夢幻世界

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第一章 0番の世界

第11話 移動

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 日は沈み、あたりが暗くなってくる。伝言を受け取ってから、五日が経過していた。
 一週間以内の移動が条件だったため、ゆっくりと準備をする余裕もなく、できるだけの準備を済ませていた。今日が世界番号3120へ行く日だ。

「そろそろ行こうか。本当はこんな指示なんかに従いたくないけど」
「3120に入るまではどんな場所に出るか分からないので、念のため私たちは影に戻っておきます。安全、もしくは人の目が無いことを確認したら、なるべく早めに呼び出してください」
「わかった。それにしても何のために呼び出したのか、その内容次第ではすぐには帰って来れないかもね」
「罠の可能性もある。この世界に穴をあけたということは、相当な力の妖怪だ。生きている年数も桁違いかもしれない。今の自分の力じゃ勝てないと分かった時点で、逃げることも視野に入れておいた方がいいだろう」
「逃げることね、確かに必要かもしれない。こんな事初めてだから、どうしたらいいのか分からないんだよなあ。明確な敵意を持った強い奴との戦いも初めてだし」

 今まで神の国で五年と、この世界で十三年間暮らし、力の使い方を学んできただけで、他の世界に行くことも本気の戦闘もできていなかったバルには、この世界での強さの基準が、実際の死と隣り合わせの戦闘にどれだけ役立つのか、まだ分からなかった。

「ま、罠の可能性があったとしても、本当の可能性だってあるから、今の俺らには指示に従うしかないし、行ってみるしかないか」

 覚悟を決めた。別世界の扉を開けるのは、その能力さえあれば、簡単に開けることができる。
 アースとエンドを影に戻し周りを見ると、見送りに来た者たちがいつの間にか集まっていた。

「ずいぶん集まったな」
「王!」

 集まった者たちの中から、アルバートと元気になったセリーナが出てくる。

「王、お気をつけて。貴方の無事の帰還を全員心より望んでいます」
「私がもう少し気を付けていれば、こんなことにはならなかったかもしれません。本当に――」
「セリーナ、見送りの場では謝らないで、笑顔で送り出してもらった方が気分がいいんだけど……」

 頭を下げようとするセリーナをバルは苦笑いしながら止める。

「それに、どっちかというとこっちが本題で、暴走が目的ではなかったようだから、セリーナが謝ることじゃないよ」
「……ありがとうございます。王、私も貴方様の帰りを心からお待ちしております」
「うん、そっちの方がいい。それじゃあ行ってくるから、全員俺が任せた三人の言うことにちゃんと従ってね。よろしく」

 集まった全員が皆、頭を下げる。
 その光景を目に焼き付けて、バルは振り返り、頭で扉を描き創った。目の前に明るい光を放ちながら、この世界に初めてアースとエンドを連れてきた時と同じ扉が現れる。

 バルは扉を押し開けて、中に入っていった。その後すぐに扉は閉まり、溶けるように消えて、元のように静まり返った。





 後ろで扉が閉まる。前を見ると、【3120】と番号が刻まれた扉が少し先に見えた。
 空気の違和感に気が付けなかったのは、久々にこの通路に訪れたせいか。通路に入って少し経つと、今までに嗅いだことのないような奇妙なにおいを感じ、その後まもなく、激しい眩暈と吐き気に襲われた。

「なん……だ?」

 立っていられないほどのそれに、バルは通路の壁に寄りかかり、そのまま座り込んでしまう。

(やばい、助けを呼ばないと)

「アース、エン……ド!」

 反応がない。呼び出しに応じないうえ、声も聞こえてこない。
 頭痛と倦怠感も出始め、バルは通路に座り込んだまま、全く動けなくなってしまった。

「どう……なってる?」
「本当に甘いね、お前」

 バルがその体の異常に逆らえずにいると、聞き覚えのない声が聞こえてくる。
 かすむ視界の端に、人影が映った。

「誰……だ」
「自分で作った通路なら誰も入ってこないと思った? お前が創った世界に入れるのに、お前が創った移動用通路に入れないとでも?」

 それを聞いた途端、すぐに誰かを理解した。

「ラークを送り込んだ……」
「正解。どうよ、魔力がせき止められる感覚は。どうせ初めてでしょ? 魔力酔いするの。今まで、底なしの魔力のせいで体に魔力が循環していないことなんて無かったんだろうし」

 人影は嘲笑うように言う。

「魔力酔い……?」
「なんだ、なんも知らねえの? 俺ら妖怪や、神とかの魔力を持ってる生き物は、急に魔力の量が減ったり増えたりすると、魔力酔いって言って今のお前みたいな異変が体に起こるんだよ。今この通路には、お前の魔力の循環を止めて、魔力がないのと同じような状況を作り出せる物質がばらまかれてんの。自慢の使い魔が出てこれないのもお前に魔力が流れてないから、ここに出てくるための道が閉じてるせい」

 面倒そうに説明する。アースとエンドが出てくる通路、この前話していた影の中からこちらの状況を見ることのできる扉が閉まっているということだろうか。ということは今、アースとエンドはこちらの状況を見ることができておらず、何が起こっているのかもわからないのだろう。
 時間が経つにつれ、頭痛と眩暈が強くなる。

「苦しいだろうけど、死なないから安心しろ。それより、ちゃんと一週間以内に来たんだな。どうだった? あの伝言。雰囲気出すために一人称とかも変えて伝えてみたんだが」

 また笑いながら話しかけてくる。目的が見えなかった。いろいろ聞きたいことはあるのに、魔力酔いというのが邪魔して、どんどん状態が悪化していくせいで言葉にならなかった。

「本当は3120についてから挨拶の予定だったんだが、少しお前に興味がわいてな。魔力も含めていろいろと封印させてもらう。その状態で、お前は3120でどんな生活を送るんだろうな」

 封印? どういうことか理解ができない。耳鳴りのせいで声がうまく聞こえない。

 意識が朦朧としてきて、視界が黒くなっていく。完全に意識が途切れる直前、初めに見た人影とは別の『もう一つの影』が見えた気がした。
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