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二章 死神養成学校
一話
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俺の名前は雪柳七斗。僅か二十二歳で死んでしまって、もうこの世にはいない。
しかし、俺を迎えに来た銀の髪と濃い紫色の瞳の超絶美形な死神に、とんでもない恋心を持ってしまった俺は、彼と離れるのがいやで、とうとう死神に志願してしまった。
今、俺はその獅子人形のような美しい死神に連れられて、高い山の頂にある、死神養成学校に着いたところだ。手続きを終えた死神のアロウが、俺の頭に手を置いて、低い張りのある美声で言う。
「死神になる為には、此処でしばらく修行を積むことになる」
殆んど変わらない人形のような表情の中、紫の瞳が少し心配そうに俺の顔を覗き込む。
「本当にいいんだな」
死んだ俺には天国への門が約束されていたのだが、俺はアロウの側に居たかった。アロウたち死神にとって、死人は天国に行くのが一番幸せなことだという。
だから俺が天国に行かずに、アロウの側に居たいと言った事に、アロウは少なからず責任を感じているらしい。
でも俺の幸せは俺のもので、世間一般のものとは違う。
生前の俺は、世間一般の常識通りの真面目腐った極普通の男だった。外見も中身も。俺はそう思って二十二年間生きてきた。
しかしひとたび死んで外見の殻が無くなると、中身の俺はとんでもない我が儘で、無鉄砲で、ひたすらだった。
俺が外見に合わせていたのか、外見が俺を閉じ込めていたのか、それは分らない。
でも俺は自由で、自分のやりたい事がやりたい。抑圧された魂が殻を突き破って──、という心境だろうか。
いや、ただ単に俺はこの目の前にいる死神に恋をしたんだ。俺の命のエネルギーは完全に燃焼していなくて、それが今、全てアロウに向かっている。
「うん。俺、頑張るよ」
心配そうなアロウを見上げ、にっこり笑ってみせた。正直言えば全然分からないことをやる訳で、不安がない事もない。でも恋の力は何にも勝るんだ。
「そうか」
死神は頭に置いた手を顎に持って行き、俺の顔を少し持ち上げて屈み込んで来た。
背の高いアロウ。心持閉じられた瞳。長い睫。それらを見上げて目を閉じる。啄ばむように甘いキスが、頬に、鼻に、唇に下りてくる。
アロウの背に手を回してそのキスを味わっていると、後ろでコホンと咳払い。
アロウが着ているのと変わらない鼠色の上下に、黒いローブのような着物のようなものを着た男が二人立っていた。
一人は人間でいえば五十年配か、もう一人はもっと若い三十半ばというところだろうか。
「世話になる。七斗、こちらがこの学校の校長先生でセンプローニウス・グラックス。こちらは教官のジュラ・エイファ」
「はじめまして、雪柳七斗です。よろしくお願いします」
俺が頭を下げると二人の男は会釈して「よろしく」と言った。アロウは二人に挨拶をして俺を託す。
「アロウ……」
しばらく会えないんだろうか……。俺の顔が不安に揺らぐ。
「何かあったら、私を呼べ」
その言葉に頷いた俺を置いて、アロウはあっさりと背を向ける。
冷たいよな。俺の他にも誰かいるんだろうか。九朗が何かそんな事を言っていたな。
俺はアロウの背中を見ながら不安に駆られた。
「さて、雪柳七斗君。本来なら、君は次回の講座が始まるまで待ってもらうところだが、まだ始まったばかりだし、ちょうど欠員が出来たところだから、今回の初級コースに入ってもらうよ」
見るからに外国人風の威厳のある男が言う。
「はい」
「こちらは君たちの主任担当官のエイファ君だ。分らない事は彼に聞きなさい」
「はい、よろしくお願いします」
「じゃ、雪柳君。宿舎に案内します」
三十年配の眼鏡をかけた金髪の男に連れられて部屋を出た。
しかし、名前といい顔といい、どう見ても彼らは日本人には見えないのに、どうして言葉が通じるんだろう。
そう思っていると、金髪のエイファ担当官は、俺の心の声が聞こえたかのように言った。
「死神はその地域に大体何人と人数が決まっています。だから何かあった時は、他の地域の者が応援に行きます。言葉は基本中の基本、我々は心で感じ、心で話すのです。これは初級コースで習得する事のひとつです」
エイファ教官は校内を案内しながら説明する。なるほど語学に似たような科目があるんだと俺は納得した。
どっしりとした校舎の合間合間に、食堂があったり、体育館があったり、並木の散歩道があったり、池があったりと、この学校も何処といって普通の大学と変わらない。
大丈夫だと、俺は自分の不安に駆られそうな心に言い聞かせた。
グラウンドに出る手前の一つの建物にエイファ教官は俺を案内した。
「こちらが雪柳君の部屋です。ここでは六人部屋と決まっています」
そう言って開けたドアの向こうは広くて、なるほど机とベッドが両端に三つずつ並んでいた。しかし、部屋の住人は一人もいない。
エイファ教官は俺に日程表と、学校の地図と、教科書ノート等を渡して、
「じゃあ雪柳君。明日から頑張ってください」と部屋を出て行った。
が、頑張らなければ……、と拳を握り締める俺だったが、その日帰って来た学友たちを前にして、俺の決心はもろくも崩れ去ろうとした。
しかし、俺を迎えに来た銀の髪と濃い紫色の瞳の超絶美形な死神に、とんでもない恋心を持ってしまった俺は、彼と離れるのがいやで、とうとう死神に志願してしまった。
今、俺はその獅子人形のような美しい死神に連れられて、高い山の頂にある、死神養成学校に着いたところだ。手続きを終えた死神のアロウが、俺の頭に手を置いて、低い張りのある美声で言う。
「死神になる為には、此処でしばらく修行を積むことになる」
殆んど変わらない人形のような表情の中、紫の瞳が少し心配そうに俺の顔を覗き込む。
「本当にいいんだな」
死んだ俺には天国への門が約束されていたのだが、俺はアロウの側に居たかった。アロウたち死神にとって、死人は天国に行くのが一番幸せなことだという。
だから俺が天国に行かずに、アロウの側に居たいと言った事に、アロウは少なからず責任を感じているらしい。
でも俺の幸せは俺のもので、世間一般のものとは違う。
生前の俺は、世間一般の常識通りの真面目腐った極普通の男だった。外見も中身も。俺はそう思って二十二年間生きてきた。
しかしひとたび死んで外見の殻が無くなると、中身の俺はとんでもない我が儘で、無鉄砲で、ひたすらだった。
俺が外見に合わせていたのか、外見が俺を閉じ込めていたのか、それは分らない。
でも俺は自由で、自分のやりたい事がやりたい。抑圧された魂が殻を突き破って──、という心境だろうか。
いや、ただ単に俺はこの目の前にいる死神に恋をしたんだ。俺の命のエネルギーは完全に燃焼していなくて、それが今、全てアロウに向かっている。
「うん。俺、頑張るよ」
心配そうなアロウを見上げ、にっこり笑ってみせた。正直言えば全然分からないことをやる訳で、不安がない事もない。でも恋の力は何にも勝るんだ。
「そうか」
死神は頭に置いた手を顎に持って行き、俺の顔を少し持ち上げて屈み込んで来た。
背の高いアロウ。心持閉じられた瞳。長い睫。それらを見上げて目を閉じる。啄ばむように甘いキスが、頬に、鼻に、唇に下りてくる。
アロウの背に手を回してそのキスを味わっていると、後ろでコホンと咳払い。
アロウが着ているのと変わらない鼠色の上下に、黒いローブのような着物のようなものを着た男が二人立っていた。
一人は人間でいえば五十年配か、もう一人はもっと若い三十半ばというところだろうか。
「世話になる。七斗、こちらがこの学校の校長先生でセンプローニウス・グラックス。こちらは教官のジュラ・エイファ」
「はじめまして、雪柳七斗です。よろしくお願いします」
俺が頭を下げると二人の男は会釈して「よろしく」と言った。アロウは二人に挨拶をして俺を託す。
「アロウ……」
しばらく会えないんだろうか……。俺の顔が不安に揺らぐ。
「何かあったら、私を呼べ」
その言葉に頷いた俺を置いて、アロウはあっさりと背を向ける。
冷たいよな。俺の他にも誰かいるんだろうか。九朗が何かそんな事を言っていたな。
俺はアロウの背中を見ながら不安に駆られた。
「さて、雪柳七斗君。本来なら、君は次回の講座が始まるまで待ってもらうところだが、まだ始まったばかりだし、ちょうど欠員が出来たところだから、今回の初級コースに入ってもらうよ」
見るからに外国人風の威厳のある男が言う。
「はい」
「こちらは君たちの主任担当官のエイファ君だ。分らない事は彼に聞きなさい」
「はい、よろしくお願いします」
「じゃ、雪柳君。宿舎に案内します」
三十年配の眼鏡をかけた金髪の男に連れられて部屋を出た。
しかし、名前といい顔といい、どう見ても彼らは日本人には見えないのに、どうして言葉が通じるんだろう。
そう思っていると、金髪のエイファ担当官は、俺の心の声が聞こえたかのように言った。
「死神はその地域に大体何人と人数が決まっています。だから何かあった時は、他の地域の者が応援に行きます。言葉は基本中の基本、我々は心で感じ、心で話すのです。これは初級コースで習得する事のひとつです」
エイファ教官は校内を案内しながら説明する。なるほど語学に似たような科目があるんだと俺は納得した。
どっしりとした校舎の合間合間に、食堂があったり、体育館があったり、並木の散歩道があったり、池があったりと、この学校も何処といって普通の大学と変わらない。
大丈夫だと、俺は自分の不安に駆られそうな心に言い聞かせた。
グラウンドに出る手前の一つの建物にエイファ教官は俺を案内した。
「こちらが雪柳君の部屋です。ここでは六人部屋と決まっています」
そう言って開けたドアの向こうは広くて、なるほど机とベッドが両端に三つずつ並んでいた。しかし、部屋の住人は一人もいない。
エイファ教官は俺に日程表と、学校の地図と、教科書ノート等を渡して、
「じゃあ雪柳君。明日から頑張ってください」と部屋を出て行った。
が、頑張らなければ……、と拳を握り締める俺だったが、その日帰って来た学友たちを前にして、俺の決心はもろくも崩れ去ろうとした。
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