贄の神子と月明かりの神様

木島

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広がる世界

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「よし、じゃあ行くか!」
「あい。よろしくお願いします」

 最後の団子を食べ終えて、九朗に先導してもらいながら彼の職場である工房へ向かう。
 工房は商店が並ぶ中心地から少し離れた場所にあり、他にも家具職人や紙漉き職人などが構えた工房が何件かあるらしい。初めての場所にきょろきょろと辺りを見回しながら歩くすばる。九朗はその姿を可愛らしく思いながらゆっくり時間をかけて目的地へと辿り着いた。
「着いたぞ。さあ、中へどうぞお客様」
「ふふ、ありがとうございます。お邪魔しますね」
 九朗に導かれ、見た目は民家と然程変わりないそこへ足を踏み入れる。中は玄関土間と座敷がひと間あるのみで、その中に整然と並んだ棚と壁に向かって置かれた作業机が左右に一つずつ。玄関から見て突き当りの大きな障子窓からの明かりが部屋全体を明るく照らしていた。
 その中で作業机のひとつに向かい作業をしている男が一人。九朗は履物を脱ぎながら男に向かって声をかけた。

「師匠、こいつが今朝言ってた客」
「すばると申します。少しの間お邪魔させていただきます」
「ああ」
 師匠と呼ばれた初老の男は一度二人をちらと見て、すぐに視線を手元に戻す。
「煩くしねえなら勝手にしろ。俺の邪魔はするんじゃねえぞ」
「へーい。わかってますよ師匠」
 普段からそうなのだろう、不愛想な男の態度を気にする様子もなく九朗はすばるを招き入れ空いている作業机の傍に座らせた。
「まあ基本細けえし地味な作業しかねえんだけどな。塗ったり切ったり貼ったり」
 そう言いながら机の横に積まれた小さな箱を幾つか机の上に並べる九朗。覗き込んでみると、その中には様々な形に切り出された爪の先よりも細かな貝が入っていた。
「うわぁ……これ、全部あの貝殻から切り出したものなんですか?えっ、小っちゃい……凄い……」
「そうそう。んで、図案に合わせて切ったそれを本体に貼り付けていくんだわ」
 驚くすばるに満足げな表情を浮かべつつ更に取り出したのは漆塗りの帯留め。漆が塗られただけのその帯留めに切り出した貝を貼り付けていくのだと言う。道具を取り出して準備を始めた九朗の姿にすばるは期待に目を輝かせた。
「まずは俺がやってみるけど、後でお前にもちょっとやってもらうからな。よーく見てろよ」
「えっ!僕も?!」
「見るだけよりやってみる方が楽しいだろ?」
 思いもよらない提案に驚いている姿ににやりと笑う九朗。どうやら初めから体験させるつもりだったようで、悪戯が成功した子供のように帯留めと道具を一揃いすばるの目の前に配置していった。
「え、え、本当にやるんですか?初心者がやっていいものなんですか?」
「大丈夫大丈夫!初めてでもやりやすいように大きめに切っといたからな。置きたい場所に大体の印をつけてから、これを五枚いい感じに並べれば……っと」
 九朗はあっけらかんと笑いながら帯留めの表面に膠を塗った後、花びらの形に切られた貝をそっと置いていく。

「ほら、桜の花だ」

 あっという間に花を咲かせてみせて、すばるは感嘆の息を漏らす。簡単そうにひょいひょいと置いていたが、それはきっと何年も修業を積んできたからこそだ。たった五枚、されど五枚の花弁。さあやってみろとまずは筆を握らされたが、初めてのことに緊張で手が震えた。
「うう、緊張する……」
「気楽にやれって。職人じゃねえんだから上手くいかなくたって誰も怒りゃしねえよ」
「それはそうですけどぉ」
「ほれほれ、とりあえずやってみ」
 九朗が笑いながら軽い調子で背中を叩いて、すばるも躊躇いながら帯留めに印をつけて膠を塗りつける。拾い上げた貝の花弁を一枚一枚乗せるうちにどんどん前屈みになっていく姿が微笑ましくて、九朗は柔らかな笑みを浮かべた。
 己の仕事に興味を持ってもらえた上に、真剣に向き合ってもらえるのは嬉しいものだ。
「乗せるのは、できますけど位置が……なんかこう格好が悪いと言うか。こっちをもう少し……うーん?」
 ぶつぶつと独り言を言いながら乗せた花弁を細かく動かしているすばる。耳にかけた髪がぱらりと落ちて、汚れてしまいそうだと九朗が思わず手を伸ばした瞬間。

「できました!」

 すばるがぱっと顔を上げて、慌てて手を引く。危ないところだったとそっと拳を握りしめ、気付いていないすばるに笑顔を向けた。
「どうですか?ちゃんとできてますか?」
「おう、いい感じだ。できるじゃねえか。次は全体にこの小さい奴を適当にポンポンポンと」
「ええ?!まだあるんですか?!」
「うるせえ!」
 驚愕して思いのままに大声を出してしまい、後ろで作業をしている師がたまらず怒鳴り声を上げる。二人揃ってびくりと肩を揺らし、こちらを睨んでいる師に慌てて頭を下げた。
「す、すみません!」
「すんません師匠」
 すっかり意気消沈したすばるは俯いてしまっている。師はその姿をちらと見てからまた己の手元に視線を落とし、作業を再開させた。
 そうしてぼそりと、すばるに向けて言葉を紡ぐ。
「気負う必要はねえ。好きなようにやりゃいいんだ。初めて触る奴には、楽しいと思ってもらえりゃ十分だ」
「師匠……」
「はいっ!」
 こちらと目を合わせようともせずに言うが、師の言葉にはすばるを受け入れているような空気がある。
 物見遊山で工房にまで押しかけてくる素人をよく思わない職人もいるだろうに、彼は弟子である九朗の提案を聞き入れてくれたのだ。ぶっきらぼうで気難しそうではあるが根は優しい人なのかもしれない。すばるはその厚意に恥じないよう返事を返し、己の手元に視線を落とした。
「僕、楽しいです。それに、普段完成したものしか目にすることのない作品がどれほどの手間暇をかけて作られているのか知れて、とても嬉しい」
 ぐるりと工房を見渡せばそこかしこに仕上がった作品やそれを形作るための道具が目に入る。すばるには何に使うのか、どう使うのか見当もつかない物も沢山あって、けれど彼らにとってそれは己の手足も同然の道具たちだ。
 そしてその道具を使って美しい作品が次々と生み出されていく。すばるはその世界にほんの少しでも触れられることが嬉しかった。大切な友人が誇りにしている仕事を知ることができて嬉しかったのだ。

「これは、お師匠さんや九朗が時間をかけて注いできた情熱の証ですね」

 ふわりと柔らかな笑みを浮かべて九朗を見れば、彼は言葉を詰まらせる。
 すばるに幼い頃から職人を志し積み上げてきた日々を認めてもらえた。自分たちが丹精込めて注いできた熱意を感じ取ってもらえた。他ならぬすばるの口から告げられた言葉がこれ以上ないほどに嬉しくて、頬が朱に染まり馬鹿みたいに鼓動が速まる。
「すばる……」
「あい」

 認めざるを得ないと思った。これは恋だと。
 すばるが同性でも、神々から寵愛される神子でも関係ない。このきらきら輝く螺鈿細工の瞳を見た瞬間から、きっとすばるに恋していたのだ。
「ありがとう」
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