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番外編

ラナから花へ 9

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「あ、話してもらう前に、まずは腹ごしらえをしないと、おなかがすいたでしょう? ほら、花ちゃん、食べて、食べて……。あ、でも、沢山ありすぎて、迷うかな? 一応説明すると、ここらへんのエリアが、特に私の一押しのパンたちを集めてるの」

そう言って、おすすめしてくれたパンの中から、私は大好きなクリームパンを選んだ。
そして、おなかが満たされた頃合いで、春さんが言った。

「じゃあ、花ちゃん。ゆっくりでいいから、まずは、私に、花ちゃん自身のことを教えてくれる? 
電話で守から、花ちゃんの境遇は、おおまかに聞いたわ。花ちゃんが、円徳寺家の養女だってことも知ってる。守の言葉通りに言えば、『クソ母親とクソ妹』がいるってこともね。そして、何か特別な体験をきっかけにして……あ、このことは、今日、話をしてくれるのよね? とにかく、その体験をきっかけに、円徳寺家を離れて、花ちゃんとして生きる覚悟を決めたことも聞いた。
でもね、私は花ちゃん自身の口から、花ちゃんが何を思って、どういうふうに生きてきたかを知りたいの。
もちろん、言いたくないことは無理して言わなくていい。でも、できるだけ詳しく話してくれると嬉しいわ。
これは知っても意味がないとか、要点だけ話そうとか、わかりにくいかな、なんて、聞く側のことは一切考えなくていいから。とにかく、花ちゃんの思いつくままに話して欲しい。
花ちゃんの力になるためには、花ちゃん自身のことを、できるだけ私は知っておきたいの。
あ、そうそう。今日は、私は、もう仕事はしないつもり。時間はたっぷりあるから、なんでも話してね。
花ちゃんの一言一句、全力で聞かせてもらうわ!」

力強い春さんの言葉に、私は、しっかりとうなずいた。
そして、私の話を語り始めた。

「私は3歳の時、事故で両親をなくしました。両親のことは覚えていません……。祖父母はいなかったから、親戚の家に預けられたんです。でも、そこで放置されてしまって……。あまり記憶はないんですが、いつも、おなかがすいていたことだけは覚えています……。結局、やせ細っているところを保護されたみたいで、孤児院に入れられました。……でも、そこでは、なじめなくて……。居場所がなくて、心細かった……。そして、5歳になった時、円徳寺の家にひきとられることになりました。私は、やっと、自分の居場所ができると思って、それを知った時は、うれしかったんです……」

話しながら、思いだしていく、遠い遠い記憶。
そこで、私は、ひとつ、大きな深呼吸をした。

「花……。つらいことは、無理して話さなくていいからな……」
と、森野君が、今にも泣きだしそうな顔をして、私に声をかけてきた。

自分事のように悲しんでくれる森野君。
その姿に、またもや、孤独だった小さい頃の自分が救われた気持ちになる。

「大丈夫だよ。ありがとう」

そう言って、森野君に微笑んでから、私は話を続けた。

「円徳寺の家に行く日。私の荷物は少ししかなくて……。もちろん、服も少ししか持っていませんでした。その持っている服のなかで、一番、新しくみえる服を着ました。新しい家族に、少しでもよく思われたかったから……。
そして、連れていってもらった円徳寺の家は、びっくりするほど大きくて、私は、ドキドキしながら足をふみいれました。
そこで、私を待っていたのは、お母様でした。一番、最初にお母様にかけられた言葉は、『今日から、あなたの名前はラナよ』でした。ラナとハナの音が似ているから、私の名前を間違えているんだと思いました。だから、『古池 花』だと名乗ったんです。できるだけ、はっきりと……。お母様に、いい子だと思われたかったから……」

「花……」

そうつぶやいた、森野君の目が涙でうるんでいる。
そんな森野君に、「私は、大丈夫」という気持ちを伝えたくて、また、微笑んでみせた。

一方、春さんは、まっすぐな視線で私を見て、全身で話を聞いてくれているのが伝わってくる。

2人の様子に思わず胸があつくなる。私は更に話を続けた。

「自分の名前を名乗った私に、お母様は言いました。『あなたは私たちの家族になるの。だから、今までの名前は捨ててね。今日から、あなたの名前は、ラナ。ルリの姉でラナよ』って……。
私は、病弱なルリを守るためにもらわれたことを、その時、初めて知ったんです。
そして、お母様からは、ラナになるために守らなければいけない沢山の注意事項を聞かされました。
それから、お母様に確認されました。私の役目は、ルリのために生きること。それができないのなら、孤児院に戻ってもらうけれど、それができるの? って……。
私は、孤児院に戻るのだけは、絶対に嫌だった……。それに、私に役目があるのなら、それをしていくことが、私の居場所になる。そう思ったんです……。だから、花という名前をすてて、お母様の言いつけを守り、ラナとして生きることに決めました……」

そこで、いきなり、立ち上がった春さん。
すごい勢いで、テーブルをまわって、私のそばへ近づいてくると、がばっと、私の体に両手をまわしてきた。

えっ……? もしかして、私は、春さんに抱きしめられてるの……!? 
と、驚く私に、春さんは優しい声で言った。

「よく頑張ったてきたわね、花ちゃん……」

そう言って、さらに、ぎゅーっと抱きしめてきた春さん。

あたたかいな……。

そういえば、私には人に抱きしめられた記憶がない……。
こんなにも安心するもんなんだね……。

そう思ったら、自然と涙がこぼれてきた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


自分でもびっくりするほど、大泣きをしてしまった私。
なんだか、すっきりした……。

「あの……、ありがとうございます、春さん」
と、心からのお礼を伝えて、ふと、横を見ると、森野君の目が真っ赤になっている。

私があんまり泣いたから、もらい泣きしたみたい……。

森野君に、同じ気持ちを共有してもらったみたいで、なんだか嬉しい。

「そういえば、春さん……。森野君には言ったんですが、お母様からラナって名前を初めて聞いたとき、花とラナって、音は似ているけれど、まるで違う感じだなって、思ったんです……。そうしたら、森野君も、私の名前が花だと知った時、まず、『ラナと花って音がにてるような気もするけれど、全然違う印象なんだよな』って言ったんです。思ったことが一緒だったから、私、嬉しくて、喜んじゃったんです……。ね、森野君」

そう言って、目が真っ赤なままの森野君に笑いかけた。

「ああ、言ってたな……。俺のほうは、『思うことが一緒だと嬉しいな』とか言って、にまーって、幸せそうに笑う花の顔を見て、更に、そのクソ母親に激怒したけどな。幼い子どもに、いきなり、名前を捨てろだなんて、よく言えたもんだなって……。そんな非情な大人に、小さかった花が一人で対峙したかと思うと……、あー、また、腹がたってきた!」
と、顔をしかめる森野君。

「そうやって、森野君が怒ってくれたから、私はうれしかったんです……。だって、自分でも忘れていたようなことなのに、小さい頃の自分のために、本気で怒ってくれる人がいるんだなって思ったから。あたたかい気持ちになりました……」

そこまで言った時、春さんがふきだした。
そして、笑いながら言った。

「なんだか、ほんとに、いいコンビだよね、二人って……。それに、こんなに感情的になる守が新鮮すぎて、おもしろいんだけど……。あー、みっちゃんに見せてあげたい!」

「やめて、春さん……。色々、面倒だから」

森野君が、苦々しい口調で言った。

「はいはい、わかってるって……。だから、みっちゃんじゃなくて、常識的な大人の私に頼みにきたんでしょ? まあ、でも、私が言わなくても、すぐにバレると思うけど」

ん? みっちゃんって誰だろう……?
会話の意味がわからなくて、思わず、二人をじっと見た。






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