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第三部 命花の呪い 編
05
しおりを挟む勢いよく飛び出した結衣だが、アレクのことだから、すぐに追いかけてくるかと思い、どうかわすか考えていた。しかし予想外にも来ない。
(流石に怒ったかしら)
あの聖人みたいなアレクでも、結衣を面倒に思うこともありうる。
ひやりとしたが、結衣だってアレクのために何か行動出来るのだというところを示さなくてはと、再びふるいたった。
(でも、待って。アレクは今、呪われてるのよね。それにさっきもアクロバット飛行をしたところじゃない)
そろりと前に進んだが、嫌な想像が頭に浮かんできた。
(もしかして、実はどこかぶつけていて、怪我で倒れているということは……?)
それだとすぐに戻って手当てして、城に連れて帰らないとまずい。
不安で立ち止まり、少しだけ木陰で待ってみることにした。
それで、こそこそと後方を伺っていたら、追いついたアレクに笑われた。
(もうっ、心配して損した!)
勝手に待っていたのは結衣自身だが、笑われるのは話が別だ。結衣はむきになって歩き出す。傍でうとうとしていたオニキスが、慌ててついてきた。
(私はドッグトレーナーとして、毎日、大型犬の散歩一時間を三回こなして鍛えてるんだから。負けないわよっ)
森は草の丈が低くて歩きやすいのもあって、ドラッケント山のほうへ向け、ずんずん歩いていく。
しかし途中、小川に出たところで、アレクに呼び止められた。
「ユイ、オニキスの手当てだけはしましょう」
警戒すると、アレクは肩をすくめる。
「止めませんよ。好きにしてください」
余裕を見せられて、結衣は少し情けなくなった。
(私のほうが年上なのに、アレクのほうが大人だ)
頭を抱えたいのをこらえ、結衣は一時休戦することに決めた。自分の意地より、オニキスのほうが大事だ。
「手当てってどうすれば?」
我ながらぶっきらぼうに問いかけたが、アレクはおかしそうに笑みを浮かべつつ、小川を示す。
「川の水で、まずは傷口を洗い流します」
アレクが説明すると、オニキスはのそのそと小川に近付いて、頭を川に突っ込んだ。先に水を飲んでから、ベシャッと頭で器用に水を翼にかける。何回か繰り返すと、翼にあいた切れ目が綺麗になった。代わりに薄らと血がにじむ。
その間にアレクは、川の周辺に生えている草を摘んできた。水をかけてよくもんでから、柔らかくなった草を翼にのせる。
「グルル」
オニキスは低くうなった。傷がしみたみたいだ。
「我慢してください、オニキス。こうして一日に何回か塗っていたら、怪我の治りが速くなりますから」
「グルー」
やんわりとアレクになだめられ、オニキスは嫌そうにしかめ面をした。気のせいか目の端に涙が浮かんでいる気がする。
「グルル」
オニキスが結衣に甘えるように頭を寄せた。
「頑張ったね、オニキス。ごめんね」
「グルッ」
「うん、ありがとう」
かわいそうになって謝ったが、オニキスが金の目でじとっとにらむのでお礼に言いかえた。オニキスはうんうんと満足げに頷いて、結衣の頬をなめる。
(うう、オニキス、優しすぎるわ)
なんて良いドラゴンだろう。そりゃあ魔族と気が合わなくて、捕まえられた後に閉じ込められるわけだ。
そんなやりとりをする横で、アレクはその辺の茂みで薬草を摘んでいる。そして束に分けて、蔦で纏めた。それをオニキスの首に結わえ付ける。器用だ。
「この辺には薬草が多いので、持っていきましょう」
「良かったね、オニキス」
ひとまずほっとした。
結衣とアレクも川で水を飲んで、しばし休憩する。オニキスが近場の木から、果物をとってきたので、お昼ご飯代わりに食べた。
「そういえば、なんで私達って攻撃されたんだろうね、オニキス」
結衣はぽつりと呟いた。するとアレクが答えた。
「緩衝地帯だからですよ、ねえ、オニキス」
「グルル」
二人の喧嘩の間に挟まれ、オニキスが迷惑そうに鳴く。だが結衣はあえて無視した。
「ディランさんもそんなこと言ってたよね」
「……ここは飛行禁止区域だと、知っていて飛んだんですか?」
オニキスに言ったつもりだったが、アレクが聞き捨てならないとこちらを向いて、うろんげに問うた。しっかり視線も合っているのに知らないふりも出来ず、結衣は首を傾げながら返す。
「ええと、緩衝地帯としか……。それが何か知らないんですけど、飛行禁止っていったい」
「説明不足でしたね。この森は野良ドラゴンが多く生息していますし、隣国は魔族の襲撃を警戒しています。緊急用の旗もないのに飛んでいたら、全て魔族だと判断されて撃墜されるんです」
ちらりとオニキスを見て、アレクは苦々しく付け足す。
「オニキスは黒ドラゴンなので、疑いもしなかったんでしょう」
「なるほど」
確かにアレクの言う通りだ。黒ドラゴンは夜闇の神ナトクが、人間を追い詰めるために作りだしたドラゴンとされている。人間側から見れば分かりやすい敵だ。
(オスカーさんが使者を出したって言ってたのって、この件なのかも。飛行許可を取りにいったってことかな?)
考え込んでいると、アレクがけげんそうに問う。
「いったいどこまで知っていてこの行動に出たんです?」
「ドラッケント山のてっぺんに生える、月の雫って花があればいいって。たまたまオスカーさんが話してるのを聞いたんです」
「そこだけですか? 月の雫という花についた、朝露を飲むというのは?」
「えっ、朝露が必要なの?」
結衣の問いに、アレクは苦笑する。
「ないことを願いますが、次がある時はきちんと説明したほうが良さそうですね」
「ええ! そうしてください」
結衣は力いっぱい肯定した。そんな結衣に、アレクは探りを入れる。
「……ところで、まだ山に行く気ですか?」
「もちろん」
結衣はひょいと立ち上がる。
「このままだと野宿になりますが」
「もっと準備してくれば良かったですね。でも春だし、オニキスもいるから一晩……往復で二晩くらいかな、それくらいは平気です。お風呂に入れないのは嫌ですけどね」
飲み水と食べ物には困るが、オニキスが教えてくれるのでなんとかなりそうだ。
「今は野良ドラゴンの子育てシーズンなんですよ。危険も……」
「グルル!」
アレクの言葉を、オニキスが遮った。ぶんぶんと尻尾を振って、ふんっと荒い鼻息を吐く。アレクは額に手を当てる。
「……自分がいるから平気だと?」
「ガウッ」
オニキスは怖がりだが、凶暴な面もある。アスラ国では魔族も手を焼いていたのだ。戦えば強いのだろう。
「そんなに嫌なら戻っていていいですよ、王様。持って帰りますから、任せて」
「……ユイ、その呼び方はやめてください。本当に怒りますよ?」
「アレクに話しても分かってくれないからじゃないですか。なんでもハイハイと言うことをきくと思ったら大間違いですからね!」
あっかんべーと舌を出し、結衣はまた歩き出す。
好んで怒らせたいわけではないが、アレクはちょっとばかり良い人すぎるので、感情が見えると安心する。
「まったくもう、頑固なかたですね。本当に危なくなったら、担いで帰りますからね!」
結局、放っておけずについてくる辺り、良い人である。
午後二時くらいだろうか。
鳥や獣の声はするが、オニキスが傍にいるからか、ガサリと草の鳴る音はしても、何も姿を見ていない。
流石に、近くで音がするとビビるが、結衣はつとめて冷静を装った。
でないとアレクにここぞとばかりに帰ろうと言われるせいだ。
「ピイイッ、ピイイイッ」
ふと、前のほうから甲高い鳥の鳴き声が聞こえてきた。
「グルル」
ふんふんとにおいをかぎ、オニキスが警戒を見せて立ち止まる。
「これは子どものドラゴンの鳴き声ですね。近くに親ドラゴンがいるかもしれません、気を付けて」
アレクも剣の柄に手を当て、周囲を見回す。
しばらくじっと様子を見ていたが、鳴き声は悲壮に響いている。
「ちょっと見るだけ」
結衣は木陰からそっとそちらを見た。
そこには、緑色のドラゴンがいた。赤ちゃんドラゴンは、いったい何をどうやったのか、木の根の間に挟まってピイピイ鳴いている。
(どう見ても、泣いてる……)
更に待ってみたが、遊んでいるわけではなさそうだ。
「近くに他のドラゴンがいるの?」
ドラゴンは賢いから、もしかすると獲物を引き寄せる罠かもしれない。念の為、オニキスに問いかけるが、オニキスは頭を横に振った。
「ドラゴンって、子どもを罠に使ったりは……」
「そんなひどい真似はしませんよ。彼らは子どもを大事にするので」
「ガルル」
アレクと一緒になって、オニキスも否定した。
「いや、念のために確認しただけですよ」
結衣だってそんな真似はしない。アレク達にそう弁解した時、子どもが悲鳴を上げた。
「ピィーッ」
「え?」
見れば、熊のような動物がのそのそとやって来るところだった。このままではドラゴンが食べられると、結衣は石を拾って、思い切り熊に投げた。
「ガウッ」
熊はギロリとこちらをにらむ。
「怒らせたみたいですね」
アレクが冷静に指摘する。
「見れば分かりますっ」
ほとんど衝動的に石を投げたので、そういえば次にどうするか考えていなかった。
「やばい、逃げなきゃ……」
「ガウッ」
その時、オニキスが飛び出した。そのまま勢いよく熊の首に噛みつく。
「ひえっ」
「グルルッ」
おののく結衣の前で、オニキスは嬉しそうにガツガツと熊を食べている。アレクは納得だと頷いた。
「オニキス、お腹が空いていたんですね。ほら、肉食ですから」
「知ってますけど、こうして見るとなんか違うっていうか……」
結衣はオニキスの食事から目をそむけ、子どもドラゴンのほうへ向かう。かわいそうに、小さな子どもドラゴンは震えている。
(次は自分だって思うのも当然よね……)
近くで手ごろな木の棒を拾うと、結衣は子どもドラゴンが挟まっている木の根の隙間に差し込んだ。てこの原理で、根っこを浮かせて隙間を作る。
「ほら、これでもう動けるわよ。気を付けておうちに帰りなさい」
「ピイ……?」
結衣を見つけて、子どもドラゴンはビクリと震えた。だが、のそのそと木の根の下から這い出す。
抜けられると、嬉しそうに鳴いた。
「ピーウッ」
「うんうん、良かったね」
なんとも微笑ましい光景だ。子どもドラゴンはオニキスを伺いつつも、木の根元に生えているキノコをしっかり口に入れてから、ダッとその場を離れた。
少し奥に行った所で立ち止まり、こちらを振り返る。ぶんぶんと尻尾を振って、茂みへと消えた。
「なるほど、キノコを食べたかったのね」
「食い意地があだになったわけですか。どうやら地種の中型ドラゴンの子どものようですね」
結衣が立ち上がると、傍にいたアレクが呟いた。
「地種……?」
「今のドラゴン、羽が無かったでしょう?」
「ああ、そういえば!」
「空は飛べませんが、気性が穏やかで、雑食の種類ですね。肉を食べないわけではないので、見つけたら気を付けないといけませんが……何もしなければ襲ってはきません」
流石はアレク、ドラゴンに詳しい。
「オニキスの食事が済んだら、早めに離れたほうがいいですね。彼らの縄張りが近いのでしょう、刺激するとまずいです」
「だって、オニキス。どんな感じ……うわぁ」
振り返った結衣は、すでに骨だけになった熊を見つけて、気が遠くなる思いがした。
「き、綺麗に食べたね?」
オニキスの返事は、満足そうなケプッというゲップ音だった。
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