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第1章 民間伝承研究部編
キナとフルレイド1
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スライム、ゴブリン、オークにコボルト。魔物たちの見るも無残な死体が転がる中にキナは立ち尽くしていた。2、3回吸って吐いてを繰り返して呼吸を整えると、懐から瓶を取り出した。掌サイズのそれには青い液体が入っている。所謂魔力回復薬だ。これを飲めば、消費した魔力は急速に回復する。Bランク程度の魔力量ならば全回復も可能だ。
「うえっ!苦っ!」
ただし美味しいとは言っていない。良薬は口に苦しを絵に描いたような代物である。
「んもー!やっぱり飲むやつはキライ!薬草乱獲して丸薬大量発注してやる!」
この子供っぽさについて、自覚はあるが嫌ではない。厳格な立ち振る舞いというのは性に合わない。まああまり他人に媚を売りすぎるのも嫌われ者の傾向なので、そういう風に見えないようこっそり気にかけているのだが。世渡りだの顔色の確認だのはなるべくしたくないものだとキナは思った。
「さてさて、お仕事お仕事」
そう言うと死体を具に観察し、やがて内臓を取り出し皮膚を剥がして確認し始めた。死体独特の悪臭と辺りに散乱する血肉のせいで森の風情もあったものじゃない。
「うーん、やっぱりそうかな?」
数週間前、巡る白熊はある情報を手に入れた。それを受けて、こうして総動員で各地を回っていたわけだが……
「これは大変なことになるわね。うふふ、頑張ってねリリィちゃん」
以前シシハルの村で出会った少女のことを思い出してキナは微笑んだ。自分が強いことは分かっている。そんな自分に果敢に立ち向かってきた少女は聞いていた通りの人間だった。故に危うかった。戦場において、格上に挑むのは自殺行為である。これからますます強くなるであろう金の卵は、自ら壁を転げ落ちようとしていた。自分との戦いは彼女にとっては悪夢だっただろうが、あの時のことをキナは後悔していなかった。
「にしてもお腹減ったなぁ。帰ろっと!」
軽快なステップで帰宅への一歩を踏み出そうとしたとき、キナはあることに気がついた。いや、むしろ今まで気づかないようにしていたのだろう。できればこのまま彼らが帰ってくれないかと思うあまり、キナの頭が考えるのを先送りにしていたのだ。
「はあ……お腹ペコペコなのにぃ。仕方ない。
すぅ……いるのは分かってるわよ!遊びたい子からかかってきなさい!」
キナがそう叫ぶや否や、彼女の足下に異変が起きた。暗い色の魔法陣が展開され、そこから射出された鎖が彼女に巻き付こうと飛びかかってきたのだ。
「あらあら、こんな魔法なんて華麗に躱して……」
魔法の鎖はキナの四肢に巻き付いた。
「あれ?」
案の定、身動きが取れない。
「うわっ!え?これ判定セーフなの?あ、そうか、痛くないから……てか、動けないいい……!」
マンガなどだと、困っているキャラクターの目が左右合わさってバツを描くことがある。あの表情は今のキナにとても似合っただろう。
「もらったあああ!」
「何っ⁉︎」
背中に感じた確かな殺意。リリィのそれとは一線を画す、歴戦を制してきたであろうそれがキナに確かに近づいてきた。
確かな速さで接近してきたのは剣であった。キナの愛用している斬る専門の刀ではない。肉を骨ごと叩き切るために設計された大振りの剣であった。
剣が振り下ろされ土煙が舞い上がる。加えて、剣が衝突した衝撃で近くにあった魔物の肉片が飛び散った。
「びっっっくりした~!今の食らってたら死んでもおかしくなかったわ!まあ当たらないけど、ふふふ」
「今のを躱すとはな。やるじゃねえか」
「まあ!逞しい殿方ね。確か……ゴードンって言ったかしら?」
「ほぅ、俺のことを知ってるのか」
その男のことは当然把握していた。あの少女、リリィの父でありAランク冒険者のゴードンだ。
睨み合う両者の間で刹那の沈黙が脈を撃つ。それをまず破ったのはキナだった。
「狙いは私かしら?あ、そうそう、リリィちゃんは元気?」
「どの口が言いやがる!」
再び距離を詰めるゴードン。彼の剣と真っ向から打ち合えばキナの刀は分が悪い。キナは鞘に収められた刀に手をかけると向かってくるゴードンを真っ直ぐ見据えた。
彼の向かって右側を目指すようにしてキナもまた走り出す。両者の剣と刀が相手に当たるほど近づいた時、彼らは同時に、いや、そう思えるほどほんの僅かな差の間にゴードンが先手を放った。
自分から見て左側にやってくるキナに向かって薙ぎ払うように剣を振るった。
「おらぁっ!」
「ほいっ!」
「なっ⁉︎」
ゴードンの攻撃は当たらなかった。キナの足が彼女を上へ飛ばすためのベクトルを生み出すと、彼でさえ視認できないほどの動きでゴードンの剣を避け、そのままバク転するかのような1回転を見せながら彼女は跳躍した。
今のキナには、ゴードンのうなじがよく見えていた。
「打ち首ィッ!」
「させるか!」
彼の首へとやってきた刀をゴードンは剣の腹で弾いた。一瞬とはいえ後ろをとられたことに、ゴードンは強い危機感を覚えた。
「やっぱりそう簡単には殺れねえな。流石はAランククエストだ」
「あらあら、私ったらいつの間にそんなに有名人になっちゃったのかしら。にしたってゴードンさん、私相手に1対1なんて少し傲慢でなくて?」
「んなわけあるかよ。セシリア!」
「闇魔法 呪縛」
先程の鎖が再びキナに絡みつく。
「残念ながら、俺1人じゃねえんだよ」
「闇魔法 弱者の枷!」
黒い霧が全身に纏わり付くと、キナの身体から一気に力が抜けていった。これではまともに動けないだろう。たまらず刀を落とし膝から崩れ落ちる。
「あはは、これじゃ碌に走れないわね。素晴らしい魔法の腕前だわ。セシリアさん」
「褒めたって何にも出ないわよ。特にあなたにはね」
奥から姿を現したのは、リリィの母セシリアだった。その魔力はとても美しく磨き上げられているように、キナには感じられた。
「ちなみにだけど、既にこの森中に冒険者たちが待ち構えてるわ。逃げ場なんて無いわよ」
「本当⁉︎私1人にすごい執念ね」
「それだけてめえを警戒してのことだ。まあその調子じゃ動けねえだろうがな」
ゴードンは確かな殺意の込もった剣をキナに向けると、極めて静かに言い放った。
「てめえには訊きてえことが山ほどある。嫌だと言っても喋ってもらおうか」
この状況を打開するため、キナの頭は戦闘からお話しにレールを切り換えた。
「うえっ!苦っ!」
ただし美味しいとは言っていない。良薬は口に苦しを絵に描いたような代物である。
「んもー!やっぱり飲むやつはキライ!薬草乱獲して丸薬大量発注してやる!」
この子供っぽさについて、自覚はあるが嫌ではない。厳格な立ち振る舞いというのは性に合わない。まああまり他人に媚を売りすぎるのも嫌われ者の傾向なので、そういう風に見えないようこっそり気にかけているのだが。世渡りだの顔色の確認だのはなるべくしたくないものだとキナは思った。
「さてさて、お仕事お仕事」
そう言うと死体を具に観察し、やがて内臓を取り出し皮膚を剥がして確認し始めた。死体独特の悪臭と辺りに散乱する血肉のせいで森の風情もあったものじゃない。
「うーん、やっぱりそうかな?」
数週間前、巡る白熊はある情報を手に入れた。それを受けて、こうして総動員で各地を回っていたわけだが……
「これは大変なことになるわね。うふふ、頑張ってねリリィちゃん」
以前シシハルの村で出会った少女のことを思い出してキナは微笑んだ。自分が強いことは分かっている。そんな自分に果敢に立ち向かってきた少女は聞いていた通りの人間だった。故に危うかった。戦場において、格上に挑むのは自殺行為である。これからますます強くなるであろう金の卵は、自ら壁を転げ落ちようとしていた。自分との戦いは彼女にとっては悪夢だっただろうが、あの時のことをキナは後悔していなかった。
「にしてもお腹減ったなぁ。帰ろっと!」
軽快なステップで帰宅への一歩を踏み出そうとしたとき、キナはあることに気がついた。いや、むしろ今まで気づかないようにしていたのだろう。できればこのまま彼らが帰ってくれないかと思うあまり、キナの頭が考えるのを先送りにしていたのだ。
「はあ……お腹ペコペコなのにぃ。仕方ない。
すぅ……いるのは分かってるわよ!遊びたい子からかかってきなさい!」
キナがそう叫ぶや否や、彼女の足下に異変が起きた。暗い色の魔法陣が展開され、そこから射出された鎖が彼女に巻き付こうと飛びかかってきたのだ。
「あらあら、こんな魔法なんて華麗に躱して……」
魔法の鎖はキナの四肢に巻き付いた。
「あれ?」
案の定、身動きが取れない。
「うわっ!え?これ判定セーフなの?あ、そうか、痛くないから……てか、動けないいい……!」
マンガなどだと、困っているキャラクターの目が左右合わさってバツを描くことがある。あの表情は今のキナにとても似合っただろう。
「もらったあああ!」
「何っ⁉︎」
背中に感じた確かな殺意。リリィのそれとは一線を画す、歴戦を制してきたであろうそれがキナに確かに近づいてきた。
確かな速さで接近してきたのは剣であった。キナの愛用している斬る専門の刀ではない。肉を骨ごと叩き切るために設計された大振りの剣であった。
剣が振り下ろされ土煙が舞い上がる。加えて、剣が衝突した衝撃で近くにあった魔物の肉片が飛び散った。
「びっっっくりした~!今の食らってたら死んでもおかしくなかったわ!まあ当たらないけど、ふふふ」
「今のを躱すとはな。やるじゃねえか」
「まあ!逞しい殿方ね。確か……ゴードンって言ったかしら?」
「ほぅ、俺のことを知ってるのか」
その男のことは当然把握していた。あの少女、リリィの父でありAランク冒険者のゴードンだ。
睨み合う両者の間で刹那の沈黙が脈を撃つ。それをまず破ったのはキナだった。
「狙いは私かしら?あ、そうそう、リリィちゃんは元気?」
「どの口が言いやがる!」
再び距離を詰めるゴードン。彼の剣と真っ向から打ち合えばキナの刀は分が悪い。キナは鞘に収められた刀に手をかけると向かってくるゴードンを真っ直ぐ見据えた。
彼の向かって右側を目指すようにしてキナもまた走り出す。両者の剣と刀が相手に当たるほど近づいた時、彼らは同時に、いや、そう思えるほどほんの僅かな差の間にゴードンが先手を放った。
自分から見て左側にやってくるキナに向かって薙ぎ払うように剣を振るった。
「おらぁっ!」
「ほいっ!」
「なっ⁉︎」
ゴードンの攻撃は当たらなかった。キナの足が彼女を上へ飛ばすためのベクトルを生み出すと、彼でさえ視認できないほどの動きでゴードンの剣を避け、そのままバク転するかのような1回転を見せながら彼女は跳躍した。
今のキナには、ゴードンのうなじがよく見えていた。
「打ち首ィッ!」
「させるか!」
彼の首へとやってきた刀をゴードンは剣の腹で弾いた。一瞬とはいえ後ろをとられたことに、ゴードンは強い危機感を覚えた。
「やっぱりそう簡単には殺れねえな。流石はAランククエストだ」
「あらあら、私ったらいつの間にそんなに有名人になっちゃったのかしら。にしたってゴードンさん、私相手に1対1なんて少し傲慢でなくて?」
「んなわけあるかよ。セシリア!」
「闇魔法 呪縛」
先程の鎖が再びキナに絡みつく。
「残念ながら、俺1人じゃねえんだよ」
「闇魔法 弱者の枷!」
黒い霧が全身に纏わり付くと、キナの身体から一気に力が抜けていった。これではまともに動けないだろう。たまらず刀を落とし膝から崩れ落ちる。
「あはは、これじゃ碌に走れないわね。素晴らしい魔法の腕前だわ。セシリアさん」
「褒めたって何にも出ないわよ。特にあなたにはね」
奥から姿を現したのは、リリィの母セシリアだった。その魔力はとても美しく磨き上げられているように、キナには感じられた。
「ちなみにだけど、既にこの森中に冒険者たちが待ち構えてるわ。逃げ場なんて無いわよ」
「本当⁉︎私1人にすごい執念ね」
「それだけてめえを警戒してのことだ。まあその調子じゃ動けねえだろうがな」
ゴードンは確かな殺意の込もった剣をキナに向けると、極めて静かに言い放った。
「てめえには訊きてえことが山ほどある。嫌だと言っても喋ってもらおうか」
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