118 / 127
118 西国への旅
しおりを挟む
現在、軍師省のトップである大軍師には蒼樹の父、郭嘉益が就いており、弟の郭文立は助手となっている。今年度は志望者もおおく、軍師省の試験に合格した者が5名もいた。そのうち2名は郭家の者だ。
「さてどれだけ残るものかな」
相変わらず教官職である孫公弘は新しく入った、軍師見習いたちを値踏みする。孫公弘は人材教育に力を注いでいるため、役職としては上がることがない。教官を超えて、星羅と蒼樹が軍師の地位に就いている。
「まったくお前たちの年も豊作だったなあ。徐忠正もやめなきゃ俺の後釜の教官にしたんだが」
「確かに、忠正は教官向きだったかもしれない」
蒼樹は相槌を打つ。
「俺や、忠正みたいなやつがいないと軍師省も偏っちまうからなあ」
軍師たちは頭脳明晰で策を講じるばかりで、人間性は偏っており独特すぎるため、孫公弘のような人物がいないとまとまりも悪い。彼のような潤滑剤はここでは特に重宝された。
「俺も、星羅も偏ってないですよ」
「自分でまともっていう奴ほど……。まあ、いいや。今度二人で西国に向かってほしい」
「西国に?」
「ああ、華夏国も落ち着いたし、少し産物にも余裕ができた。以前の借りを返すのと、友好を結ぶためにな。西国の王は星羅の兄でもあるし、悪くない話だろう」
「それは喜ぶでしょう」
「そんなに長居はできぬが、行って帰ってくるだけでもお前たちにはいいだろう」
「二人でそんなに長く不在にして大丈夫だろうか」
「心配するな。太極府も今しばらくは大丈夫だと言ってるし、人材も増えたからな」
「それはありがたい」
ずっと忙しくしてきた夫婦に対して、西国への旅はいわゆる国からの褒美だ。善は急げということで素早く支度をし、西国への贈り物を用意する。華夏国の最新の陶磁器製品と、刺繍のされた絹織物、古酒、細かい細工の玉製品などを取り揃える。
古代、西国へ道のりは険しく何年もかけてたどり着いていたが、今は道が切り拓かれ、整備され交通の便も良くなったおかげで早馬であればひと月でたどり着く。多くの荷物を携え、ゆっくり行っても三ヵ月ほどで帰ってこられるだろう。
国内の治安もよく、西国につけば、そこからは西国の兵士たちが出迎えてくれることになっているので、星羅と蒼樹は数名の兵士とともに小さな隊を組んで出発する。
通りがかりの各県を訪れ、視察もするので仕事と言えば仕事だが、星羅と蒼樹にとって旅行のようだった。華夏国は東西南北にわたり広い国土を持っている。それゆえ同じ民族であっても微妙に風俗が違う。西国に近づくにつれ、言葉も変化する。
国難の際に、星羅も蒼樹も国内のあちこちを巡ったが、風景や食事など楽しむ余裕はなかった。暴動を抑え、食料を配給し、避難民を整えるばかりだった。
「西国に近づくと料理がだんだん辛くなってきたわね」
「こちらの味に馴染むと都の淡白な味付けが物足りなくなるな」
「郭家は特に薄味ね」
「刺激の強いものは、冷静さを失わせるという家訓だが、今回の冷害ではさすがに鷹の爪を良く食した気がする」
「本場の咖哩が楽しみだわ」
移り変わる景色を楽しみ、その土地の食べ物を味わった。仕事上での蒼樹の理性的で合理的な考え方や、決断の速さなどを見てきて、彼のことを良く知っていると思っていたが、衣食住に関することでは新たな発見が多かった。
西国人の朱京湖の料理を食べてきた星羅ですら、苦手だと感じる香草を蒼樹は平気で、むしろ旨いと言って食べる。南方の寝具は薄手で軽いが、蒼樹は寒がりのようで星羅を抱きかかえるように眠る。星羅の体温が高いらしく、心地よいらしい。着物の生地に目ざとく、変わった織物や染め物を見ると手に取ってじっくり眺める。かといって衣装が欲しい訳ではないらしい。長い旅は二人を仕事から離し、お互いを良く知る機会になった。
華夏国の国境を超えると西国の兵士たちが出迎えてくれていた。星羅は西国の地に降り立ち、砂漠地帯を眺める。前回、西国の地を踏んだ時は、夫の陸明樹を取り返そうとした時で、今とは全く逆の感覚だった。緊張し警戒し、鋭い刃になったような心持だった。
今回は西国の王になった兄に会う。早馬で手紙を出していたところ、国の祝宴では無理だが、うちうちの小さな宴を設けて養父母の彰浩と京湖を呼んでおいてくれるということだった。
「もうじきだな」
「ええ、もうじき」
砂塵が舞い上がる中、兄が住まう王宮のほうを星羅は目をこらして見つめた。
「さてどれだけ残るものかな」
相変わらず教官職である孫公弘は新しく入った、軍師見習いたちを値踏みする。孫公弘は人材教育に力を注いでいるため、役職としては上がることがない。教官を超えて、星羅と蒼樹が軍師の地位に就いている。
「まったくお前たちの年も豊作だったなあ。徐忠正もやめなきゃ俺の後釜の教官にしたんだが」
「確かに、忠正は教官向きだったかもしれない」
蒼樹は相槌を打つ。
「俺や、忠正みたいなやつがいないと軍師省も偏っちまうからなあ」
軍師たちは頭脳明晰で策を講じるばかりで、人間性は偏っており独特すぎるため、孫公弘のような人物がいないとまとまりも悪い。彼のような潤滑剤はここでは特に重宝された。
「俺も、星羅も偏ってないですよ」
「自分でまともっていう奴ほど……。まあ、いいや。今度二人で西国に向かってほしい」
「西国に?」
「ああ、華夏国も落ち着いたし、少し産物にも余裕ができた。以前の借りを返すのと、友好を結ぶためにな。西国の王は星羅の兄でもあるし、悪くない話だろう」
「それは喜ぶでしょう」
「そんなに長居はできぬが、行って帰ってくるだけでもお前たちにはいいだろう」
「二人でそんなに長く不在にして大丈夫だろうか」
「心配するな。太極府も今しばらくは大丈夫だと言ってるし、人材も増えたからな」
「それはありがたい」
ずっと忙しくしてきた夫婦に対して、西国への旅はいわゆる国からの褒美だ。善は急げということで素早く支度をし、西国への贈り物を用意する。華夏国の最新の陶磁器製品と、刺繍のされた絹織物、古酒、細かい細工の玉製品などを取り揃える。
古代、西国へ道のりは険しく何年もかけてたどり着いていたが、今は道が切り拓かれ、整備され交通の便も良くなったおかげで早馬であればひと月でたどり着く。多くの荷物を携え、ゆっくり行っても三ヵ月ほどで帰ってこられるだろう。
国内の治安もよく、西国につけば、そこからは西国の兵士たちが出迎えてくれることになっているので、星羅と蒼樹は数名の兵士とともに小さな隊を組んで出発する。
通りがかりの各県を訪れ、視察もするので仕事と言えば仕事だが、星羅と蒼樹にとって旅行のようだった。華夏国は東西南北にわたり広い国土を持っている。それゆえ同じ民族であっても微妙に風俗が違う。西国に近づくにつれ、言葉も変化する。
国難の際に、星羅も蒼樹も国内のあちこちを巡ったが、風景や食事など楽しむ余裕はなかった。暴動を抑え、食料を配給し、避難民を整えるばかりだった。
「西国に近づくと料理がだんだん辛くなってきたわね」
「こちらの味に馴染むと都の淡白な味付けが物足りなくなるな」
「郭家は特に薄味ね」
「刺激の強いものは、冷静さを失わせるという家訓だが、今回の冷害ではさすがに鷹の爪を良く食した気がする」
「本場の咖哩が楽しみだわ」
移り変わる景色を楽しみ、その土地の食べ物を味わった。仕事上での蒼樹の理性的で合理的な考え方や、決断の速さなどを見てきて、彼のことを良く知っていると思っていたが、衣食住に関することでは新たな発見が多かった。
西国人の朱京湖の料理を食べてきた星羅ですら、苦手だと感じる香草を蒼樹は平気で、むしろ旨いと言って食べる。南方の寝具は薄手で軽いが、蒼樹は寒がりのようで星羅を抱きかかえるように眠る。星羅の体温が高いらしく、心地よいらしい。着物の生地に目ざとく、変わった織物や染め物を見ると手に取ってじっくり眺める。かといって衣装が欲しい訳ではないらしい。長い旅は二人を仕事から離し、お互いを良く知る機会になった。
華夏国の国境を超えると西国の兵士たちが出迎えてくれていた。星羅は西国の地に降り立ち、砂漠地帯を眺める。前回、西国の地を踏んだ時は、夫の陸明樹を取り返そうとした時で、今とは全く逆の感覚だった。緊張し警戒し、鋭い刃になったような心持だった。
今回は西国の王になった兄に会う。早馬で手紙を出していたところ、国の祝宴では無理だが、うちうちの小さな宴を設けて養父母の彰浩と京湖を呼んでおいてくれるということだった。
「もうじきだな」
「ええ、もうじき」
砂塵が舞い上がる中、兄が住まう王宮のほうを星羅は目をこらして見つめた。
0
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる