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第二章 美しく成長したレティシア
67. 二つの魂、事の顛末
しおりを挟む「あの頃、慢心していた僕は……罰として大好きだった姉さんを失った。そして自身も命を落とし、そこからは記憶が定かじゃないけど、とにかく長い年月を何か大きな流れに乗って過ごしていた。多くの魂か作った川の流れみたいな、そんな場所で」
レティシアは思い出す。
幼い頃にマヤから寝物語として聞かされていた、亡くなった人の魂はどこかに集められて、次の魂の入れ物が生まれるまで待っているのだという話を。
人によって魂が新たな入れ物に入るまでの時間が違い、悪い事をすればするほど長い間待つ事になるのだと。
だから良い子でいなければならないと。
「僕とこのパトリックは、不思議な事に入れ物が一つなのに魂が二つ入り込んでしまった。似ている所があるからか、偶然にも僕と同じ色味を持っていたからなのか。このパトリックは両親から疎まれ、特に姉ばかり可愛がる母親には絶望していた。黒の髪と瞳を持って生まれた事で、父親からは汚物のように扱われ、居ないものとされる日々に、心から苦しんでいた」
「待って! そんな事は無いはずよ! お母様は過去と違って今ではパトリックばかり可愛がっているし、お父様だって過去とは人が違ったように……」
「お前だって、以前は傀儡だと周囲に嘲笑されながらも親の言いなりで、両親から疎まれる弟を助ける事をしなかった! 自分さえ、両親から愛されれば良いと思っていたからだ!」
ずっと弟パトリックだと思っていた人物、その中に存在するファブリスに非難され、レティシアは愕然とする。言葉を失い、棒立ちの体が小刻みに震えた。
『傀儡』、その言葉は未だ混乱するレティシアの胸を残酷に抉る響きであった。
「だから僕は、この気の毒なパトリックの為にやり直しの機会を与えた! 僕は愛する姉さんを失って絶望したが、パトリックは愚かな傀儡となった姉のせいで家族を失い、絶望していたからだ!」
心から、魂が引き絞られるかのように叫び、ファブリスはパトリックの姉であるレティシアを非難した。
「魔術で時を遡り、姉さんを死なせない為にやり直そうと思っていたが……流石に三百年の時は長過ぎた」
ファブリスは自嘲の笑みとも取れる口元で、しかしその黒い瞳は冷たく、突き刺すような視線をレティシアに向けた。
「まさか……」
「あの時、屋敷になだれ込んできた騎士達は言った。愚かな皇帝と共にベリル侯爵家はこれから粛清される。既に皇帝と皇后、侯爵と娘の所にも皇太子一行が向かったと。それを聞いたベリル侯爵夫人は半狂乱となり、僕の……パトリックの目の前で自害した」
「お母様が……」
レティシアは自分と父親が命を落としたその日に、まさか母親までもが自害していたとは知るはずもなく、その事実にショックを受ける。
「その時のパトリックの悲しみは大きかった。愚かな姉と野心家の父のせいで、自分が一番愛されたかった母親を目の前で失ったからだ。僕はそんなパトリックの絶望を感じ取り、気の毒なパトリックの為に時を遡る魔術を使った。僕と同じ色味と悲しみを持つ彼に、やり直しの機会を与えたんだ」
「それじゃあ……今のパトリックは私と同じように、時を逆行して……しかも過去の記憶があるというの?」
「勿論だ。僕はあの時パトリックを逆行させるつもりだった。それなのに、何の因果かは知らないがお前まで一緒に逆行させてしまったようだ」
あの時、リュシアンの目の前で命を失ったレティシアが時を遡ってこの世界へと来たのは、弟パトリックと共存するファブリスの使った魔術のせいであるという事だ。
それにはレティシアだけでなく、ずっと黙って隣に立っていたアヌビスでさえ驚きを隠せないでいた。
「何故……まさか……そんな事が……」
魔術に詳しいアヌビスだからこそ、その奇怪な現象に対してすぐに納得できないのだろう。
「アヌビス、何故……と言われても僕だって分からないよ。あの時僕は、パトリックにだけ時を遡る魔術を使ったはずなのに、どうしてパトリックの姉が巻き込まれたのか」
「複雑で大きな力が動く魔術は、時として予想だにしない結果を生み出す事がある。それほど不安定で、不確かなものだからだ。恐らくファブリスとパトリックがその魔術を使用したまさにその時、レティシアはワシの目の前で死ぬ瀬戸際であったのだろう」
「それで偶然にも、僕とパトリックだけでなくパトリックの姉も逆行したというわけだね」
「恐らく……としか言いようがないがな」
いつの間にか、アヌビスはいつもの好々爺然とした口調では無く、若かりし頃に戻ったような、そんな口調になっていた。
しかしそんな事には誰も気付かないほど、ファブリスとパトリック、そしてレティシアの身に起こった出来事の裏側は衝撃的であったのだ。
「あの……ファブリス様、パトリックと貴方は一つの身体に魂が二つ共存しているのだという事は理解しました。それでは今、パトリックは? 本来のパトリックはどこに?」
アリーナの墓標の前で姉を悼むのはファブリス、そして事の顛末を話したのもファブリスだ。
それでは魂の片割れであるパトリックはどこに存在しているのか、レティシアは急に不安を感じたのだった。
「ここに居るよ。ちゃんと僕達の話を聞いてる。魂が二つあるというのは、そういう事だ」
そう言うと、フッと目の前の黒髪の少年の表情が変わった。
先程までの大人びた様子とは打って変わって、どことなく不安げで気まずそうなその表情に、レティシアは幼い頃からのパトリックの面影を見た。
「姉様……」
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