失恋の特効薬

めぐみ

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失恋の特効薬

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甘い夢を見る。ノアが甘やかしてくれて、優しく体に触れて、蕩けるようなセックスをする夢。ノアに視線を向けられているのが恥ずかしくなるくらい優しくて胸の辺りがくすぐったくなる。

「───×××」

しかし彼が呼んだのは私じゃなくて別の誰かの名前だった。その瞬間意識が覚醒して起き上がる。
まだ数回しか使ってない見慣れない寝室、そして隣には突然起き上がった私に目を丸くするノアがいた。

「どうした?怖い夢でも見たか…?」

口から漏れる息が荒い。夢の内容を思い出して、自分が思って以上にノアを心の拠り所にしていたことに気付いた。彼が愛おしげに呼ぶ名前が自分でないことに衝撃を受けるほどには…

「ノア…」

「あー…ほらよしよし、怖かったな。もう大丈夫だから、ナタリア」

私がのろのろと腕を伸ばすとノアの胸が受け止めてくれて私の背中をさすって落ち着きを取り戻させてくれる。私の名前を呼んでくれるその声に安心して、涙が滲んでくる。

「ノア、もっと…名前呼んで…」

「あ、え…?ナタリア?」

「もっと聞きたい……」

ノアの服にしがみついて見上げると、彼の喉が上下した。私の背をさすっていた手が止まる。

「一体どうしちまったんだナタリア、迷子になった夢でも見たか?」

自分はハーヴィルのことが好きだというのにノアが他の人に気持ちが向いているとモヤモヤしてしまうなんて吐き気を催すほど嫌な女だ。
ノアは私を好きだと言ってくれる前からずっと優しかった。披露宴の際、言い方はどうあれみんなが幸せな空気の中誰も見つけはしない私の苦しみに寄り添ってくれたのはノアだけだった。ハーヴィルは困った人に寄り添う優しさがある、でもノアはみんなが気付かない苦しみに気付いてくれる優しさがあるのだ。ノアがいなければ私は今もハーヴィルの結婚を引きずっていたのかもしれない。

「ノア…ごめんね、ありがとう」

「いいんだよこれくらい、もう大丈夫か?」

私の謝罪とお礼の本当の意味を知らないノアは柔らかい声で問いかけてくる。私は頷いて、あまりにも優しい彼にこれ以上甘えていられないと意を決して唾を飲み込んだ。

「ノア、もう…こういう関係はやめよう」

「……………もしかして気持ちよくなかったか?」

緊張で激しく鳴る心臓から無理矢理意識を遠ざけて、覚悟を決めて言った言葉への答えはあまりにも予想外のものだった。

「あー、いやそうじゃねぇ、その…なんだ、俺なんか嫌なことしちまった?やっぱ中に出したのは傷つけちまったってか怖がらせたよな…」

あまりにも動揺させてしまったようだ。ノアは首を振って自分の行動を思い返しては深く息を吐いた。

「そ、そうじゃなくて!その、私…ノアの優しさに甘えてばっかりで…自分が許せない。ノアの好意を利用して、体の関係に溺れるなんて…」

「…そんなことか、俺としてはそのまま溺れて離れられなくなってくれてもいいんだけど」

「そんなの絶対ダメ!!!!!」

ノアは気楽な様子で笑うが、私は自分の意思を尊重するためにも力強く断る。これ以上甘えてしまったら私自身が自分のことを今以上に嫌いになってしまう。

「分かったよ、だがな。俺に気持ちを諦めろってのは無理な話だからな?」

「う、うん…」

ノアは深いため息をついて私の頭を撫でる。慰めてもらった立場ゆえ申し訳なさが募った。

「あー…ったくそんな顔すんじゃねぇよ。こっちも踏ん切りつかなくなっちまう。俺だってお前の優しさに甘えて、離れがたくなっちまうだろうが。」

ノアの腕に少し力が入って私の体を密着させるように抱き寄せた。

「まぁ確かによ、慰めてやるって言われた男に突然好意まで向けられちゃ困るよな。そういうの抜きなドライな関係だからこそ慰められやすいってのに。」

「困る、とかそういうのじゃないの…、だから困るっていうか…」

「さっき見た夢…なんか関係してるのか?俺の名前呼んでくれてただろ?」

夢を占めていた大半はえっちをしていたのでその様子を聞かれていたと思うと顔が熱くなる。

「声からなんとなく思ったんだけどもしかして俺とセック───」

「わぁああああああっ!!!!!」

「図星か」

ノアは悔しいくらいニヤニヤと私を見下ろしている。現実でも散々抱かれているのに夢でも抱かれていたなんて欲求不満みたいで恥ずかしくて仕方ない。

「んで…夢の中で俺が何したってんだ。怖いことしてきたのか?」

「うぅ……怖いっていうか、その……ノアが私じゃなくて別の女の人を見てるみたいな……」

夢の内容を思い出してぼそぼそと話し始める。ノアは目を丸くして、まじまじと私を見つめた。

「は、え……待て待て待て、どういうことだそれ」

「その、私とシてるときに別の人の名前を呼んでたっていうか…」

ノアはぽかんとした顔を浮かべていたが次第に口を手で覆って私から顔を反らした。

「いや、そうじゃなくて…その、その夢見て…妬いてくれたのか?」

彼の珍しい赤面に驚く間もなく、私も伝染するように頭の先から足先まで一瞬で全身に熱がめぐるのを感じた。恥ずかしくなって顔だけではなく、背中を向けて彼から逃げる。しかしノアは逃げる私を追うように背後からピッタリと横向きに体を寄せた。

「ははっ…そうか、そりゃいい。にしても夢の中の俺はひでぇ男だな。お前を抱いてる時はお前のことで頭いっぱいだっつうのに」

「ぁああああっ!!いまのっ!今のナシ!!!!!」

「お前も俺のことで頭いっぱいになりゃいいのに」

ノアはわざと私の耳元で囁いて、体の芯がゾワゾワと震える。セックスのとき私のことで頭がいっぱいだなんて言われたら照れ臭いに決まってる。ノアの大きな手が私の肩を優しく撫で、体の熱がどんどん上がっていく。

「もう俺にしとけ。居もしない女にやきもち妬くくらいには俺のこと気になってくれてんだろ?」

ノアの脚が絡まって肩の辺りに彼の息づかいを感じる。ふわりと鼻孔をくすぐるタバコとシトラスの香りが心地いいものだと私の中に刷り込まれていてすぐに逃れる術が思いつかない。

「の、ノア…こういうのは…」

「そうも可愛いこと、好きな女に言われちまえば…男としては攻めに攻めたくなるだろ?」

ノアの手を取るのは簡単だろう。変に気を使わなくてもよくて、私を好きでいてくれて、おまけに体の相性もいいときた。きっと幸せになれる。だけど…

「ただでさえ恋で傷ついたことのあるノアにこれ以上傷つくかもしれないリスクなんて負わせられない」

「ったく、変なとこ頑固で優しいんだな…お前は」

ノアは呆れたように笑って私の首筋に顔をうずめた。彼の息がくすぐったくて、思わず身を捩る。こうして触れ合うのも、慰めてもらうのも、本当にこれで最後だ。

「ごめんね…」

「謝んじゃねぇよ。これからお前が俺を好きになるよう俺が頑張りゃいい話だ。まだ諦めるなんて選択肢はねぇぞ?ほら…まだ夜遅ぇし、とりあえず今は寝とけ」

ノアはずれた布団をかけ直して、その体勢のまま眠りについた。彼は優しい、優しすぎる。だからこそこの優しさにまた甘えてしまいそうになるのが怖い。
彼の体温を背中に感じながら、私はゆっくりと目を閉じるのだった。

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