贄の神子と月明かりの神様

木島

文字の大きさ
上 下
45 / 71
広がる世界

しおりを挟む
 付き添いありとは言え一度町へ出て自信がついたのか、すばるは時折町へと出かけるようになった。
 勿論完全に一人きりの外出は許されていない。皓月達のうち誰かが付き添うか、九朗が迎えに来て町へと繰り出す。そのようにして徐々に人の多い場所にも慣れていった。

「坊主最近よく来てくれるねぇ。そんなにうちの団子が気に入ったのかい?」
「あい。ここの草団子とっても美味しいです」
「ありがとね!常連は大事にしないとねぇ。ほら、オマケだよ!」
「わ、ありがとうございます!」

 お気に入りの団子屋に寄ると女将に顔を覚えられていて、団子を一本おまけしてくれた。すばるは声を上げて喜び、さっそく焼きたての団子を頬張る。
 女将の店の団子は餡子と団子の塩梅が絶妙で、ヨモギの香りがふんわりと鼻に抜けるのが最高だ。

「ん~!おいしい!」
「ほんといい顔で食べてくれるねぇ。作り甲斐があるよ!」
「ははっ、いい客寄せになんじゃねえの?ほら、ちらちら見てる奴の多いこと」
「んん!?」

 九朗に言われてすばるは慌ててリスのように膨らんだ口元を手で隠す。見知らぬ人に食べるところを見られるのは少し気恥ずかしいものだ。

「なんでぇ、隠すなよ」
「口に餡子付けた顔を見られるのは流石に恥ずかしいですよ」

 団子を飲み込んで上品に口元を懐紙で拭いて、これまた上品に茶を啜る。見られていると意識してしまうと先程のような無邪気な仕草はできそうにない。神子である手前、人前での作法は厳しく躾けられてきた方なのだ。

「残念。可愛かったのによ」
「九朗が余計なこと言うからだよ」
「だな。失敗したわ」
「ちょっと、二人とも揶揄わないでください!」

 抗議の声など痛くも痒くもないと言った様子で九朗と女将はからからと笑う。

「実際、客商売はこうやって一人でもお客がいるってのが大事でね。二人ともゆっくり食べていきなよ」
「あい」

 そう言って女将は新しく訪れた客の方へ向かう。

 親しげに話してくれる女将はすばるを神子とは知らずただ店の常連として扱っている。すばるの望み通り、九朗とあやめ以外の人間はすばるの正体を知らないのだ。
 町の人たちは最近になって頻繁に顔を見るようになったすばるを町に越してきた若者だと思い、ごく自然に受け入れている。認識阻害の術具でありふれた見目の若者に見えているお陰で今のところ余計な騒動も起きていない。

「お前も随分この町に慣れてきたよな。最初は何見ても珍しそうにわあわあ言ってたのによ」

 そう九朗が団子を食べながら感慨深げに言う。

「そんなことないですよ。来る度に新しいことを発見して驚いています。今日だって、僕とっても楽しみにしてるんですから!」
「そ、そうかい。そんな力一杯言われると照れるな……」

 きらきらと目を輝かせて答えるすばるにはにかむ九朗。今日はこの後九朗が出入りする工房へ行き、細工作りを見学させてもらう予定なのだ。

「以前貝殻を見せてもらったでしょう?あの時から機会があれば見てみたいと思ってたんです。許可を取ってくれて本当にありがとうございます」

 にこにこと本当に嬉しそうに笑うすばるに何とも面映い気持ちになり、誤魔化すようにまた団子を口に放り込む。
 認識阻害の対象から外れている九朗には期待に満ちた彼の瞳が正しく映る。己が扱う螺鈿細工に例えた輝く瞳に見つめられると胸の奥がむず痒くて仕方がない。勝手に鼓動が高鳴って、体に熱が灯る。

 まだ小さく細やかなものだが九朗はこの気持ちが何なのかを知っている。出会ってからまだ日も浅いが、九朗はすばるに急速に惹かれていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

【完結】泡の消えゆく、その先に。〜人魚の恋のはなし〜

N2O
BL
人間×人魚の、恋の話。 表紙絵 ⇨ 元素🪦 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定です ※◎は視点が変わります(俯瞰、攻め視点etc)

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

処理中です...