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失恋の特効薬
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しおりを挟むいい匂いがして目が覚める。フライパンで何かを焼く音、食欲をそそるバターの香りがキッチンの方からして目覚ましとなっていた。ベッドから起き上がってのそのそとその方へと歩みを進めていくとTシャツにトランクス一枚のノアが慣れた手つきで朝ごはんの準備をしていた。短くなったタバコをギリギリまで吸って灰皿に押し付けると、その視線の先にいた私にようやく気がつく。
「おはよう、起こしちまったか?」
「ううん、大丈夫…美味しそうな匂い…」
キッチンを覗き込むとほうれん草と卵のスープ、フライパンにはバターが香る半熟のスクランブルエッグ、盛り付けられたお皿にはサラダやフレンチトーストが乗っている。
「すぐできるからな、飲み物だけ準備してくれるか?」
「うん」
冷蔵庫から牛乳と、食器棚からコップを出してダイニングテーブルの上で注ぐ。ノアの方もお皿の盛り付けが終わりそうだったのでその横でスープを深いお皿に盛って一緒にダイニングテーブルへと持っていった。
「ホテルの朝食みたい」
「大袈裟だ」
ノアは照れ隠しに笑っていたが他の人の家に泊まってこんな朝食出たことなんてない。いつもは朝食は食べない方だがこんなに美味しそうなものを出されてはつい涎を飲み込んだ。
「大したもんじゃねぇが、食ってくれ」
ノアは私の席の椅子を引いて、反対側の席に腰掛けた。改めて朝食を眺めて、フォークを片手にまずはスクランブルエッグを一口食べる。半熟の卵がバターとよく絡み合って、塩加減もちょうどいい。
「口に合ったのなら何よりだ」
私の顔を見ただけで感想が分かったのか、ノアは鼻を鳴らしながら笑って私の顔をじっと見つめた。その視線に緊張しつつも自分の空腹感には逆らえず次から次へと朝食を口に放り込んでいく。
「どうだ?俺と付き合ったら毎日…朝昼晩メシ作ってやれるぞ?ハーヴィルには敵わんがそこそこ美味いメシだと自負してんだが」
そこそこなんてものじゃない。料理がうまいのはもちろん、何度か食べたことがあるから分かっていたが…毎日朝からこんなに美味しいものが出てくると思うと、正直揺らいでしまう。
「いや、でも太りそう…」
「そこは栄養偏んねぇようにするし、なんならその分夜にたっぷり俺と運動すりゃ…ブフッ!!!!!」
ノアのその言葉に含む意味を察して真正面から顔面に拳を叩き込んだ。
「痛ぇ……ったく、冗談だっての。」
ノアは赤くなった鼻をさすりながら軽く笑って自分の分を食べ進める。私はそんなノアを睨みながら黙々と朝食を平らげていった。
「それはそうと…ノアは料理人の割に随分筋肉質だよね。どこでそんなに鍛えてるの?」
「家系的に筋肉がつきやすいってのもあるが…たまには食材取りに森ん中散策するし、家でできる程度のことだがたまに鍛えたりはしてる。40前だしそろそろ太りやすい時期になるからな」
「なるほど……」
「それに料理人ってのも結構体力勝負だし、そこでも意外と筋肉使ってるかもな」
思い返すと数十キロはしそうな肉の塊や小麦の袋、野菜でいっぱいになったカゴを運んでいる姿をよく目にしていた。確かにあれは体力勝負だろう。
スープをスプーンで掬う腕は私より二回りは太く、筋肉で血管が浮いている鍛えられた男の腕だ。こんなに逞しい腕が労るように私の頭を優しく撫でるのだから不思議なものだ。
「なんだ、細身の男の方が好みか?」
「い、いや…筋肉質な方が好きだけど…」
「そりゃ良かった」
全て食べ終わったノアは食器を重ねて椅子から立ち上がってキッチンへと運んでいく。私の横を通る時ごく自然に唇にキスを落としてくる動作があまりにも自然で私は思わず固まってしまった。
「ごっそーさん」
「な、なな…何っ!?」
「昨晩も言っただろ?あんまり思わせぶりなことされちゃ…攻めに攻めたくなるってよ」
コンプレックスと言えど至近距離で見る彼の顔は絶景だ。この至近距離で彼の顔をじっくり見ることなんてないのでつい見惚れてしまう。
「そう無防備だと不安になるな…早く俺の女になってくれりゃ安心なんだが」
右側の口端を上げて不敵に笑いながらまた数回に分けて口付けが落とされる。ノアとのキスは本当に気持ちよくて、舌が絡まれば脳髄が痺れてすぐ意識も体も蕩けてしまう。
「んじゃ…あとはゆっくり食えよ」
不意に突然唇を離したノアはそう言って、意地悪な笑みを浮かべながらキッチンへ歩いて行く。中途半端に熱を持った体に恥ずかしくなって、それ以上ご飯が喉を通らない。私はさっきキスをされたときこの後のことを考えてしまっていた。もしかしたらこのまま抱かれるんじゃないかと期待に胸を膨らませていたのだ。
自分からそういうことはやめようと言ったくせにあまりにも弱い自分の意志といやらしさに頭が痛くなる。
「なんだ、もう腹膨れたか?」
「ヒ───────ッ!?!」
「痛゛ッ!?」
背後から声をかけられて体が大袈裟なくらい跳ねて変な声が出る。ノアにぶつかるのも意識が向かないままそのまま立ち上がって玄関へと真っ直ぐ進んでいった。
「あっ、おいナタリアっ!?どうした、突然」
「よよよよよよ、用事!用事思い出した!!!!!ごめんまた今度ね!」
持ってきていた鞄を掴んで早々にこの場から逃げ出す。驚いているノアを横目に追い付かれないよう全力で駆け抜けるのだった。
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