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二章 死神養成学校
二話
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夕方になってドヤドヤと帰って来た、死神候補生、初級コースの連中は、俺の想像をはるかに超えていた。
ガチャッと扉が開いて、挨拶しようと振り向いた俺の目の前一杯に肉の壁が出来た。段々と上を見るとものすごく豊満な胸があって、あるのかないのか分からないような首があって、潰れた饅頭のような顔があった。細い細い糸のような眼が俺を見て、訳の分からない言葉を喋った。
何て言っているのだろうと思うそばから、ひょいと抱き上げられて抱きしめられた。
むぎゅう……。苦しい……。死ぬ……。
いや、もう死んでいるんだっけ。ジタバタ藻掻いていると、俺の襟元を掴んで、下ろしてくれた奴がいた。
「どうも……」
と、お礼を言おうと見ると、赤い顔が目に入った。髪は天パーなのか、鳥の巣のようにワシャワシャで、頭の真ん中に角のようなものが一本……。顔には目が一個……。大きな口からキバが覗いているようだが……。
ちゃんと俺と同じような衣服を身に着けているが……、鬼…、鬼か…? 鬼じゃないのか……? 鬼そのものだよな……。
俺が二、三歩引くと、後ろ手にぬるりと変な手触りがした。これ以上変なものは見たくない……。見たくないが…、俺は恐々振り向いた。
緑の長い髪を足元まで伸ばし、まん丸な目はまるで魚の目のようで、鼻はペッタンコ、口が少々尖った顔をした男がいた。俺が触っているのはこの男の尻尾……、魚のそう、こいのぼりのような尻尾。足はないようだ……。
魚のような顔をした男は尻尾でビタンと俺の手を払い、何事かをブツブツ言って、ツンと顔を反らせ行ってしまった。
俺の頭はこの辺りで思考を停止した。
あと、大分前に映画で見た中国のお化けみたいな奴とか、背中に羽をつけた奴とかが部屋に入って来たが、俺はもう挨拶も出来ずにそのまま固まっていた。
赤い鬼は親切な奴だったらしく、固まってしまった俺をベッドに運んでくれた。
「大丈夫? びっくりしたでしょ。アタシもね、はじめはすっごく驚いたの」
そう言いながら俺の額に冷たいタオルを乗せてくれる。鬼に性別があるのかどうか知らないが、どうもこの赤鬼はオカマの鬼らしい。タオルの隙間から鬼のマニキュアを塗った長い爪が見えた。
「な、何で言葉が通じるんだ……?」
「あらあー!! やーね、だってアタシは鬼ですもの」
そう言ってオカマの鬼は、俺の背中を骨が折れるほどバンバン叩いた。
ぐえぇぇ~~!!
「あと、オセちゃんもお話出来るわよー」
と、オカマの鬼が指差した先には、ヒラヒラと白い羽が背中に生えた奴がいた。天使だろうな。金色の髪のとっても綺麗な奴だ。キラキラと光輝いている感じ。
でも、何だって天使が死神なんかになろうとするんだろう。
「ところで、あなた。お名前なんて仰るの?」
鬼が俺を覗き込んで聞いてくる。真ん中にある睫をカールさせた一つ目が真剣だ。しかし、怖い……。
「お、俺は雪柳七斗」
「そうなの、あたしはロクというの。よろしくね、七斗」
鬼はその綺麗にマニキュアされた手をそっと出した。俺はそのでかい指に掴まりながら、とりあえず話しのできる奴が、一人でも二人でもいるということはいい事なんだと、自分を納得させるしかなかった。
そう、怖いとか言っていられないもんな。俺は、頑張って一人前の死神になって、アロウと一緒に仕事をするんだ。
* * *
次の日から授業に出た。
最初の授業は語学の勉強だ。鬼のロクと天使はこの授業には出ていない。当然か。
教官は、最初の日に俺を案内してくれた、エイファという教官だった。
「では、伝えたいものをイメージして」
俺たちは二人一組になって向かい合ったが、俺の相手は中国のお化けだった。
しかし、こいつは手を前に突き出しているし、お札を額に貼っているし、爪は長いし、キバなんかもあるし……。
どうも怖さが先にたって、授業に身が入らない。それに、何で授業のときまでこいつは手を伸ばして、札を貼っているんだろう。
うう…。ぐったり……。
最初の授業は疲れただけで終わった。俺こんなんでちゃんと死神になれるのかな。早くも俺は不安に陥った。
二時限目は歴史だそうで、古今東西の八百万の神々の勉強をした。この時はオカマの鬼もいて、隣で色々と教えてくれた。
二限と三限の間に長い休憩がある。それが昼休みに相当して、俺はロクと一緒に養成学校の学食で食事をした。
学食には五十人ばかりの様々な人種がいた。鬼もいれば天使もいる。半魚人もいれば精霊のような奴もいる。吸血鬼のような奴もいればミイラみたいな奴もいる。俺の入ったクラスが特別なわけではなかった。
俺はロクがすすめてくれたメニューをトレイに入れてテーブルに着いた。
「これは何だ?」
トレイに乗せられた大きなどんぶりには、緑の野菜のお浸しっぽいものが入っていて、それに白いふわふわしたタレのようなものがかけてある。
「これはね、仙人草の霞あんかけよ」
「ふうん、これが仙人草で、これが霞み……?」
「そう。これを食べるとね、下界の垢が取れて身体が軽くなるの~」
オカマの鬼が顔の横で手を重ねて首を傾げてにっこり笑った。
そうなのか……。死人だから食事なんかいらないと思ったけれど、そういう事の為に食べるのか。
三時限は音楽。情操教育の一環として、何かひとつ楽器を選択しなければいけないそうだ。
俺は生前は音楽なんかにあまり興味がなかったから、出来るものなんか一つもない。楽器の選択も出来ず、どうしようかと迷っている内に、三時限目は終わった。
三時限で一日の授業は終わりで、俺はその日気分的に、くたくたに疲れて部屋に戻ったんだ。
アロウー……。
部屋のベッドに突っ伏して知らず知らずにその名を呼んだ。
「七斗……」と、俺を呼ぶ声が聞こえる。俺は飛び起きてダダダと部屋を走り出た。建物の外に出て周りを見回す。
確かに確かに声が聞こえた。空耳なんかじゃない。でも何処にも姿が見えなかった。
ああ、アロウ……、たった昨日、別れたばっかりなのに、俺はこんなにもあんたに会いたいよ……。
目が潤んで周りの景色が霞んだ。
「七斗」
今度ははっきりとアロウの声が聞こえた。声のした方を見上げると建物の上にアロウがいた。暗い夜空を背景に銀の髪を靡かせて──。
ガチャッと扉が開いて、挨拶しようと振り向いた俺の目の前一杯に肉の壁が出来た。段々と上を見るとものすごく豊満な胸があって、あるのかないのか分からないような首があって、潰れた饅頭のような顔があった。細い細い糸のような眼が俺を見て、訳の分からない言葉を喋った。
何て言っているのだろうと思うそばから、ひょいと抱き上げられて抱きしめられた。
むぎゅう……。苦しい……。死ぬ……。
いや、もう死んでいるんだっけ。ジタバタ藻掻いていると、俺の襟元を掴んで、下ろしてくれた奴がいた。
「どうも……」
と、お礼を言おうと見ると、赤い顔が目に入った。髪は天パーなのか、鳥の巣のようにワシャワシャで、頭の真ん中に角のようなものが一本……。顔には目が一個……。大きな口からキバが覗いているようだが……。
ちゃんと俺と同じような衣服を身に着けているが……、鬼…、鬼か…? 鬼じゃないのか……? 鬼そのものだよな……。
俺が二、三歩引くと、後ろ手にぬるりと変な手触りがした。これ以上変なものは見たくない……。見たくないが…、俺は恐々振り向いた。
緑の長い髪を足元まで伸ばし、まん丸な目はまるで魚の目のようで、鼻はペッタンコ、口が少々尖った顔をした男がいた。俺が触っているのはこの男の尻尾……、魚のそう、こいのぼりのような尻尾。足はないようだ……。
魚のような顔をした男は尻尾でビタンと俺の手を払い、何事かをブツブツ言って、ツンと顔を反らせ行ってしまった。
俺の頭はこの辺りで思考を停止した。
あと、大分前に映画で見た中国のお化けみたいな奴とか、背中に羽をつけた奴とかが部屋に入って来たが、俺はもう挨拶も出来ずにそのまま固まっていた。
赤い鬼は親切な奴だったらしく、固まってしまった俺をベッドに運んでくれた。
「大丈夫? びっくりしたでしょ。アタシもね、はじめはすっごく驚いたの」
そう言いながら俺の額に冷たいタオルを乗せてくれる。鬼に性別があるのかどうか知らないが、どうもこの赤鬼はオカマの鬼らしい。タオルの隙間から鬼のマニキュアを塗った長い爪が見えた。
「な、何で言葉が通じるんだ……?」
「あらあー!! やーね、だってアタシは鬼ですもの」
そう言ってオカマの鬼は、俺の背中を骨が折れるほどバンバン叩いた。
ぐえぇぇ~~!!
「あと、オセちゃんもお話出来るわよー」
と、オカマの鬼が指差した先には、ヒラヒラと白い羽が背中に生えた奴がいた。天使だろうな。金色の髪のとっても綺麗な奴だ。キラキラと光輝いている感じ。
でも、何だって天使が死神なんかになろうとするんだろう。
「ところで、あなた。お名前なんて仰るの?」
鬼が俺を覗き込んで聞いてくる。真ん中にある睫をカールさせた一つ目が真剣だ。しかし、怖い……。
「お、俺は雪柳七斗」
「そうなの、あたしはロクというの。よろしくね、七斗」
鬼はその綺麗にマニキュアされた手をそっと出した。俺はそのでかい指に掴まりながら、とりあえず話しのできる奴が、一人でも二人でもいるということはいい事なんだと、自分を納得させるしかなかった。
そう、怖いとか言っていられないもんな。俺は、頑張って一人前の死神になって、アロウと一緒に仕事をするんだ。
* * *
次の日から授業に出た。
最初の授業は語学の勉強だ。鬼のロクと天使はこの授業には出ていない。当然か。
教官は、最初の日に俺を案内してくれた、エイファという教官だった。
「では、伝えたいものをイメージして」
俺たちは二人一組になって向かい合ったが、俺の相手は中国のお化けだった。
しかし、こいつは手を前に突き出しているし、お札を額に貼っているし、爪は長いし、キバなんかもあるし……。
どうも怖さが先にたって、授業に身が入らない。それに、何で授業のときまでこいつは手を伸ばして、札を貼っているんだろう。
うう…。ぐったり……。
最初の授業は疲れただけで終わった。俺こんなんでちゃんと死神になれるのかな。早くも俺は不安に陥った。
二時限目は歴史だそうで、古今東西の八百万の神々の勉強をした。この時はオカマの鬼もいて、隣で色々と教えてくれた。
二限と三限の間に長い休憩がある。それが昼休みに相当して、俺はロクと一緒に養成学校の学食で食事をした。
学食には五十人ばかりの様々な人種がいた。鬼もいれば天使もいる。半魚人もいれば精霊のような奴もいる。吸血鬼のような奴もいればミイラみたいな奴もいる。俺の入ったクラスが特別なわけではなかった。
俺はロクがすすめてくれたメニューをトレイに入れてテーブルに着いた。
「これは何だ?」
トレイに乗せられた大きなどんぶりには、緑の野菜のお浸しっぽいものが入っていて、それに白いふわふわしたタレのようなものがかけてある。
「これはね、仙人草の霞あんかけよ」
「ふうん、これが仙人草で、これが霞み……?」
「そう。これを食べるとね、下界の垢が取れて身体が軽くなるの~」
オカマの鬼が顔の横で手を重ねて首を傾げてにっこり笑った。
そうなのか……。死人だから食事なんかいらないと思ったけれど、そういう事の為に食べるのか。
三時限は音楽。情操教育の一環として、何かひとつ楽器を選択しなければいけないそうだ。
俺は生前は音楽なんかにあまり興味がなかったから、出来るものなんか一つもない。楽器の選択も出来ず、どうしようかと迷っている内に、三時限目は終わった。
三時限で一日の授業は終わりで、俺はその日気分的に、くたくたに疲れて部屋に戻ったんだ。
アロウー……。
部屋のベッドに突っ伏して知らず知らずにその名を呼んだ。
「七斗……」と、俺を呼ぶ声が聞こえる。俺は飛び起きてダダダと部屋を走り出た。建物の外に出て周りを見回す。
確かに確かに声が聞こえた。空耳なんかじゃない。でも何処にも姿が見えなかった。
ああ、アロウ……、たった昨日、別れたばっかりなのに、俺はこんなにもあんたに会いたいよ……。
目が潤んで周りの景色が霞んだ。
「七斗」
今度ははっきりとアロウの声が聞こえた。声のした方を見上げると建物の上にアロウがいた。暗い夜空を背景に銀の髪を靡かせて──。
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