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二幕 願い
閑話 魔王城
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時は、リアンがヴァリテイター本部で資料を漁っていた時間まで遡る。
その時間、魔王城にも動きがあった。
「追い出された」
棺の蓋に思いっきり頭をぶつけた男は、額を抑えながら、不機嫌そうにそう口にする。
しばし棺の中で上半身を起こし、ぼーっとしていると、階段を慌ただしく下りてくる音がこの地下に響き渡った。そして数秒後……。
「何事ですか⁈」
勢いよく扉が開かれる。
「どちら様だ?」
男は目を細めると、一瞬で扉の前の男との距離を詰め、床に叩きつけた。
「敵じゃない、敵じゃない‼ ステイ、ステイですよ、アラン様っ‼」
アランに見下ろされているパルウェは懸命に叫ぶも、その労むなしく。
「うるさい。何者かだけ答えろ」
(あっ、終わった……)
パルウェが死を悟ったそのとき――
アランが誰かに蹴られ、後ろに吹っ飛んだ。
「イケメンは二人もいらーん‼」
パルウェがゆっくりと目を見開くと、魔王ルシファーが片足を上げていた。
この状況に追いつけないパルウェは数秒固まった末、意識を取り戻す。
「あんたは空気読め‼ 火に油を注いでどうする気だ‼ バカか。ええ、バカでしたね⁈」
「何を一人で納得しているんだパルウェ。仮にも命の恩人ぞ? 恩人ぞ?」
「命を救ってくださりありがとうございます魔王様。それと、一つ言わせてもらいますが――」
「ん?」
「私の腹は台じゃねぇよ‼」
ルシファーが下を向き、己の片足を見るなり、「ああっ、すまん。気づかんかった」と言いながら片足を床へと下ろす。
静かになったのは一瞬。すぐに、頭を抱えているアランのうめき声が響き渡る。
「ああ、痛い。頭ぶった。頭ぶった‼ 誰か包帯持ってきて‼」
「包帯でたんこぶが治るか‼」
パルウェは肩を上下に振りながら、決心する。
もう、私はツッコむものか。バカに付き合ってられるか。
「アラン、目は覚めたか?」
「ああ。さっきの蹴りですっかり目が覚めたよ。次は違う起こし方をしてくれるとありがたいけどね」
アランがルシファーの手を掴み、起き上がる。その表情は頭をぶつけ、苦しんでいた人物とは思えない程、あっけらかんとした表情だった。
「それで、ティアとレオナはどこにいるのルシファー。それと、パルウェ。さっきはすまなかった」
「別にいいですよ。アラン様の寝起きの悪さがまだ治っていなかったとは思わなかっただけですから」
「まあまあ、そんな嫌みったらしい言い方しなさんなや。後で埋め合わせはするからさ」
「そこまで言うなら期待しておきますよ」
期待してない瞳で肩をすくめるパルウェに、アランは苦笑しながら、ルシファーに向き直った。
「まずユースティアの行方だが、俺も知らん。数日前まではここにいた。あの鳥なら分かるんじゃないか?」
「そう……。ルシファーにもお世話になったね」
「俺は部屋を貸しただけだ。世話したのはユースティアだ。礼をする相手が違う。次にレオナの所在だが、レオナはたった今この魔王城に帰ってきた所だ」
「あっそうなの? 久しぶりに顔を見せるとするか」
「レオナは今、一階のロビーだ」
「教えてくれてありがとう」
ルシファーは鼻を鳴らす。
「パルウェ、俺たちも行くぞ。こんな辛気くさい場所にいつまでもいられるか」
階段を駆け上がるルシファーの後を追うようにパルウェは足を前に出そうとするが、躊躇するかのように足が揺れる。
アランはそんなパルウェを不思議そうに見る。
「どしたの?」
「本来、あなたには言う必要のないことなんでしょうけど……。念の為に言っておきます」
そう前置きしたパルウェは口にしたことで決心がついたのか、今まで誰に言わず一人抱えてきたことをアランに吐き出した。
「ここ数年、ずっと疑問に思っていることがありました――今のレオナと昔のレオナは本当に同一人物なのかどうか」
「成長したから変わったように感じるとかの話ではなさそうだね」
「その通りです。まあ、ルシファー様やユースティア様はそう思っていると思いますが」
「仮に、レオナが今と昔と違う存在だとして、パルウェはどうしたいの? 殺したい? それとも――――」
「殺したいだなんて言えるわけないでしょう‼ あなたも知っているではありませんか。私が魔族の中でも血が濃いことを‼」
魔族は力の強いもの、もっと分かりやすく言い換えるならば、己より強いものに心酔する性質がある。そしてその強さの基準は魔族の家系や魔族の種類によって異なってくる。
パルウェで言えば、最も分かりやすい原始的な強さ。戦闘におけるカリスマ性とでも言おうか。それが、パルウェに流れる魔族の血だった。
「ああ、そうだった。そうだったね」
アランは懐かしむように頷いた。
初めてパルウェと会ったとき、パルウェはその場でアランの前でひざまずいた。そして、アランの前で忠誠の言葉を口にしそうになった。それも、すでに忠誠を誓ったルシファーがいる前で。
いち早く事態に気づいたアランはパルウェが言葉を発する前に殺気を放ち、その場の全員を気絶させた。
その後、アランはパルウェだけを起こし、パルウェに事情を聞いた。そして、パルウェの願いの通りに言葉の枷をつけた。
「あなたの知っての通り、レオナがここに来てから、何度も何度も、レオナを手にかけようとしました。でも、今のレオナに対してはそういうことが減りました」
「ああ、なるほど。そういうことね」
「相変わらず、あなたは理解が早過ぎますね。そういう、すべてを見透かしてるような感じ、苦手です」
「君が言えた義理じゃないと思うけど?」
「あなたほどではありませんよ」
パルウェは大きなため息を吐くのと同時か、階段上から、ルシファーの大きな声が響く。
「パルウェ、早く来い」
「今、行きますよ」
パルウェはアランに背を向け、階段の方へと歩みを進める。
「アラン様」
「ん?」
「もし、私の勘違いではなかったのなら、レオナは私が殺します。ですので――」
「ああ、言わなくていい。分かった。それが君の決断なら、俺は止めない。でも、その優しさが本当の枷にならないことを願うよ」
「本当に、どこまで先を見ているんですか……」
パルウェは最後にボソリと呟くと、階段を駆け上がった。
パルウェの姿が見えなくなるまで見送ると、アランも階段を上り始めた。
「ここにも潜み始めるとはね。本当に嫌になる」
その時間、魔王城にも動きがあった。
「追い出された」
棺の蓋に思いっきり頭をぶつけた男は、額を抑えながら、不機嫌そうにそう口にする。
しばし棺の中で上半身を起こし、ぼーっとしていると、階段を慌ただしく下りてくる音がこの地下に響き渡った。そして数秒後……。
「何事ですか⁈」
勢いよく扉が開かれる。
「どちら様だ?」
男は目を細めると、一瞬で扉の前の男との距離を詰め、床に叩きつけた。
「敵じゃない、敵じゃない‼ ステイ、ステイですよ、アラン様っ‼」
アランに見下ろされているパルウェは懸命に叫ぶも、その労むなしく。
「うるさい。何者かだけ答えろ」
(あっ、終わった……)
パルウェが死を悟ったそのとき――
アランが誰かに蹴られ、後ろに吹っ飛んだ。
「イケメンは二人もいらーん‼」
パルウェがゆっくりと目を見開くと、魔王ルシファーが片足を上げていた。
この状況に追いつけないパルウェは数秒固まった末、意識を取り戻す。
「あんたは空気読め‼ 火に油を注いでどうする気だ‼ バカか。ええ、バカでしたね⁈」
「何を一人で納得しているんだパルウェ。仮にも命の恩人ぞ? 恩人ぞ?」
「命を救ってくださりありがとうございます魔王様。それと、一つ言わせてもらいますが――」
「ん?」
「私の腹は台じゃねぇよ‼」
ルシファーが下を向き、己の片足を見るなり、「ああっ、すまん。気づかんかった」と言いながら片足を床へと下ろす。
静かになったのは一瞬。すぐに、頭を抱えているアランのうめき声が響き渡る。
「ああ、痛い。頭ぶった。頭ぶった‼ 誰か包帯持ってきて‼」
「包帯でたんこぶが治るか‼」
パルウェは肩を上下に振りながら、決心する。
もう、私はツッコむものか。バカに付き合ってられるか。
「アラン、目は覚めたか?」
「ああ。さっきの蹴りですっかり目が覚めたよ。次は違う起こし方をしてくれるとありがたいけどね」
アランがルシファーの手を掴み、起き上がる。その表情は頭をぶつけ、苦しんでいた人物とは思えない程、あっけらかんとした表情だった。
「それで、ティアとレオナはどこにいるのルシファー。それと、パルウェ。さっきはすまなかった」
「別にいいですよ。アラン様の寝起きの悪さがまだ治っていなかったとは思わなかっただけですから」
「まあまあ、そんな嫌みったらしい言い方しなさんなや。後で埋め合わせはするからさ」
「そこまで言うなら期待しておきますよ」
期待してない瞳で肩をすくめるパルウェに、アランは苦笑しながら、ルシファーに向き直った。
「まずユースティアの行方だが、俺も知らん。数日前まではここにいた。あの鳥なら分かるんじゃないか?」
「そう……。ルシファーにもお世話になったね」
「俺は部屋を貸しただけだ。世話したのはユースティアだ。礼をする相手が違う。次にレオナの所在だが、レオナはたった今この魔王城に帰ってきた所だ」
「あっそうなの? 久しぶりに顔を見せるとするか」
「レオナは今、一階のロビーだ」
「教えてくれてありがとう」
ルシファーは鼻を鳴らす。
「パルウェ、俺たちも行くぞ。こんな辛気くさい場所にいつまでもいられるか」
階段を駆け上がるルシファーの後を追うようにパルウェは足を前に出そうとするが、躊躇するかのように足が揺れる。
アランはそんなパルウェを不思議そうに見る。
「どしたの?」
「本来、あなたには言う必要のないことなんでしょうけど……。念の為に言っておきます」
そう前置きしたパルウェは口にしたことで決心がついたのか、今まで誰に言わず一人抱えてきたことをアランに吐き出した。
「ここ数年、ずっと疑問に思っていることがありました――今のレオナと昔のレオナは本当に同一人物なのかどうか」
「成長したから変わったように感じるとかの話ではなさそうだね」
「その通りです。まあ、ルシファー様やユースティア様はそう思っていると思いますが」
「仮に、レオナが今と昔と違う存在だとして、パルウェはどうしたいの? 殺したい? それとも――――」
「殺したいだなんて言えるわけないでしょう‼ あなたも知っているではありませんか。私が魔族の中でも血が濃いことを‼」
魔族は力の強いもの、もっと分かりやすく言い換えるならば、己より強いものに心酔する性質がある。そしてその強さの基準は魔族の家系や魔族の種類によって異なってくる。
パルウェで言えば、最も分かりやすい原始的な強さ。戦闘におけるカリスマ性とでも言おうか。それが、パルウェに流れる魔族の血だった。
「ああ、そうだった。そうだったね」
アランは懐かしむように頷いた。
初めてパルウェと会ったとき、パルウェはその場でアランの前でひざまずいた。そして、アランの前で忠誠の言葉を口にしそうになった。それも、すでに忠誠を誓ったルシファーがいる前で。
いち早く事態に気づいたアランはパルウェが言葉を発する前に殺気を放ち、その場の全員を気絶させた。
その後、アランはパルウェだけを起こし、パルウェに事情を聞いた。そして、パルウェの願いの通りに言葉の枷をつけた。
「あなたの知っての通り、レオナがここに来てから、何度も何度も、レオナを手にかけようとしました。でも、今のレオナに対してはそういうことが減りました」
「ああ、なるほど。そういうことね」
「相変わらず、あなたは理解が早過ぎますね。そういう、すべてを見透かしてるような感じ、苦手です」
「君が言えた義理じゃないと思うけど?」
「あなたほどではありませんよ」
パルウェは大きなため息を吐くのと同時か、階段上から、ルシファーの大きな声が響く。
「パルウェ、早く来い」
「今、行きますよ」
パルウェはアランに背を向け、階段の方へと歩みを進める。
「アラン様」
「ん?」
「もし、私の勘違いではなかったのなら、レオナは私が殺します。ですので――」
「ああ、言わなくていい。分かった。それが君の決断なら、俺は止めない。でも、その優しさが本当の枷にならないことを願うよ」
「本当に、どこまで先を見ているんですか……」
パルウェは最後にボソリと呟くと、階段を駆け上がった。
パルウェの姿が見えなくなるまで見送ると、アランも階段を上り始めた。
「ここにも潜み始めるとはね。本当に嫌になる」
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