夢幻世界

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第二章 3120番の世界「IASB」

第12話 出会い

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 チャイムが鳴った。今日は二学期の期末テストの最終日。最後の教科の数学が終わり、これであとは冬休みを待つだけになった。

「終わったー!」

 思いっきり伸びをして、家に帰る準備を始める。鞄に教科書や筆箱を詰め込んでいた時、後ろから声をかけられた。

「秋、帰ろう」

 聞きなじみのある落ち着いた声。私の親友のあかつき 瑞希みずき だ。

「おっけー、今帰る準備できたところだよ。行こうか」

 テストだったために、あまり中身の入っていない軽い鞄を背負いあげる。そのまま瑞希と一緒に学校を出た。家と高校はあまり離れていないから、毎日歩きで瑞希と一緒に通っている。

「瑞希、テストどうだった? 私物理がやばかったんだよね、赤点かも……」
「私も今回あんまりできなかったな。特に古典とか。そういえば、試験もうすぐだよね?」

 瑞希が会話の一環として聞いてくる。
 私達は現在、普通の進学校に通っている。そのためほとんどの人が大学へと進学するが、私はなりたい職業は決まっており、就職試験が近づいていた。

「クラリス国際警察の高卒用試験のことだよね? あと一か月くらい先だけど、確かに気持ちの面ではもうすぐかな」

  クラリス国際警察、通称【KIP】。主に普通の警察や国では解決できないような危険な事件や、取り調べを行っている機関で、すべての国に必ず一つは設置されており、一番力を持っている組織だ。

「1月13日試験だっけ? 秋は戦闘系のクラリスだから、絶対活躍するよ。クラリス国際警察なんて、誰もが憧れる職業だから頑張って。私は治癒系だから、さすがに目指せないし」

 クラリスには主に、戦闘系、治癒系、強化系の三種類がある。しかし、ほとんどの人は、自分やある対象を強化する強化系のクラリスで、治癒系と戦闘系は保持者が少なかった。そして、私の持っているものは戦闘系だ。
 KIPが世界一の力を持っているのは、強力な戦闘系クラリスの保持者が多くいるためだ。そのため、その強力なメンバーに憧れを抱き、戦闘系クラリスを持っている人はほとんどがそこを目指す。

「瑞希もKIPになりたいなら、医療の方で行けばいいんじゃない? せっかくの治癒系なんだし」
「そうしたいけど、KIPの医療係って絶対入りにくいよ。今の私じゃ到底無理」

 そんなような会話をしながら家の近くで瑞希と別れた。一本道が違うだけだから会いたかったらすぐに会える距離だ。

 私は親が離婚しており、母親に引き取られたものの、その後母親が一年で急逝してしまい、母親の兄の桜井さくらい 陸斗りくとという人のもとに預けられた。
 陸斗さんは、ある有名な会社の社長をしていて、私が学校へ通い易いようにと、学校の近くに家を立ててくれたのだ。一人で住んでいるため、家が近い瑞希を呼んで家で遊んだりすることもある。
 今日もいつも通り家に着く予定だった。





 家の前まで来たとき、何かが家の庭に落ちていた。柵を開けてその『もの』を見ると、それは物などではなく、人だった。

「……え?」

 なんで家の庭に人が落ちているの? というか誰? いろいろな疑問が頭をよぎった。そして見たり、声をかけたり、ゆすったりしてみるが、全く起きる気配がない。
 どうするべきか考えて、目が覚めるまで家で保護して、目を覚ましたらこの人の家族を探すということで、自己完結した。

 ここらであまり見かけない、珍しい見た目のその人を見つめていると、一つ問題に気が付いた。私は女子の中では力がある方だが、さすがに同い年くらいの男を運べるほどの力はないため、どうやって運ぶべきかで迷ってしまったのだ。引きずるわけにもいかないし。

「瑞希を呼んで二人で運ぼうかな……。ついでに治癒してくれたら結構助かるし」

 そう思い電話で瑞希を呼び出した。





 どうやらまだ近くにいたようで、瑞希は電話の後すぐに来てくれた。

「どうしたの……って、その人誰?」

 瑞希はいぶかしげに首を傾ける。まあ当然の反応だ。
 これまでの経緯を話し、手伝ってほしいと伝えると、瑞希は少し躊躇した後、許可してくれた。瑞希はあまり知らない人と関わることを好まないため、手短に済ませよう。





 とりあえず一緒になんとか家の中へ運んだ。ソファに寝かせると、瑞希がその男をじっと見る。

「なんというか、この人は大丈夫」

 珍しく、瑞希が他人を気に入ったようだった。その流れに乗じて治癒のお願いをする。

「わかった」

 そういうと目の前の男に手を触れる。そしてその手から緑の光があふれ、男の体の中へと消えていった。

「特に何か目立った傷があるわけでもないし、気を失ってるだけだと思う。理由は分からないけど。回復はかけたからすぐに目を覚ますと思うよ」

 その様子を見て、素直にすごいなと思った。戦闘系クラリスでは、絶対に手に入らないものだ。





 しばらく待つと、男が目を覚ました。そして自分をのぞき込む女二人に驚いたように数回瞬きをした。
 なぜそんなにも、私たちが見入っていたのか、それは目を開けた瞬間に青色の瞳が見えたからだ。黒、茶、赤を基準にした色がが基本のため、青は今までに見たことが無かった。

「……誰?」

 男はそう一言だけ発した。そしてゆっくり体を起こし、ソファの上に座った。警戒されても困るから、自己紹介くらいはやっておいた方がいいだろう。

「私は天宮あまみや あきだよ。庭に君が倒れていて、ここにいる瑞希と一緒に部屋の中まで運んできたの」
「暁 瑞希。秋と同級生で、運んできた後に君を治療した。怪我はなかったみたいだけど」

 このように簡単に状況を説明した。すると、

「天宮、暁……」

 そうつぶやいてまた黙ってしまった。まだ頭の整理が追い付いていないのだろう。こっちも聞きたいことはたくさんあった。

「ねぇ、君こそ名前は? なんで私の家の庭にいたの?」

 いろいろ聞きたいがまずはこれくらいにしておこう。その短い質問を投げかけると、「名前……」と言って黙ってしまった。まさか……。

「もしかして、自分の名前分からない?」

 瑞希がはっとしたように顔を上げる。そして、男は少しおどおどしながら首を縦に振った。

「それって、記憶喪失ってことだよね。秋、どうするの?」

 これは困った、結構やばい人を連れてきてしまったかもしれない。とりあえず警察に連れて行ってみようかな。





  警察署の前まで三人で来た。男は周りをきょろきょろとしていて、落ち着きがない様子だった。
 中に入り、退屈そうに新聞を読んでいる警察の人に声をかける。

「あの、すみません。この人記憶喪失みたいで……。家族の名前とかってわかりますか?」
「記憶喪失? 親の名前とか、自分の名前とかもわからないの? それだと見つけるのは難しいかな」

 そう冷たく言って、再び新聞を読み始めた。
 相変わらずのやる気のなさだ。大体の仕事はKIPがやってくれるから、普通の警察は仕事のやる気が全くない。こうなることは予想がついていた。

「まあ、そうですよね」

 苦笑いを残してその場を去る。そのままどうすることもできず、また家に戻ることにした。





 「治癒能力、流石に記憶喪失までは直せないよね」

 瑞希に聞いてみるが、案の定、否定の言葉しか帰ってこなかった。もうこうなったらどうすればいいのか分からない。困り果てていると、瑞希が口を開いた。

「もうさ、いっそのこと記憶思い出すまで秋の家に居候させておいたら?」

 ……は? あまりにも予想の斜め上すぎる提案に一瞬言葉を理解できなかった。

「いやいや、それはまずいでしょ!」
「でもさ、仕方なくない? 追い出したりするのは申し訳ないし、もし自分の子供がいなくなったって知ったら、絶対親だって捜索届けだすでしょ。だからそれまで預かっておくだけだよ」
「それはそうだけど……」

 そういって彼の方を見ると、部屋の隅で小さくなりながら、相変わらずきょろきょろとあたりを見渡していた。
 今この状態で家から放り出したりしたら、彼はどうなってしまうのだろうか。かわいそう、心配、そういういつも通りの感情が出てきてしまった。

「まぁ、少しくらいなら……」

 あぁ、言ってしまった。どうせ部屋もたくさんあるんだし、私の心のどこかに、寂しいという気持ちもあったのだろうか。

「じゃあ決定だね。私も秋のためなら全力で支援するから、記憶が戻るか親が見つかるまで頑張ろう」

 そうして私の日常が大きく変わっていった。
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