夢幻世界

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第二章 3120番の世界「IASB」

第13話 助っ人

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「まずは、この人の名前決めないとね。ずっと『君』だと生活しにくいし」

 今は今後どのように過ごしていくか、瑞希と考えているところだった。

「確かにそうだね、なるべく呼びやすい名前がいいんじゃないかな? 秋が決めなよ」
「呼びやすい名前……」

 彼の方をボーっと見ながら名前を考えていると、目が合った。不思議そうにじっと見てくる彼を見て、ふっと頭に名前が浮かんだ。

「零、とか?」
「れい? いいね、呼びやすいし似合ってる」

 そう言って瑞希は零のもとへ行き、「これから少しの間、君は零ね」と話しかけていた。
 当の本人は「零……。俺の名前?」と言っていたが、嫌がっている雰囲気はあまり感じられなかった。

 その後しばらく零と会話して、打ち解けてきたころ、過去のことで少しでも覚えていることが無いか聞いたが、何一つとして覚えていなかった。クラリスのこともすっかり忘れているようだ。零はどんな能力だったのか、その答えを知るのはもっと後になりそうだった。

 その後も少しだけ三人で色々と話し合った。一時間ほど話すと瑞希は帰っていき、二人だけになった。

「あ、布団とか一枚しかないや。どうしよう」

 今のバイトでは、もう一人分の生活用品をすべてそろえるのは不可能だった。

「明日土曜日か、仕方ない陸斗さんのところ行くしかないかな……」

 決して陸斗さんが嫌いなわけではない。それどころか良い人すぎるくらいだ。さらに言えば、なぜ今も独身なのか不思議なくらいにかっこいいし。しかし、お金関係でお世話になるのは何というか気が引けるのだ。「困ったらいつでもおいで」と優しく言うあの人の顔が浮かぶ。  

 そしてためらいながらも、電話をかけた。

『秋ちゃんか、久しぶり。どうした?』

 久々に聞く、相変わらずの良い声がスマホから聞こえてくる。

「お久しぶりです。突然ですが、明日そっちに行ってもいいですか?」
『明日ね、ちょっと持ってて』

 そうして声が聞こえなくなり、数秒後に戻ってきた。

『明日は空いていたから、大丈夫だよ。何かあった?』
「実は少しの間、人を泊めることになったのですが、その人の日用品をそろえるお金が、今の自分のバイト代だけじゃ足りなくて……」

 そういうと電話の奥から、優しい笑いが聞こえてきた。

『そういうことね。詳しいことは明日聞くから、遠慮しないでおいで。それと…』

 そう言って少し言葉を切ってから、一言付け加えた。

『頼ってくれてありがとう』

 胸が閉まる思いがした。この人を頼りたくない理由がこれだ。迷惑をかけているのに、毎度のように感謝される。陸斗さんは私のことを本当に気にかけてくれているのに、何も返すことのできない自分が嫌いだった。

「……こちらこそ、こんな急に無茶なお願いをしたのに、ありがとうございます。明日、十三時頃に向かいます」
『分かった、気を付けてきてね』

そう言って電話が切れた。





 そのまま日が暮れ、二人でご飯を食べた後、寝る場所に困ってしまった。

「布団どうしようかな……」
「俺、ここでいいよ」

 零がソファを指差して言う。意外な言葉に「えっ?」と声が出た。

「零はベッド使いなよ。私がソファで寝るから」
「ここがいい」

 一歩も引かなさそうな零に、折れたのは私だった。

「……わかった。掛け布団持ってくるから。いつでも交代するから言ってね」

 これでいいのかと少し迷いながら、一枚余っていた掛け布団を持ってきた。零はすぐにソファに横になり、そのまま眠ってしまった。

 気が付けば時計の針は深夜の十二時過ぎを指していた。今日はいろいろあったけど無事に一日を終えることができたようだ。私も布団に入り、深い眠りについた。





 目覚ましの音で目を覚ました。土日は八時に目覚ましをかけるのが習慣となっていた。起き上がりカーテンを開ける。時計には『12月2日』と表示されていた。
 いつもと変わらない朝……ではない! リビングに零がいるのを思い出し、慌ててそちらへ向かうと、すでに目を覚まして、掛け布団にくるまりながら座っていた。

「おはよう、零。ごめん、今起きたところでさ。朝ごはんすぐ作るからちょっと待ってて」

 そういうと、零は小さくうなずいた。状態からして、零もさっき起きたばかりだろう。

 まださえない頭で、朝ごはんの準備をする。起きたら人がいるなんて、いつぶりの感覚だろうか。
 さっと作った朝ご飯を机の上に並べる。零は椅子について「いただきます」と小さく言ってから、ゆっくりと食べ始めた。

 静かな空間に、カチャカチャと食器の音だけが響いていた。

 食べ終わり、片付けを済ませると、時間は大体九時くらいになっていた。そこから、学校の宿題や洗濯などを済ませていると、家を出るのに丁度良い時間になった。

「零、陸斗さんの家向かうよ。準備しといて」

 割と男性物の服を好んで選んでいたこともあり、零の服に困ることはなかった。適当に出してきた長袖のシャツと、長ズボン、ロングコートを渡し、着替えさせる。
 今は冬だから、これでも寒いかもしれない。念のため着替え終わった零にマフラーを渡し、「寒かったらつけて」と言っておいた。

 外に出ると、冬の冷たい空気が体に当たり、顔がひりひりとした。一方零は、寒いのか寒くないのか分からないくらいに平然としていたが、少し歩いたところで後ろを見ると、マフラーを首にかけて、コートのポケットに手を入れていた。手袋を渡すべきだっただろうか。

 そこからは何も問題なく、約一時間後に陸斗さんの家の前についた。相変らず声も出ないほどに立派な豪邸だ。時計は十三時の少し過ぎを指していた。





 門に近づきチャイムを鳴らす。すると使用人が出てきて、「天宮様ですね、お入りください」と言って門を開けた。この雰囲気はまだ慣れない。お礼を言って大きな庭を抜け、家のドアを開けた。

 中に入り、まず目の前に広がるのは、お手本のような大広間だった。少し奥には真ん中で二つに分かれた階段。上を見上げると、シャンデリアが明るい光を放っており、私たちを歓迎するかのようだった。零も驚いた様子で屋敷内を見まわしている。本当にすごいな、この人は。
 そんなことを思っていると、上から陸斗さんが下りてきた。

「よく来たね。そちらの人は?」

 後ろの零を見ながら、聞いてきた。

「お久しぶりです。彼が少しの間家に泊めることになった零です」
「零君ね。初めまして、桜井 陸斗です。秋ちゃんのお母さんの兄だよ。よろしく」

 そう言って手を差し出した。零は戸惑いながらも手を伸ばし、握った。

「よろしく……お願いします」

 少し緊張気味に言った零に、陸斗さんは優しい笑みをむけた。そして「部屋でゆっくり話そうか」と言って、談話室に案内された。





 談話室には大きな長方形の机があり、その周りに椅子がちょうど三人分置いてあった。
 机の上にはお菓子や、ジュースなどが用意されている。私たちと挨拶をしている間に準備してくれたのだろう。「自由に食べていいからね」と言われ、チョコレートに手を伸ばした。一口食べて、手が止まる。おいしすぎる。今まで食べてきたものとは比べ物にならないくらいにおいしかった。

 おいしさの余韻に浸っていると、その様子を楽しそうに見ながらコーヒーを飲む陸斗さんに気が付き、はっと我に返る。こんなことをしに来たのではなかった。

「すみません、昨日急に連絡してしまって……」
「気にしてないよ、それよりどうしたの? なんか訳ありみたいだけど」

 そう言った陸斗さんに、零を見つけたこと、記憶喪失になっていること、親が見つかるまで家にいてもらうことなど、昨日のことをすべて説明した。

「そういうことか。それなら、ベッドとか服とかいろいろ買わないとね。ちょうど久々に休暇が入ったところだし、買い物にでも行こうか」

 そういうと、車のキーを取り出した。ついてきてくれるのか、と内心驚きながら、流されるままに外へ向かう。
 ちなみに零は、この会話の間ずっとアイスミルクティーを飲みながらチョコレートを食べていた。よほど気に入ったらしく、その二つ以外には目もくれないで。





 家を出ると、道路には一台の車が止まっていた。いつも道路でよく走っている普通の車だった。この人は、家以外は結構普通の物も持っている。
 実際は外車なども保有しているが、私たちがいるため、庶民的な車にしてくれたのだろう。
 それに乗り込み、陸斗さんの運転のもと、いろいろな店を回ることになった。

「どこからいこうか、親が見つかるまでなんだよね? それなら最低限必要なのは服と寝る場所かな 」
「そうですね、本当にありがとうございます」
「どういたしまして、じゃあまずは服から買いに行こうか」

 陸斗さんが車を走らせる。服屋や家具屋以外にも、スーパーなども回ってくれた。

 服屋では、零が気に入りそうな服やズボン、上着などを頑張って探し、何枚か買った。私が気になって見ていたものも、買ってくれた。
 家具屋では、零のためのベッドや布団、枕などを購入した。また、私の家で壊れかけているものなどの買い替えもしてくれた。念のためと言っていろいろ買っていたら、合計額は普段の買い物では考えられないような桁数を余裕で越えていた。

 陸斗さんの、私達が気に入ったものは何でも躊躇なく買い物かごに突っ込んでいく姿は、お金を気にしない以外、普通のお父さんと何ら変わりなかった。
 買ったものは、私たちが家に着いた後に、陸斗さんの使用人がトラックに積んで私の家まで運んでくれるようにしてくれるようだった。





 こうして、すべての買い物が終わり、陸斗さんの家に戻ってきた。そして再び談話室に入り、今後についての話し合いをする。零のことで色々と話を聞いてくれるらしい。

「親が見つかるまでは、うちで過ごしてもらおうと思っています。警察にも一応伝えてあるので、親が来たらすぐわかると思います」
「そうか……。もしも、零君の親が来なかった場合どうするつもりだい?」

 唐突な質問に戸惑ってしまう。親が探しに来ない可能性。確かにそれを考えていなかった。ずっと私の家にいてもらうのか、それともどこかに預けるのか。

「……考えていませんでした。親が迎えに来ないって可能性もありますかね」
「家の庭にいたんだろう。もしかしたら、家を離れて何日も経過していて、助けを求めて入ってきた可能性もある。それに、家出とかではなく、捨てられた可能性もあるよ。記憶を失った経緯はわからないけどね」

 少し言いにくそうに言う陸斗さんの言葉に、私は息を呑んだ。親に捨てられる。この世界じゃ十分にそれがあり得るのだ。
 ほとんどの場合、能力の強さがその人の強さと結びついて考えられる。クラリスを持っていない子供を使えないやつだと捨てる親がいることは、世界でも常識だった。
 捨てられる可能性がクラリスの不保持だけというわけでもないが。

「その時は……」

 言いかけた言葉を止めた。もし言ってしまったら取り返しのつかないことになるかもしれない。横を見ると、こちらの神妙な雰囲気に気づき、不思議そうにこちらを見た零と目が合った。
 その瞬間なぜか今までの迷いは消えてただ一つの思いが残った。

「その時は、零が自立するか、記憶が戻るまで私が面倒を見ます」

 なぜだろうか、彼をどこかへ放ってしまってはダメだと思った。そういうと陸斗さんは笑いながらうなずいて、「そっか」と言う。

「それなら大丈夫だね。金銭面は僕が援助するから気にしないでいいよ。冬休みまであと三週間くらいだよね。冬休みが始まるまでに親が見つからなかったら、おそらく彼は……。その時はもう一度連絡してね。また今後について決めよう」
「……あの、本当にいろいろとありがとうございます」
「気にしないで、秋ちゃんも零君も僕からしたら、大切な人だからね」

 そう言ってまた彼は笑うのだった。どこまでも優しい人だ。この人は本当に私達を大切にしてくれている。
 そうして少しいろいろな話をした後、帰ることになった。お土産として、零がずっと食べていたチョコレートと、ミルクティーの茶葉を一週間かけても消費できないくらいの量と、今後の生活費としてお小遣いをもらった。
 お礼を言って、家を出たときにはもうすでに夜空に星が輝いていた。
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