鍛冶師ですが何か!

泣き虫黒鬼

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鍛冶武者修行に出ますが何か!(海竜街編)

第弐百四拾九話 武具を納品しますがニャにか! その参 ~乱の始まり

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明日、4月19日に『鍛冶師ですが何か!』八巻が出版される予定です。

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「愚か者がぁ! 商人として最も重要な『目利き』の力量が著しく乏しい事を自ら曝したのは貴様の方だ。ティブロン!!」

突然放たれた罵声ともいえる言葉に、集まっていた群衆たちはギョッとした表情を浮かべて言葉が発せられた方へと視線を走らせた。もちろん僕も他の人達と同じように声のする方へと顔を向けたんニャが、そんな僕の隣で一人御爺々様だけは、その声の主に心当たりがあるのか少し面白くなさそうに苦笑いを浮かべていたのニャ。
 僕はそんな御爺々様の様子を横目でチラチラ見ながらも、声の主を捜して右往左往する群衆の奥へ目を凝らしていると、ザワザワと囁き合う声に合わせて群衆が徐々に左右へと道を開け出し、ティブロン商会の店先へと延びる一本の道が出来上がっていた。
そして、その道をノッシノッシとゆっくりと歩いてくる男・・・。
その男の姿に、ティブロン商会の店先に集まっていた者達が浮かべていた強張った表情が徐々に解れて行ったのニャ。

「光月殿、遅くなって申し訳ない。」

群衆が開けた道を通り抜けティブロン商会の店先に辿り着いたその男は、店先の土間に立つ御爺々様と僕の前まで来ると、その大柄な体躯と相まって見た者の心を安心させるような温かなニッコリ笑顔で僕たちの方を見てから、一瞬にしてその笑顔を消し去ると店の上がり端に立つティブロン商会の会頭とミハイルをジロリと睨み付けたのニャ。
男に睨みつけられた会頭とミハイルは直ぐに怒りだすと思ったのニャが、そんな僕の予想に反して二人は店先で仁王立ちする男の顔を確認した途端顔色を変え、男の視線を避けるようにキョロキョロと視線を彷徨わせていたが、そんな事をしたところで男からの視線から逃れられる訳も無く、無言のまま突きつけられる鋭い眼光にミハイルは会頭を盾にするようにして押し出した。
男の眼前に押し出された形となった会頭は、その場を取り繕うように引き攣った笑みを浮かべ

「こ、これはポリティス総支配人、何かご用でしょうか?御覧の通り今手前どもは立て込んでおりまして・・・いえ、けっしてギルドを蔑にしている訳ではございません。
早急に事を治め、改めて手前どもの方からギルドの方に出向きますので・・・」

と、この場を取り繕おうとしているのか、額に汗を浮かべながらも愛想笑いを浮かべ言葉を紡ぐ会頭だったのニャが、そんな会頭の言葉を遮るように御爺々様がポリティスさんに声を掛けたニャ。

「オイ! 遅かったニャぁ、なかなか姿を現さぬからどうかしたのかと案じておったニャ。じゃが、遅れて来てくれたおかげで良い見世物が見る事が出来たのではニャいかな?」


御爺々様の不躾な問い掛けに対してポリティスさんは、ミハイルや会頭に対して向けていた険しい視線を弛め、申し訳なさそうに苦笑して

「いや~ぁ、遅くなって申し訳ない光月殿。出掛けに急に野暮用が入りましてなぁ。思いの外時がかかってしまいました。しかし、光月殿の言う通り遅くなったおかげで思いもかけぬ物を目にすることが出来ましたよ。」

そんな風に談笑をする二人を僕は呆気にとられて見詰めていると、ポリティスさんはそんな僕に気が付いて、ニッコリと優しい笑顔を向けてくれたニャ。でも、二人のやり取りを呆気にとられて眺めていたのは僕だけである訳が無く、声を掛けたにも拘らず蚊帳の外に置かれた会頭が少々ご立腹のようで怒りを含んだ声を上げた。


「ポリティス総支配人。一体何をしに来られたのだ?!」

会頭の声にポリティスさんは僕に向けていた笑みを一瞬にして厳めし表情へと変えると、

「私は、こちらの奔安見光月殿から、ティブロン商会から依頼のあった武具の拵えの為に特別な素材・・・・・を揃えたのだ。それらを用いて整えられた武具の拵えに対して、ティブロン商会はどのような評価を下すのだろうか?と楽しみにして来てみれば・・・
我がレヴィアタン街ギルドが光月殿が腕を揮うにふさわしい物として用意した素材を、ただの鮫皮と評し、『老いた』などと。
よくもまぁ言ったものだ!」

と一喝するポリティスさんに、会頭の顔を見る見るうちに青褪めて行った。そのやり取りを見ていた群衆も、ザワザワと騒ぎ出しはじめ、その様子を会頭の影に隠れるようにして見ていたミハイルが

「ポ、ポリティス殿、その悪し様な言い様はあまりではないのか?奔安見が施したこのトライデントの拵えに一体どんな素材を使っていると言うのだ!」

と顔を真っ赤に唾を飛ばしながらポリティスさんに食って掛かった。そんなミハイルに対し心底落胆したと言ったような表情を浮かべて大きなため息を吐くと、

「ミハイル殿、貴殿は本当に分からぬのか?・・・それは困った。このカンヘル国の商業を司るレヴィアタン街の領主・鎮守船隊提督そして不肖このポリティスが勤めるギルド総支配人と並び街を導く立場にある衛兵長たる貴殿が、こうも我が街で商う品に疎いとは。」

ポリティスさんの言葉にミハイルは怒りの表情を浮かべ、腰に差す長剣に手を伸ばした。それを見た群衆は、悲鳴をあげ少しずつ後退りをはじめティブロン商会から距離を取り始めた。
正に一触即発の状況となり僕は今にも腰から長剣を引き抜きミハイルはポリティスさんに襲い掛かるのではとヒヤヒヤし、もしその様な事に成ったらいつでも飛び出せるように袖の中に隠し持つ拐(トンファー)の柄を握る。が、

「・・・まだ分からぬか?ほれ今貴殿自身が握っている得物の柄に使われているではないか。」

と告げた途端、ミハイルは握っていた長剣に柄へと視線を落とし、ワナワナと震え始めた。

「なっ・・・これは我が祖父より伝わりしリヴァイアサン家の宝剣。その柄に使われている物と同じだと? ではそのトライデントには大鮫蛇シーサーペントの楯鱗が使われたと言うのか!?
馬鹿な! 大鮫蛇の楯鱗と言えばここレヴィアタン街での滅多に手に入る事の無い貴重な品。それこそレヴィアタン街領主の武具や防具に使われる以外特に街に貢献した者にのみ所持を許されるべき物ではないか、それをこの様な人魚族の男の得物の拵えに使うなど・・・」

「それは、そこに居るティブロン商会からの紹介だと言って現れた人魚族の者が、拵えを施すトライデントは人魚族にとって特別な品だと告げたからだニャ。」

喚き散らすミハイルに対し応じたのは御爺々様だったニャ。御爺々様は淡々とそれでいてハッキリとティブロン商会の会頭に向けて言葉を発した。
そんな御爺々様の言葉にティブロン商会の会頭は、眉間に皺を寄せ

「依頼主が『特別な品』だと言ったからですと?それは何ともおかしなことを申されますなぁ、でしたら奔安見殿は拵えの依頼があった際に、依頼主が特別な品だと言えばそれを信じレヴィアタン街のお偉方の品に使うような素材を用いて拵えを施すのですか?それはあまりに浅慮なのではありませんかな。」

と御爺々様に食って掛かって来たのニャが、御爺々様はそんな会頭の言葉にも一切動じる事無く、

「これは異な事を、そこの人魚族は儂のトライデントが特別な品だと告げたのは、此処ティブロン商会の店先で、その場にティブロン殿ご自身も立ち会われていたではないか。
その上で、儂に一旦受けた依頼なのだからトライデントの拵えを行うようにと告げたのはティブロン殿貴殿自身であったぞ。よもやその事を忘れたとでも言うつもりかニャ?」

そう、詰め寄ると会頭もは言葉を失い、しかめっ面をして唸り声をあげ押し黙った。その事を確認したポリティスさんは大きく頷くと、

「それで奔安見殿が我らギルドに相談に来られ、たまたまギルドに入荷した大鮫蛇の楯鱗をお分けしたと言う訳だ。
だがそんな事よりも、私が問題にするのはそんあ大鮫蛇の楯鱗を使い施された拵えを、ただの鮫皮と断じて扱き下ろし、耄碌したなどと罵声を浴びせた事だ。
大鮫蛇の楯鱗は非常に硬く、拵えに使えるようにするには大変な労力を費やさねばならない、そんな奔安見殿がご苦労の末に生み出された品に、己の審美眼が無いにも拘らず愚作と決めつけ声高に叫ぶとは・・・
恥を知れ、この愚か者共が!!」

ティブロン商会の店先が振動するほどの大一喝を浴びせたのニャ。ポリティスさんの大一喝にそれまで尊大な態度を取っていたミハイルは腰を抜かしてその場に崩れ落ち、会頭も何も言い返すことなく苦虫を噛み潰したような渋い表情を浮かべ御爺々様とポリティスさんに頭を垂れたのニャ。
結局、御爺々様が手掛けたトライデントは物を知らぬ者には不釣り合いだとレヴィアタン街ギルドの名の下に没収という事になり、僕と御爺々様はポリティスさんに連れられて意気揚々とティブロン商会を後にし、御爺々様はレヴィアタン街に集う職人達を代表する名工『御大』として改めてその名を轟かせることになったニャ。
対してティブロン商会は、会頭以下扱う品を見極める事の出来ない信用できない商会という評価(レッテル)を受ける事になり、衛士長のミハイルも気位は高いものの物を知らない愚物と影で囁かれる様になったのニャ。




「ティブロン、どうするつもりだ!俺は貴様の言う通りに、奔安見が用意した武具を駄作と・・・そのせいで俺を揶揄する言葉が巷に溢れてしまうではないか!これではレヴィアタン街を我が物にすると言う大望が遠のいて・・・この失態どうするつもり、っ!!」

ポリティスや奔安見がティブロン商会を去ると、それを合図に店先に集まっていた商人や職人達も一斉にその場を離れて行ったが、その言葉に端々にのぼるのは奔安見光月への賛辞とミハイルとティブロン商会に対する落胆の声だった。
商業の街であるレヴィアタン街にその声が広まるのは火を見るより明らか事だったため、ミハイルはティブロンに対して叱責の言葉を上げたのだが、当のティブロンの顔には酷薄な薄笑いが浮かんでいたため、ミハイルは張り上げていた言葉を途中で飲み込み凍りついた。

「ふん。こうなれば・・もはや実力行使しかありませぬな、ミハイル様。」

鼻で笑うという不遜な態度を示しつつ、ミハイルに覚悟を迫る言葉を口にしたティブロンに、ミハイルは引き攣る顔を無理矢理解して、喜色の浮かぶ表情を引き攣りながらも作って『待っていた!』と言うような態度で声を上げた。

「なんだと・・・ではファレナの首を!」

「はい。それしかミハイル様はレヴィアタン街を統べる術はありませぬ。微力ながら不肖ティブロン、ミハイル様の覇業の一助に!」

「そうか!そうであるな。では早速私は我が衛兵の元に赴き準備を進めよう。ティブロンは如何する?」

「わたしは配下の船乗りたちを呼び集め、ミハイル様の動きに先駆け海より鎮守船隊のある鎮守府の動きを抑えます。ミハイル様はわたし共が鎮守府へ強襲を掛けるのに呼応し領主邸を襲い一気に領主ファレナの首を御取り下さい。」

「そうか!我が兵と船乗りたちで領主と鎮守府を押さえてしまえばレヴィアタン街を手中にしたも同然か。そうすれば、後でリンドブルム街やニーズヘッグ街が何を言ってこようとレヴィアタン街掌握の既成事実と商品物流の停止を盾に迫れば認めざる負えぬな!!」

「流石は聡明なるミハイル様。ご慧眼にございます。では・・・」

「うむ!ティブロン、励めよ。」

そう告げるとミハイルは小走りにティブロン商会を後にした。そんなミハイルを深々と頭を下げて見送るティブロンの顔には、蔑みの笑みを浮かんでいた。

 ミハイルが去り、下げていた頭をゆっくりともたげるティブロン。すると、何処に隠れていたのか魚人族の女が一人音もなくティブロンの傍らに姿を現した。

「・・首領ドン。それでは遂に始められますか?国崩しの一手を。」

ティブロンの傍らに歩み寄った女はその足元に跪くと、何かを期待する様な眼差しでティブロンを見上げ声を掛ける。そんな女の視線にティブロンはそれまで浮かべていた商人然とした顔つきを一変させて、獰猛な人食い鮫を彷彿ほうふつとさせる表情を見せてニヤリと笑い、

「出来れば、カンディルからの知らせを待って万全の態勢を整えてから始めようと思っていたが、これ以上待たせては阿呆が暴走しかねん。手綱を握っている内に始めた方がよさそうだからな。
皆に伝えろ!これより三日の後、レヴィアタン街港湾内の鎮守府を強襲し、我が街を再び我らの手に取り返す戦を始めえるとな!!」

ティブロンの宣言に女は歓喜の表情を浮かべて大きく頷くと、再び音も無く姿を消すのだった。






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