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第二章 美しく成長したレティシア
68. パトリックとレティシア、仲直りの抱擁をする
しおりを挟む先程まで、レティシアの事を完全に他人のように呼んでいた同じ口から「姉様」という言葉が飛び出し、その声色も気弱なものに変貌した。
「パトリックなの?」
「はい。姉様……」
パトリックが最後まで言葉を発する前にレティシアは弟に駆け寄り、その身体を強く抱きしめた。
四つ下の弟といえど、その体格は姉と変わらないくらいに成長していた。突然の抱擁に驚きつつも、強く拒絶する様子は見られない。
「え……」
「ごめんなさい。私が愚かだったばかりに、貴方にはとても辛い思いをさせてしまった。気付く事が出来なくて……ごめんなさい」
レティシアが嗚咽混じりに謝罪の言葉を口にすれば、パトリックは黒い瞳へみるみるうちに透明の膜を張り、姉に抱かられたその身体を震わせた。
「私、自分なりに調べてみたの。それで貴方が隔世遺伝で黒い色味を持って生まれたのだと知ったわ。まさかファブリス・ド・アレルの魂を持っていたとまでは考えもしなかったけれど。お父様も、きちんと分かってくださったの」
「父様が? 本当に?」
「ええ、本当よ。だから迎えに来たの。貴方とお母様を。お願い、帰って来て。父様は貴方もお母様の事も愛してらっしゃる。これからは、きっと……うまくいくわ」
アヌビスが静かに見守る中、しばらく姉弟は抱き合って涙を流した。パトリックの中のファブリスにもきっと全て聞こえているのだろうが、彼として言葉を発する事はその後無かった。
姉弟はここぞとばかりにお互いの気持ちを全て吐き出し、相手を理解し、最後には全てのわだかまりが解けたのである。
三人で子爵家に戻った頃には涙で喉もカラカラに渇いてしまい、姉弟は揃ってひどい顔になっていた。
そして掠れ声になりながらも、心配そうに待っていた侯爵夫人と祖父母に「ただいま」と告げ、二人して晴れやかな笑顔を見せたのだった。
アレル子爵家で手厚い歓迎を受けたレティシア達だったが、職務もある為翌日には戻らねばならなかった。
楽しい時間を過ごした翌朝、ベリル侯爵夫人とパトリックもレティシア達とは違う馬車で戻る事になり、別れを惜しむ祖父母と今後の交流を約束してレティシアとアヌビスは侯爵家の馬車で帰途についた。
「アヌビス様、此度は本当にありがとうございました」
「いやいや、ワシの方こそ。長い事足が遠のいておったアリーナの墓前に行くことが出来、そのうえファブリスの魂と会話する事が出来た。アレル子爵夫妻も善人であったしのぅ」
行きと同じく乗り心地の良い侯爵家の馬車に向かい合って腰掛けた二人は、たった一日であったもののアレル子爵家で過ごした濃密な時間を振り返る。
子爵家に保管された古い本、資料や先祖代々の品はアヌビスにとって懐かしい日々を思い出される物も多く、レティシアの知らないアヌビスの一面を見る事になった。
人の良い祖父母は初対面の薬師アヌビスにも敬意を払い手厚くもてなしたし、貴族とはいえとても庶民的な子爵夫婦の生活や人柄はレティシアとアヌビスを癒した。
「まぁ、やはり話し方が元通りに戻ってしまわれたのですね。ファブリスと話している時は別人のようでしたのに」
「フォッ、フォッ、フォッ……。不思議なものじゃのぅ。ワシも特に意識はしとらんかったが、ファブリスと話している時はまるで自分が若かったあの頃に戻ったような心持ちじゃった」
あれから一度もファブリスとして言葉を発する事は無く、パトリックに尋ねても苦い顔をするだけでアヌビスとファブリスが語り合う時間は無かった。
しかしパトリックは今後引きこもりの生活から脱却し、前向きに生きていく事を宣言した。
「またきっと、ファブリスとアヌビス様が語り合う時があるでしょう」
馬車は順調に帝都へ向かう。レティシアはこれからまた、今までと違った日々が訪れる予感をその胸に感じていた。
これからは全てがうまくいくような、そんな期待感を抱きながら帝都へ向かうレティシア。しかし現実には、微笑みを浮かべ胸躍らせる彼女のすぐ近くにまで物騒な足音が近づいており、その正体を知るのは帝都に戻ってすぐの事であった。
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