98 / 129
第三章
24. 巡る思考
しおりを挟む
平が去ると青砥はまた厳しい顔で島を見つめた。
争いは起こらないということが年月をかけて沁みついている。寮にトレーニングルームはあるから程度動けるとは思うが……。
何か糸口を探すかのように青砥の指が口元に添えられる。
何も事件が起こらなかったという事は連携の実践がないということだ。一緒に動く仲間の能力、動き方、思考を知れば個々以上の能力を発揮することも出来るというのに。平署長に訓練の提案をするか? 攻め入られることを想定して動く訓練、やらないよりはマシだろう。
「だが、そんなに時間もかけていられない」
焦りがヒリヒリと脳を焼く。いつリステアが攻めてくるのか分からない、今この瞬間に攻めてくる可能性もあるのだ。
「攻めてくるとしたらいつ、どうやって攻めてくるのか。他にどんな会話を……そんなに具体的な話をしていなかったような気もするが……」
ぼんやりと目を細めればあの頃の山里が出てくる。
「俺の能力はね、体内で爆弾を生成する能力なんだ。あ、爆弾って知ってる? 吹き飛ばして破裂させる古の武器だよ。それが体の中で作られんの。凄いでしょ。今の時代ではなんの価値もないみたいだけど」
何度目かに会った時に山里はそんなことを言った。
「価値がない……それは逆じゃないですか?」
「逆?」
「武器を持たない今だからこそ価値がある。唯一無二だから」
青砥の言葉に山里は嬉しそうに目を細め、「価値がある、か」と噛みしめるように呟いた。
「この能力を押さえつけて消すんじゃなくてさ、人の為に使えたらいいのにな」
青砥の肩を冷たい風が抜けていった。人間の根本は変わらなくても何かのきっかけで行動が180度変わることもある。もしあの場所で山里夢に出会わなければ、もしも内閣を乗っ取るなどという話をしなければ未来は違うものになっていたかもしれないという思いを青砥はずっと捨てきれずにいた。
「あの日の会話があなたを動かしたのなら、俺にはそれを止める義務がある」
青砥は前を見据えたまま小指のリングに触れた。青砥に馴染みのないリングは加賀美と小暮に山里との過去を話した日に預かったものだ。
捜査課での会議のあと、加賀美に呼ばれるまま室長室へと向かった。そこで加賀美は青砥の異動願いを許可するとこのリングを青砥に渡したのだ。
「これは碧島の核廃棄場、及び周辺に密かに設置されている冷凍装置です。万が一、核廃棄場から核廃棄物が漏れるような事態になったらこのリングを解除して下さい。解除すれば冷凍装置から半径10キロの範囲が凍ります」
「凍るって海がってことですよね?」
「そう。海が凍るという事は生物も凍るという事。殆どの生物が死にますね。生態系に大きな影響が出ますし、その他にもまぁ色々。だから、使用する時は核廃棄物が流れ出すような最悪の事態だけにして下さいね」
青砥は指に嵌めたリングがズンと重みを増したような気がした。なんともあっさりとした口調で語られてはいるが内容はかなりヘビィだ。生態系が壊れるどころの話ではない。一帯の海が凍り、そこで暮らしている人々の生活も一変する。国としても海洋資産が失われ、それが外交にどれだけ不利に働くのか。
「そんなに不安げな顔をしなくても大丈夫ですよ。昔の技術とはいえガラス固体化されていますしね。粉々になって海に流れるなんてことにならなければ」
「……それもそうですよね。でもこのスイッチ、俺が持っていてもいいのですか?」
「いいわけないでしょ。でも、ほら、誰にも言わなければ、ね?」
重要なスイッチを何でもないもののように渡した加賀美を思い出し、青砥の表情が少し和らいだ。誰にも言わなきゃ、なんてまるで悪戯をする子供みたいだ。
「子供……」
ハッとした顔をして青砥の動きが止まる。
「本当に碧島に来るのか?」
ふと浮かんだ言葉だった。声にしたとたん思考と映像が竜巻のように円を描いた。
確かに幼い自分はこの島を人質にするという提案をした。だがあれはまだ世の中のことを知らない幼い自分が思いのまま喋ったことだ。この島の地下には国を壊滅させるほどの核廃棄物が埋まっている。だが、それは本当に人質になり得るのだろうか?
核廃棄物を破壊すれば自分たちの身も危ないどころか世界に対して国としての責任を問われる事態になる。リステアの目的が今もN+至上主義の国を作るというものならば、国としての地位を揺るがすようなことはマイナスにしかならないはずだ。
「思い通りにならないなら自身もろとも国も亡ぼすとか?」
記憶の山里を思い起こし、そこまで破滅を望む人間ではなかったと自身の考えを否定した。ならばリステアが碧島の核廃棄場を破壊するとは考えづらい。
そもそも碧島を人質にとれたとしても人質状態をずっと維持できるとは思えない。国は碧島を奪還しようと動くだろうし、たとえ内閣を乗っ取れたとしてもリステアが取って代るなど国民は容易に受け入れたりしないだろう。
「俺は何か間違った方向を見ていたんじゃ……」
争いは起こらないということが年月をかけて沁みついている。寮にトレーニングルームはあるから程度動けるとは思うが……。
何か糸口を探すかのように青砥の指が口元に添えられる。
何も事件が起こらなかったという事は連携の実践がないということだ。一緒に動く仲間の能力、動き方、思考を知れば個々以上の能力を発揮することも出来るというのに。平署長に訓練の提案をするか? 攻め入られることを想定して動く訓練、やらないよりはマシだろう。
「だが、そんなに時間もかけていられない」
焦りがヒリヒリと脳を焼く。いつリステアが攻めてくるのか分からない、今この瞬間に攻めてくる可能性もあるのだ。
「攻めてくるとしたらいつ、どうやって攻めてくるのか。他にどんな会話を……そんなに具体的な話をしていなかったような気もするが……」
ぼんやりと目を細めればあの頃の山里が出てくる。
「俺の能力はね、体内で爆弾を生成する能力なんだ。あ、爆弾って知ってる? 吹き飛ばして破裂させる古の武器だよ。それが体の中で作られんの。凄いでしょ。今の時代ではなんの価値もないみたいだけど」
何度目かに会った時に山里はそんなことを言った。
「価値がない……それは逆じゃないですか?」
「逆?」
「武器を持たない今だからこそ価値がある。唯一無二だから」
青砥の言葉に山里は嬉しそうに目を細め、「価値がある、か」と噛みしめるように呟いた。
「この能力を押さえつけて消すんじゃなくてさ、人の為に使えたらいいのにな」
青砥の肩を冷たい風が抜けていった。人間の根本は変わらなくても何かのきっかけで行動が180度変わることもある。もしあの場所で山里夢に出会わなければ、もしも内閣を乗っ取るなどという話をしなければ未来は違うものになっていたかもしれないという思いを青砥はずっと捨てきれずにいた。
「あの日の会話があなたを動かしたのなら、俺にはそれを止める義務がある」
青砥は前を見据えたまま小指のリングに触れた。青砥に馴染みのないリングは加賀美と小暮に山里との過去を話した日に預かったものだ。
捜査課での会議のあと、加賀美に呼ばれるまま室長室へと向かった。そこで加賀美は青砥の異動願いを許可するとこのリングを青砥に渡したのだ。
「これは碧島の核廃棄場、及び周辺に密かに設置されている冷凍装置です。万が一、核廃棄場から核廃棄物が漏れるような事態になったらこのリングを解除して下さい。解除すれば冷凍装置から半径10キロの範囲が凍ります」
「凍るって海がってことですよね?」
「そう。海が凍るという事は生物も凍るという事。殆どの生物が死にますね。生態系に大きな影響が出ますし、その他にもまぁ色々。だから、使用する時は核廃棄物が流れ出すような最悪の事態だけにして下さいね」
青砥は指に嵌めたリングがズンと重みを増したような気がした。なんともあっさりとした口調で語られてはいるが内容はかなりヘビィだ。生態系が壊れるどころの話ではない。一帯の海が凍り、そこで暮らしている人々の生活も一変する。国としても海洋資産が失われ、それが外交にどれだけ不利に働くのか。
「そんなに不安げな顔をしなくても大丈夫ですよ。昔の技術とはいえガラス固体化されていますしね。粉々になって海に流れるなんてことにならなければ」
「……それもそうですよね。でもこのスイッチ、俺が持っていてもいいのですか?」
「いいわけないでしょ。でも、ほら、誰にも言わなければ、ね?」
重要なスイッチを何でもないもののように渡した加賀美を思い出し、青砥の表情が少し和らいだ。誰にも言わなきゃ、なんてまるで悪戯をする子供みたいだ。
「子供……」
ハッとした顔をして青砥の動きが止まる。
「本当に碧島に来るのか?」
ふと浮かんだ言葉だった。声にしたとたん思考と映像が竜巻のように円を描いた。
確かに幼い自分はこの島を人質にするという提案をした。だがあれはまだ世の中のことを知らない幼い自分が思いのまま喋ったことだ。この島の地下には国を壊滅させるほどの核廃棄物が埋まっている。だが、それは本当に人質になり得るのだろうか?
核廃棄物を破壊すれば自分たちの身も危ないどころか世界に対して国としての責任を問われる事態になる。リステアの目的が今もN+至上主義の国を作るというものならば、国としての地位を揺るがすようなことはマイナスにしかならないはずだ。
「思い通りにならないなら自身もろとも国も亡ぼすとか?」
記憶の山里を思い起こし、そこまで破滅を望む人間ではなかったと自身の考えを否定した。ならばリステアが碧島の核廃棄場を破壊するとは考えづらい。
そもそも碧島を人質にとれたとしても人質状態をずっと維持できるとは思えない。国は碧島を奪還しようと動くだろうし、たとえ内閣を乗っ取れたとしてもリステアが取って代るなど国民は容易に受け入れたりしないだろう。
「俺は何か間違った方向を見ていたんじゃ……」
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる