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三章 地区管理局でお仕事

四話

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「何をしていた、こんな夜中まで」
 ロシア支局に戻った俺を待ち受けていたアロウの声は、ツララがぶら下りそうな程低い。

「ええ? だって、こんなに明るいじゃないか」
「白夜と言う言葉を知らんのか」
 白夜って……?
 時計を見るともう夜中に近かった。外は明るいのに。

「だって、俺は」
 しかしアロウは聞く耳持たなかった。俺の腕を掴んで支局を出ると、ホテルにとっとと連れて帰った。

 部屋に入るとアロウはあっさり鬼になった。俺を身包み剥いでベッドに押し倒した。
「あまり勝手なことをするようだと、お仕置きをせねばならんな」
 そういう顔がニヤリと笑った。

 本当に俺はこんな鬼を好きになったのか? 大体、俺は死ぬ前はノーマルだった筈だ。もう遠い昔のようで、記憶がかなり曖昧になってきているんだが……。

 アロウに身体中を舐め上げられて俺の身体に火が点いた。舌が蕾の中に入ってくる。俺のそこはとろとろに蕩けた。すぐにもっと大きなモノが入ってくる。火のように攻め立てられて身体がカッと燃え上がった。

 そういえば、こんな風に愛されたことがあるような気がする……。
 忘れたことを思い出したのか。それとも何度もある内に、それが新たな記憶になったのか。忘れたことと、その後に積み重ねたこととの境界線が曖昧になってゆく。鬼は俺を愛しているのか。俺は鬼を愛しているのか。

 鬼のアロウに抱かれると地獄の業火に焼かれているみたいだった。燃え広がって、燃え上がって、燃えカスも残らない。

 ああ……、そんなことを思ったような気がする……。

 すぐそこにあるのに手に入れられない。手を伸ばして掴んだと思った端から零れ落ちる。もどかしい。もどかしくて手を伸ばすとアロウの手が俺の腕を掴んだ。


 * * *

 目覚めた朝は、本当に燃えカスになっていた。足も腰もだるくて人の体みたいで、とてもじゃないが立たない。隣を見ると鬼のアロウが気持ち良さそうに眠っている。鬼の姿をしていてもやはり整った顔をしている。ふと、お手付きという九朗の言葉を思い出して憎たらしくなった。

 銀の髪を弄んでいると、アロウがぱちりと目を開いて、紅い瞳とまともにぶつかった。ドギマギする俺を見てニヤリと笑って、唇が降ってくる。

「昨日は何処に行ってたんだ」と、改めて聞いてきた。
 お仕置きの方が先かよ。

 俺は昨日のジェーニャとキリルの事を話した。しかし話している内に不安になった。俺、余計な事をしたんじゃないだろうか。
「運命は決まっているんだろ? キリルは助かる運命にあったんだよな?」

「何事も例外とか、不測の事態によって変わることはある。数字にすればコンマ以下で数に入らんがな」
「……、それって……」
「奇跡というのは滅多に起こらないからこそ、奇跡というのだ」
 鬼はベッドを抜け出ると行い済ましたように人形になった。


 * * *

 その日、帰る前にジェーニャに会ってキリルの様子を聞いた。
「意識もしっかりしているし、後遺症も出なくて済みそうなの。七斗のお陰だわ、ありがとう」
 ジェーニャはそう言って俺に頭を下げた。キリルが助かったからとっても嬉しいんだろうな。

「俺は何にもしてないよ。ジェーニャの歌が素晴らしかったから、すっごく心がこもっていたから、きっとキリルに聞こえたんだよ」
「うふふ、いい子ね七斗は」
 ジェーニャはにっこりと笑った。
 アロウが行くぞと呼びに来る。
「じゃあねジェーニャ。また会えるといいね」
「ええ、七斗。ありがとう」
 ジェーニャに手を振って、アロウの方に行く。俺たちはロシア支局を後にした。


  * * *

 キリルや道行く人には俺たちは見えない訳だけど、アロウと泊まったホテルは実際に営業しているホテルだし、ロシア支局も街中のビルにある。香港にある管理局に向かって帰る途中、俺は気になっていた事を聞いた。

「ねえ、アロウ」
「何だ」
「俺たちが行っている事務所や、泊まっているホテルは街の中にあるけど、人間にはどう見えるんだろう」

 アロウのオフィスがある地区管理局も、今回出張したロシア支局も、大きなビルの屋上にある。そしてそこには死神が何人も出入りしている訳なんだ。上からと下からで出入り口は違うけれど、人と死神が出会ったり、人が間違えて入って来たりする事は無いんだろか。

 アロウは別に大した事でもなさそうに答えた。
「事務所もホテルもその空間を封じて、人が入れぬようにしてある。もっとも感のいい人間は恐れて側にも寄って来ないが」
「そうなんだ」
「事務所の部屋は、私が封じているので他の者は入れないのだ」
「俺と九朗だけ?」
「そういうことだ」

 アロウは当たり前といった態度で答えたけれど、何かそれって嬉しいよな。今の内だけだとしても。
「人には死神が見えないんだよね」
 俺は当たり前の事を聞いた。
「魂にならなければ見えない」

 今回のことで今まで思っていた死神のイメージが全然違うなあと思った。俺たちは死んでしまった魂を案内するだけしか出来ないんだ。でも、とアロウの方を見る。
「あんたは偉いから色々出来そうだね」
「まあな」
 アロウは何だか意味ありげに笑いを含んだ声で言った。顔は整った人形のまま表情を崩しもしないで。

「俺が死んだとき、あんたが迎えに来たのか?」
 それ以外にアロウと出会うことなんてないよな。
「そうだ。係りのものが迎えに行ったときお前の魂が見当たらなくて戻ってきた。それで私が行ったのだ」

 そしてこの美しい死神に恋をしたのか。鬼とも知らずに──。銀の長い髪。紫の瞳。殆んど表情の変わらない整った人形のようなその顔に──。

「お前は死んだとき魂が四散していた。たまにあるのだ、外形と中身が違っているとな」
 低い張りのある美声が淡々と説明した。そうなんだ。生前の俺はごく普通の中肉中背のさえない男だった。

「鏡を見て驚いたな。生前の俺と全然違うから」
 淡い茶色の髪、淡い茶色の瞳。細い手足。白くてすべらかな肌。魂の映る鏡で見ると、俺は非常に整った美しい男になっている。なっているけれど、俺の意識ではこれが自分だとはなかなか認識できなくて、鏡を見る度に戸惑ってしまう。

 そしてアロウはこの整った男の俺に興味を持ったんじゃないかと思うと、俺自身を気に入ったんじゃないような気がして──。
 でも、これが中身で魂だとしたら、俺自身とは一体何なんだろう。

「行くぞ」
 アロウがスピードを上げた。俺も必死になって追いかける。
 今回は仕事を手伝う事は出来なかったけど、次こそはアロウを手伝って俺も死神の仕事を覚えて、ちゃんと他でも仕事が出来るようにならなければ。

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