転生遺族の循環論法

はたたがみ

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第1章 民間伝承研究部編

転生遺族のスタート6

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 その日、縦軸は自分の部屋で大人しくしていた。別に音との件は気にしていない。というか既に結論は出ている。大したことではない、簡単だ。寧ろあの時あの形容し難い感情に煽られて言葉で返せなかったのが悔しいくらいだ。

 問題はそこではない、いや、それがあったからこその問題とでも言うべきだろう。

 音とのやり取りを経て、縦軸はこれまでのことを見つめ直していた。そしてある疑問のもとへやっと帰ってきた。別にそれが分かったところで今の縦軸には関係のないことだろう。だがそれを気にしないのはあまりにも不自然だ。そういう意味では、愛の奪還に固執しすぎていた自分の視界を救ってくれた音には感謝するべきだろう。

「何なんだろう……〈転生師トラックメイカー〉って……」

 縦軸のスキルは転生先をそれなりに設定できる。種族、性別、生まれる場所、才能、それらを基本的に自由に決めることができる。だが縦軸は決めてこなかった。これまでの人生で、それほど細かく転生先を決めてやろうと思った相手がいなかったからだ。初めて違和感を覚えたのは、傾子のときだった。
 そう、縦軸のスキルには。しかし、異世界転生させた傾子のスキルには、いや、彼女に与えた以外のどのスキルにもレベルは存在しなかった。この概念を所持しているのは、縦軸の〈転生師トラックメイカー〉と微の〈天文台〉のみである。

 何故自分たちのスキルだけレベルが設定されているのか?レベルが上がるとスキルが強くなるのか、本来の力をレベルによって制限されているのか、いや、そもそも……

「何で僕たちにはスキルがあるんだ?」

 あの日、死のうとして死ななかった日、これは突然現れた。何かの拍子に「手に入れた」のか、もともとあったものが「目覚めた」のか。

 何故自分と微に発現したのか。


 そんなことを考えていたとき、部屋のドアがノックされた。

「……開いてるぞ」

 入ってきたのは音だった。だが不思議と気まずい空気にはならない。縦軸が彼女の問いに既に答えられるからか、そもそも音が答えを訊いてないからか、2人ともそんなことどうでもいいからか。

「何の用?」
「付き合え。」
「…………ごめん、ムリ……あいだだだだだだ!」

 縦軸はこめかみをグリグリされた。

「違うわよ、何勘違いしてんの?」
「そっちが誤解招く言い方するからだろ!」
「馬鹿なの?(付き合う)=(交際)じゃなくて、(交際)⊂(付き合う)でしょうが!」
「読みづらい文字をセリフに入れるのやめろ!」
「英語なら発音できるでしょ?」
「はあ……もういいよ。それで、僕に何をしろと?」
「ああそうそう、ちょっと買い物に付き合ってくんない?」
「そういうことか。いいよ」

 土曜日、縦軸は音の買い物に同行した。



「ここよ」

 音が縦軸を連れてきたのは楽器屋だった。

「お前、楽器弾けるの?」
「まさか、ほんのちょっぴりピアノが弾ける程度よ。いいから詮索しないで付いてきて」

 音に急かされ、縦軸は彼女を追って店に足を踏み入れた。


 音はしきりにキーボードを見て回っていた。縦軸には音楽の知識など無いので、取り敢えず後ろで静かに見ていた。数十分程見回った後、ようやくどれを買うか決め、少し早足でレジに向かうとあれよあれよという間に会計を済ませてしまった。財布からお金を取り出す時の音の苦しそうな表情は、縦軸の目に焼きついてしまった。

「ふぅー、さようなら私の小遣い。お前はいい奴だったよ。そしてこんにちは、キーボード。これであの劣悪環境が変わり始める!」
「なあ、僕を誘ったのって」
「ん?だってうちまで運ぶのいやじゃない。重たくてめんどくさいし」

 虚縦軸、職業荷物持ち。

「それだったら通販使いなよ」
「分かってないわね。こういうのは自分の目で見てみないとダメなのよ」
「そうなんだ」


 しばらく何の会話もないまま歩いていく。ここ最近、縦軸と音との間ではこんな空気が流れ続けていた。無理に話しかけなくてもいいと言ってくれた音に、縦軸は足を向けて寝られなかった。

 唐突に音が縦軸に話しかける。

「ねえ」
「ん?」
「少しは気が晴れた?」

 どうやら音が今日縦軸を買い物に付き合わせたのは、ここ数日1人で悩んでいる様子の縦軸を気遣ったというのもあるらしい。

「いや、誰のせいだと……まあ怒ってないけど。おかげでいい気分転換になったよ」
「そう、よかったわ」

「……」
「……」

「……ありがとう。」
「何?急にどうしたのよ」
「十二乗のおかげで、何というか、視野が開けたよ。それに決心もついた。僕は、やっぱり姉さんを連れ戻したい。音が言ってた可能性があったとしてもだ。」
「そう。なら私は何も言わないわ。三角と先輩にも言っときなさいよ。心配してるだろうから」
「そうだね、分かった」

 穏やかだ。

「にしても、十二乗ってすごいよな。そうやって他人のこと考えてやれて」
「な、何よ急に」
「僕には、人の気持ちなんて分からないしそもそも考えようなんて発想すら浮かばない。だから、その、十二乗が友達で良かった」
「、、、、、!だだだ、誰が友達よ!それにそんなに褒めたって何もしてやんないんだから!」
「お、おう」

 急に興奮してまくし立てる音に驚く縦軸。

「ま、まあ、あんたが友達になって欲しいっていうなら、べ、別にいいけど。」
「うん、そうだね。なってほしいな。友達に」
「へ、へえーーー!そ、そーなんだー?じゃ、じゃあ仕方ないわね。あんたの貴重な4人目の友達になってあげるわ。光栄に思いなさい!」

 何故かいつもより元気なのに弱そうに話す口調の音だった。

「ん?そういえば4人目って?」
「ん?だって原前先生と三角と積元先輩がいるじゃない。あの人たちだって、あんたの友達でしょ?」

 音は素で訊いていた。一方縦軸は、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。作子はただの昔の知り合い、ていりや微のことも、自分と親しくしてくれる優しい人物としか思っていなかった。それはつまり、彼女たちも自分をせいぜいその程度にしか思っていないだろうと思っていたのである。

「友達かあ……考えたことなかったなあ」
「へえ、ちょっと意外。あんたてっきり一度心許したらもうその人に頼りっきりだと思ってたのに」
「それは姉さんにだけだよ」

 そうは言いながらも、縦軸は音の言葉を頭の中で反芻していた。
 ていりたちは友達なのか?幼い頃は愛とばかり一緒にいて、小、中学校ではいつも1人だった縦軸にとって、これは前例が無い故に難しい問いだった。
 確かに彼女たちとはよく一緒にいる。教室や通学路ではていりがよく話しかけてくれるし、部活の間は微がいい意味で騒がしい。作子だって、音が虚家で暮らし始めてからもよく様子を見に来ている(そしてそのまま夕飯をご馳走になっている)。
 世間では、これを友達と呼ぶのだろうか。もしそうでなかったとして、自分は彼女たちのことを友達と定義しても良いのだろうか?

 街中の雑音が少し静かに感じられる中、縦軸は思考を巡らせていた。

「はっ、まさか!」
「ん?どうした?」
「嘘でしょ、まさか、そうだったの?」

 突然音が縦軸を見ながら怯え始めた。

「おいおいおいおい、どうしたんだよ顔真っ青にして」
「ひ、1つ訊くわよ。正直に答えなさい!」
「うん、何?」
「三角ていり、積元微、原前作子は……嫁なの?」
「………………………………あ?」

 この後、物凄い脱力感に襲われながら、縦軸は音の誤解を解くことになった。
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