しても未来は変わりませんよ。ここからどう行動するかです」
顔を上げた樹の目は幾分か光を捉えていた、少なくとも如月の目にはそう見えた。
その日はいつもと何ら変わりのない日だった。夜勤明けの青砥が眠りの途中で目が覚めたのも全くの偶然であったし、水分を補給した後に窓の外を見たのも、視線を碧島の方に向けたのも偶然だった。
「なんだ? 俺の目がおかしいのか?」
碧島のシルエットがところどころ歪んで見えるような気がする。目をギュッと閉じてから見開きそこから目を細めていく。すると次第に歪みが不規則に上下していることが分った。何かを思うよりも早く青砥は叫んだ。
「侵入者だ!!」
廊下に駆け出し非常スイッチを押した。寮全体に音が鳴り響き、緊急を知らせるライトで廊下が真っ赤に染まる。
「碧島に侵入者だ!!」
「あぁ、それは茜さんに変わって貰うからいいですよ。でも我々は忙しい身ですからね。さっさと本題にはいりましょう」
樹が頷くと如月は「なんで呼ばれたか分かりますか?」と樹に聞いた。樹は静かに首を振る。いつもは内にある少年を覗かせるのに今日の如月はゆっくりと穏やかに言葉を紡いだ。
「我々の仕事は常に危険が付きまとう、だからこそ必ず二人以上で行動するようにしているんです。自分の身を守るのは大前提として、仲間が危険にさらされた時フォローが出来るようにと。はたして今の君にそれが出来るでしょうか?」
「それは……」
「ここ数日、二日酔い薬を飲んでいますよね。顔色も良くない」
「すみません。もうこんなことにならないようにします」
「どうやって?」
間髪入れずに如月が尋ねた。樹に応えられるはずもない。そんな樹を見て如月は困った子だなとでも言うように表情を和らげた。
「もっと頼っていいんですよ」
俯いていた樹が顔をあげる。如月は窓に寄り掛かるとのんびりとした口調で話し始めた。
「全く、アオ君には困ったものですよね」
「……」
「何も言わないで行ったんでしょ」
樹が気まずそうに視線を揺らした。自分が引っ掛かっているのは青砥のことだと自白するかのようなあまりにも分かり易い仕草に如月はうーんとこめかみを掻いた。
「なぜ異動したか僕が教えましょう」
「でも……それは本人の口からじゃないとやっぱ……」
「この期に及んでそんなことを言う。友達ならそれも理由になるでしょうね。でも僕は君たちの上司です。君がこんな状態でいることは君だけじゃなく周りも危険になる」
樹に返す言葉は無かった。頷いた樹を見て如月が言葉を続ける。
「樹君はアオ君がなぜ警察官になったか知っていますか?」
「知らないです」
「自分にはやらなければならないことがあるのだと、一年くらい前かな。アオ君が理由を話してくれました。その時はまだ私の胸に留めておいたのですが残念ながらそうもいかなくなりましてね。話はアオ君が中学一年生の頃に遡ります」
如月の口から語られる青砥の子供時代。「過剰に期待されて、利用される為に生きているような感覚になる」と言っていた青砥の横顔を樹は思い出した。思春期の青砥ならその感覚は今よりもずっと鋭く、息苦しかったに違いない。しかもN+の副作用にも苦しめられていた、そんな最中に山里夢と出会ったのだ。
「でもその話がきっかけだったとしてもアオさんにはなんの責任もないですよね!?」
「勿論そうです。でもアオ君はずっと引っ掛かっていた。そして当時もう一つの方法を話していたことに強い不安を覚えたそうです」
「だから警察官になったのか……」
独り言のように呟いた言葉に如月が頷いた。
「リステアが動き出した今、自分の悪夢が現実になろうとしている。いても立ってもいられなかったでしょうね」
「アオさんは碧島で一人で戦うつもりですか!? 援軍とか、あ! 俺も碧島に異動させてください!!」
一気にまくしたてる樹を如月は「まぁまぁ」と言って窘めた。
「本当に碧島に攻め入るかは今のところリステアにしか分かりません。普段の碧島は退屈なほど平和な島です。そこに人員は割けないですし、仮に人員を沢山派遣したとしたらリステアに我々が感づいていることが知れてしまう」
「あ……」
「それにアオ君が君に言わなかったのは樹君が自分も異動させてくれと言い出すからかもしれないですよ」
「それでもアオさん一人ではっ」
「一人ではない、碧島にも警察官はいます。それにもし本当に碧島に攻め込まれたとしたらうちからも援軍を出すかもしれない。その時に今の状態の君はアオ君の助けになれますか?」
樹は義手で自分の左手首をぐっと掴んだ。
俺はなんて自分のことしか考えていなかったのだろう……。
青砥がいなくなったことの辛さをお酒で紛らわし、何も言わずにいなくなったことには理由があるのだと自分に言い聞かせていたのは自分が可愛いだけの子供じみた行為だ。
「反省しても後悔しても未来は変わりませんよ。ここからどう行動するかです」
顔を上げた樹の目は幾分か光を捉えていた、少なくとも如月の目にはそう見えた。
その日はいつもと何ら変わりのない日だった。夜勤明けの青砥が眠りの途中で目が覚めたのも全くの偶然であったし、水分を補給した後に窓の外を見たのも、視線を碧島の方に向けたのも偶然だった。
「なんだ? 俺の目がおかしいのか?」
碧島のシルエットがところどころ歪んで見えるような気がする。目をギュッと閉じてから見開きそこから目を細めていく。すると次第に歪みが不規則に上下していることが分った。何かを思うよりも早く青砥は叫んだ。
「侵入者だ!!」
廊下に駆け出し非常スイッチを押した。寮全体に音が鳴り響き、緊急を知らせるライトで廊下が真っ赤に染まる。
「碧島に侵入者だ!!」
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