夫婦にまつわるすれ違い、または溺愛を描く短編集

キムラましゅろう

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とある夫婦(13)夫が浮気相手に呪いを掛けられたそうです

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今回はサラッとした軽めのお読み物を……☆
(文字数はサラッとしていない?)

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夫が呪いに掛けられたという。

夫は魔法書士で、とある貴族の不正告発の為の応援要員として地方都市へと二ヶ月前に出向して行った。

その長期出向先でになった女性に、痴情のもつれが原因で放たれた呪いを受けたのだそうだ。

呪いにより体の自由を奪われて身動き一つ取れなくなった夫の元へ、とりあえず向かって欲しいと役所が要請したと、わざわざ迎えに来てくれた20代前半くらいの女性文官エミィさんから聞かされた。

今聞いた話を要約すると、出向先で浮気した夫がその浮気相手に呪いを掛けられて動けないから世話をしてやってくれ…という事になる。

浮気した夫の世話を浮気された妻にしろなんてよく言えたものだなと感心すらしてしまう。

が、少し思うところもあるので、わたしは素直に従った。
エミィさんと共に転移魔法が施された長距離馬車に乗り王都を発つ。

普通の馬車移動なら二日はかかるところを、この馬車なら2時間ほどで着けるそうなのだ。

夫のいる地方都市へ向かうその馬車の中で、エミィさんから色々と聞かされる。

「自分も又聞きだからよくは知らないのだけど……」という前置きを添えて。

夫の浮気相手は出向先の役所に勤める医療魔術師なのだそうだ。

頭痛持ちの夫がよく医務室へ行く度に顔を合わせ、いつしか体も合わせていたという。

「……出会ってすぐに関係を持ったという事ですか?」

私がエミィさんに尋ねると、彼女は私に申し訳なさそうに告げた。

「ええ……そうご主人からは聞いております。医務室でその女性に一目惚れをして、三日と経たないうちに男女の仲になったと……」

その言葉に、わたしは首を傾げる。

「うーん……夫と私は政略ではなく、私に一目惚れをした彼の猛アプローチの末の恋愛結婚なのです。人生の中で一目惚れってそう何度もするものなのでしょうか……?」

「気の多い男性なら、何度も一目惚れ、何度も一生に一度の恋、に落ちるそうですよ……」

「うーん……」

私にはますます分からない。

確かに気の多い男性ならそういう事もあるのだろうが、夫はそういうタイプの人間ではないからだ。

私のその様子が現実を受け入れたくない妻のソレに見えたのか、エミィさんは私を慰めるように優しく言った。

「わかりますよ……お辛いですよね……無理をなさらず、ゆっくりとお気持ちを整理されれば良いと思います」

「……そうですね、ありがとうございます」

優しい言葉を掛けて貰ったら感謝の意を示す、
亡くなった祖母の教えを私は今も守っている。

わたしはエミィさんに尋ねた。

「痴情のもつれとありましたが、夫は相手の女性と諍いでも起こしたのですか?」

「さぁ……よくは知りませんが、何でも出向が終わると同時に関係を終わらせたいと言ったご主人に、浮気相手の女がそれは嫌だと拒否したらしいです。そして逆上して呪いを掛けたと……」

「そうですか……呪いの解呪は進んでいるのでしょうか?」

私が続けて質問するとエミィさんは申し訳なさそうに答えた。

「それが……愛憎による呪いを解くのはそう難しい事ではないのですが、掛けられた者の中にその相手を愛する想いがあると、それが邪魔をしてなかなか解呪が進まないそうなんですよ……」

「というと夫もまた、相手の女性を愛していると云う事ですか?」

「誠に申し上げにくい事ですが、そうなりますね……現にご主人がその女性と仲睦まじくされている姿が度々目撃されておりますから…皆もまさか既婚者だとは知らなかったので何も思わなかったのですが……」

そこまで聞いて、私はまた不思議に思った。

「夫は誰憚る事なく堂々とその女性と恋人らしく振る舞っていたという事ですか?」

「ええ、そうですね。腕を組んで歩いていたり、肩や腰を抱いて歩いていたり……その……医務室のベッドから、乱れた着衣を直しながら出てくる姿も見られたりしていましたから……」

エミィさんは本当に申し訳無さそうに私に告げてくる。

だけど私には違和感のオンパレードでしかなかった。

「夫はとても生真面目な人で、風紀の乱れをとても嫌う人なんです。亡くなった彼の父が女性にだらし無い方で、それを見て育った夫は自分は決してそうならないと厳しく律していたと思うのですが……」

「きっとそれがどうでもよくなる程、その方に溺れていたのでしょうね……」

そう答えたエミィさんを私はまじまじと見据えた。

私のその視線に気付いたエミィさんが慌てて謝って来る。

「あっ……!ご、ゴメンなさいっ、ご主人に裏切られた奥様に対して言う事ではありませんでしたね、本当にごめんなさい!」

「いえ、私は事実を全て知りたいタイプの人間ですから。それで、他に夫の不貞を裏付ける様な事はありますか?」

「そうですねぇ……よくは知らないのですが……」

と、その後もエミィさんは“よくは知らない”という言葉を連呼しながら、

夫が浮気相手の女性に花や装飾品などの贈り物をしていたとか、

その女性を「ハニー」と呼んでいたとか、

自分が滞在しているホテルに女性を呼び寄せていたとか、

じつに様々な情報を提供してくれた。

本当によく知っていると感心してしまう。

そして私はそれにより確信した。


丁度エミィさんから一連のお話を窺えたところで、
転移魔法による高速長距離馬車が目的地へと到着した。

そこは夫が入院する病院だった。

呪いにより今後どのような変化が齎されるか分からないので、念の為に入院措置を取っているのだという。

口数が少なくなった私をエミィさんが励ましてくれる。

「奥様、気をしっかり持たれて下さいね。不貞は許されない行為ですが、今のご主人は呪いにより体の自由を拘束された身です……決して、怒りのままに行動されたりなどならさないように、お願いいたします……」

「えぇ……わかっているつもりです。大丈夫、大丈夫ですわ……」

私は力なく、エミィさんに答えた。

そして院内の売店を見て、私はエミィさんに告げる。

「……エミィさん、夫に林檎を食べさせてあげたいと思い、家から持って来たのですがナイフを忘れてしまいました……その売店で購入しても良いですか……?」

それを聞き、エミィさんは満面のエミィ…じゃない、笑みを浮かべた。

「ええ、勿論です。果物を召し上がる患者さんの為に、売店ではよく切れるナイフが売っていますからねぇ。きっとご主人も喜ばれる事でしょう」

「そうですよね……」

私はふらふらと売店へ行き、果物ナイフを購入した。

エミィさんは終始笑顔だ。

そうしてエミィさんの案内で夫の病室へと辿り着いた。

私はノックをして中へ入る。

夫は力なくベッドに横たわっていた。

少し痩せただろうか。
目の下の隈も酷く、激務続きだったのが窺える。

私は夫の頬にそっと触れた。

夫の瞼が少しずつ開いてゆく。

そして私と目が合い、ほっとした表情を浮かべた。

「……来てくれたんだね」

夫が掠れた声で言う。

私は頷きながら答えた。

「当然でしょう?私は貴方の妻なのだから。こちらのエミィさんがここまで連れて来てくれたのよ」

私は後ろに控えるエミィさんを夫に紹介した。

「エミィ…………?」

夫がエミィさんを見た。

その瞬間、夫の目が大きく見開くのを目の当たりにする。

「ハイ確認オッケーっ!!」

私はそう言ったと同時に身を翻してエミィさんの背後を取り、先ほど購入した果物ナイフを喉もとに突きつけた。

それは一瞬の出来事で、エミィさんは身動みじろぎ一つ許されない状態に慄いた。

「こっ……これはっ…奥様っ、これはどういう事ですかっ……悪ふざけはやめて下さいっ……!」

エミィさんが私に訴えかける。

私はそれを無視して立位姿勢を崩させ、床にうつ伏せにして組み伏せた。
そして両腕を後ろ手に回し、その腕を膝で押さえて拘束してマウントを取る。

それから瞬時に夫に結界魔術を掛け、呪いの効力から夫の身を引き離した。

我ながら惚れ惚れするほど見事な手際。

現役時代の勘はまだまだ鈍っていないわね。

馬車の中で話をするうちに私はこのエミィという女性に不信感を募らせていた。
そしてエミィさんを見た夫の反応を見て、それが間違いではないと確信した訳だ。


夫は結界魔術で呪いから防御されたおかげで体の自由が戻ったようだ。

やれやれ……といった感じでベッドから起き上がった。

私の様子と呪いの影響から解放された夫を見て、エミィさん…もう“さん”付けは要らないわね、エミィは驚愕の表情を浮かべた。

「なっ……!?どうしてっ!?どうして呪いがっ……?」

それに対しては夫が答えた。

「呪いは妻の結界魔術により跳ね除けられたよ。そうそう、キミは知らなくて当然だけど、私の妻は元魔術騎士なんだ」

その事実を聞き、エミィはさらに驚いた顔をした。
そして私に喚き散らしてくる。

「なっ!?そんなっ!?ていうかなんで浮気した旦那を助けてんのっ!?果物ナイフは旦那をぶっ刺すつもりで買ったんじゃないのっ!?」

「お生憎さまでした。私に夫を憎ませて害させようとしたみたいだけど、思い通りにならなくて残念だったわね」

「なっ……」

「あなた、迂闊だったわね。よく知らないと言いながら話を盛り過ぎたのよ。実に残念。呪いの種類も実にお粗末ね、大方モグリの術式師から安価で買った呪いなんでしょう」

「もうっ…なんでよぉっ!愛する妻の手によって刺されて絶望する、その顔が見たかったのにぃっ……ぎゃっ」

私はエミィの体に強い魔力を流し込んだ。
それによりエミィは意識を失う。

「煩いわね、お黙り」

私はエミィの両手を縛り上げ、知らせを受けて駆けつけた現地の騎士に引き渡した。

そして呪いが解けた事を、夫の同僚へ言伝として頼む。

それをテキパキとこなした私を、夫はベッドに腰掛けて黙って見ていた。

少し微笑みを浮かべながら。

私は夫に向き直る。

「何よ?」

「いや。さすが王宮騎士団に凄腕女性魔術騎士アリ、と言わしめたキミだなぁと思って。やはり現役を退くのは惜しいと思うんだが…今からでも復帰するか?」

「もう。それは結婚する時に散々話し合ったでしょう?王国に剣をお返しした後、今度は妻として全力で貴方を支えたいと。不規則な騎士の仕事ではそれは出来ないから辞めたのよ?今さら復帰したいなんて思わないわ」

「そうだったね……それから、ありがとう。俺を信じてくれて」

夫は私の手を握った。

なんだか照れ臭くなって、話を逸らすようにさっきのエミィの事を尋ねた。

「それで?あの女は一体何だったの?まさか本当にあの女と浮気した訳じゃないでしょうね?」

「そんな事はしないと分かっているくせに。あの女は今回告発した貴族の妾だった女だよ」

「まぁそんなところだと思ったわ」

告発し、検挙した貴族の周辺を調べているうちに、夫はあの女と顔馴染みになったそうだ。

当然本当の身分を伏せていた夫が、自分の贅沢な暮らしを全て奪った役所の人間の一人だったと知り、騙したなと逆上したという。

そして逆恨みをしたエミィの復讐の呪いを一身に受けたらしい。

ここからは憶測だが、
呪いはおそらく下町にいる術式師などから買ったのだろう。

魔力のない庶民が魔術関連の犯罪を犯す場合、大概がそのような裏で術式を売買している奴らから買う事が多い。

しかしそういう安価な呪いでは精々身動きを取れなくさせるくらいの効果しかない。

そこでまだ溜飲の下がらないエミィは妻である私に目をつけ、夫が浮気をしたと吹き込んで私に夫を害させようと企んだ。

たとえ害するまでに至らなくても、夫の家庭を無茶苦茶にしてやりたかった、まぁそんなところだろう。

なんとも……お粗末で稚拙で、くだらない発想である。

「俺が浮気したと聞いた時、すぐに信じた?」

夫が興味深そうに私に訊く。

わたしは肩を竦めて正直に答えた。

「一瞬だけね。貴方だって男だもの、信じたくはないけれどあり得ない話じゃないと思ったわ。でも聞けば聞くほど、考えれば考えるほど、貴方らしくない行動と人物像に違和感を覚えたの。そして病室ここで貴方の疲弊した顔を見てやっぱり嘘だったと確信したわ。浮気をする余裕のある人間が、こんな疲れた顔をする訳はないと」

「やはりさすがだな」

「惚れ直した?」

「いや、毎日惚れ続けてるんだよ」

そう言って夫は私を抱き寄せた。

告発も検挙も無事に済み、出向も終わるという。
(夫一人が逆恨みの的にされて害を被ったが)

しばらく纏まった休みが取れると思うと夫は言った。

ここへは高速長距離馬車で来たけど、

それなら帰りはのんびり、普通の長距離馬車に乗って夫婦で旅行気分で帰るのもいいなと、私はそう思った。



            おわり



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補足です。

人を呪わば穴二つ……

私怨により呪いをかけるのは法律により重罪と定められています。
もちろん呪いの効果のある術式を買うのも重罪。
エミィは懲役三十年の実刑を受けたそうです。

愛人という金蔓を失っても、逆恨みなどしなければ、そんな事にはならなかった筈ですのにねぇ……




























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