かわいいあやかしと残念強いお兄さん

ウィル・テネブリス

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こんにちは、赤いお狐様

赤い狐のお兄さん(デカケツ高身長メス男子)

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「……………妖怪?」
「……うん、キミを驚かせたくないんだけど、ボクたちは妖怪なんだ」

 ぶっとんだ24年分の人生の末にまたぶっとんだものが見えた俺は不安に尋ねるも、本人は困り顔で教えてくれた。
 本物の妖怪だってさ。ふざけんな。
 さっきの奴らだってなんか運命的なあれと反射反応でぶちのめしてしまったが、あの変な手品っぽいのもマジだってか?

「えっと、さっきの炎とか氷とかも見たよね? あれも妖術っていうもので、妖怪が使う魔法みたいなものなんだけど……」

 安らかに休むチャラ男ども(死んでません)と目の前を思わず見比べるが、狐のお兄さんはいそいそ手を構えた。
 何かをふつふつと優しく唱えると、手のひらの上にぼっ、と青い炎が浮かび始めて――

「……24年生きて無色になった挙句、オカルトと巡り合うとか終わってんな俺の人生」

 なんだかぶっとんだ光景に思わず変な笑いが出た。諦めてるほうのだが。
 すげえのは分かったよ。こんなへんてこな人生よりも毒親抜きのニートにならない人生を歩みたかったよ俺は。

「……ね、ねえ? キミってさ、ボクたちのこと……驚かないの?」

 ――どうしろっていうんだよ。
 そう神社の段差に腰をかけると、着物姿の妖怪さんとやらはととと、と寄って来る。
 残念だがこんな現実離れしたもの、深淵(具体的には社会の闇)を人生一回分味わったことに比べればゴミだ。

「お前が妖怪だろうがポケモンだろうがアノマリーだろうが俺の抱える闇には勝てないさ……」
「……キミ、なんか嫌なことでもあったのかな?」
「現在進行形だよ畜生」

 現状を整理しようとすると、そばに赤い狐のお兄さんがそっと腰をかけてきた。
 ともかくだ。今俺はどうなってる?
 山菜をとりに来てはぐれて、なんか変な奴らに遭遇したと思ったら妖怪だって?
 俺が肝が据わったやつで良かったな、普通だったら発狂して森の中でエンドレスマラソンしてるところだぞ?

「えと、それでね? 今キミとボクたちがいるのは、人の世じゃないんだ」

 するとそいつは隣でたどたどしく話してきた。
 人のいるべきではない場所みたいな物言いだ。つまりなんだ、運悪くそんなところに踏み込んじゃったってか?

「――そうかあの世か」
「死んでないです……。そうじゃなくて、ここはボクたち妖怪が住まう領域なんだ。この神社がその境界線なんだけど……」

 死後の世界かと思ったが違ったみたいだ。
 赤いお兄さんは片目の隠れた髪をなびかせながら、ゆっくり起き上がる。
 着物に浮かんだ肉付きのいい形が揺れていた。見た目はきれいなイケメンなのになんかすっごいデカケツだ……。

「そうか、じゃあとっとと現世に帰してくれ。もうオカルトとかいいから文明人に戻りたい。家帰ってレイドいってタスク終わらせたい」
「……えっと、それなんだけどね? キミは妖怪の世界に深く入りすぎちゃってるんだ」
「好きで深入りしたわけじゃないってことだけは理解してくれ。それで? まさか帰れないとか言わないよな?」
「だ、大丈夫だから落ち着こ? だからね、自力で帰るにはここに偶然来ちゃったのと同じ感じで、偶然帰り道を見つけないと出られない。そういう状態なんだけど……」
「落ち着ける要素は?」
「ボクたちの住まう妖怪の里に来れば、長老たちに帰り道を作ってもらえるよ。あ、本当だからね? 別に狐だからって騙したりしてるわけじゃないよ……?」

 振り向いたそいつと顔を合わせながら話すと、どうにか帰宅方法までこぎつけることができた。
 背もでっかいしイケメン系の顔立ちのくせに人と話しなれてない感じがするが、どうであれ答えは教えてもらったわけだ。

「よくわかった。俺は偶然ここに迷い込んで、自分の足で帰るのもまた偶然に頼るしかない。んで帰り道を作ってくれる奴がいるんだな?」
「……う、うん。えっと、ご、ごめんね? ほんとは、助けてくれたお礼にボクが帰り道を作ってあげたいんだけど、弱い妖怪だから……」

 妖怪だとか長老だとかいろいろな言葉が飛んできて頭が重い。
 まあ現状こいつに頼るしかなさそうだ。分かったよ、お前をアテにすればいいんだな?

「……最後に一つ質問、お前ら何してたん?」

 俺は腰から水筒を抜いて一口含みながら尋ねた。
 青空を日光を浴びて静かに横たわる(死んでません)三人組についてだ。
 あいつらも妖怪だっていうなら四人で何してたんだって話だが。

「…………あ、あの人たちに乱暴されてました…………」

 ものすごく恥ずかしそうに、尻尾もそれっぽく振りながら小さく答えてきた。
 おかげで見る目が変わった。こいつらマジか。
 こんなところまで迷いこんだ挙句に妖怪が妖怪襲って野郎同士で――情報量多すぎるわボケ!

「うんよく理解した、もうけっこうだありがとう。じゃあさっさとその妖怪の里とやらに案内してくれ」

 俺の考えが正しければそこでダイナミック日向ぼっこ(死んでません)してる連中みたいに男色好む類の連中がいるんだろうか、その里は。
 でも背に腹は代えられぬってやつだ。俺が無事に帰宅するにはもうそれしかない。
 スマホ見たら母さんが『ものすごく寂しそうに去っていく熊』を撮影して送ってるぐらいだ、もう自力で生き残るのみだ。

「……う、うん! じゃあ一緒に行こっ?」

 そう言うと、唯一頼れるそいつはなぜだか嬉しそうに手を伸ばしてくる。
 真っ白な手だ。男性的なものが一切感じられないし、見るだけで暖かそうな質感があった。
 掴むとやっぱり温かい。ふんわりしてて、それでいてご本人は狐耳と一緒ににっこりしてる。

「俺は水鳥水深(みなどりみさご)だ、案内よろしく」
「ボクは妖狐の赤月シズク。こちらこそよろしくね、みさご君♡」

 背のおっきなお兄さんの手を頼りに起き上がった。しかしなんというか、向けられる笑顔が眩しい。
 イケメン面の上に浮かぶ女性的な包容力が妖しい魅力を作ってるというのか。
 しかもその張本人は人様の手を大事に大事にぎゅっとして捕まえているんだぞ。距離感掴むの下手だこいつ。

「……ふふっ、キミってすごいなあ? 普通、ボクたちを見たら驚いたりするのに……」

 ふりふり動く尻尾と共に、シズクと名乗った狐お兄さんは微笑んできた。
 そこに「そりゃ24年間地獄見たからな」と反射的に返したくなったが、あまりの輝かしさに途切れた。

「驚き続きの人生だからほっといてください……」
「……な、なにかあったのかな……?」
「初対面の相手に話すには質量がデカい話だ。それより――」

 うきうきのままどこかへ連れていかれるところだったが、俺は足を止めた。
 「どうしたの?」と狐耳と一緒に赤いそいつが首をかしげるも、俺たちの視線の先にはちょうどさっきの連中がいて。

「こいつらどうする?」

 太陽の温かさと秋風の冷たさに微妙な顔のまま安らぐ(死んでません)チャラ男たちが気になった。
 シズクは「ええと」と手をぎゅっとしながら少し悩んできた。

「……その人たちだけど、ほ、ほっとくのはまずいよね……?」
「いや、俺の質問はふんじばっておくべきかって話だ」
「縛っちゃうの……!?」

 風邪ひきそうな面構えが三名並んでるが、この狐お兄さんはどうするつもりだったんだろうか。
 俺? バックパックからダクトテープ取り出して「縛るか?」と見せつけた。ところが首をぶんぶん振って否定される。

「妖怪だろうがなんだろうが人様を襲った時点で敵だ、だから縛るつもりだったんだけど」
「さ、流石に可哀そうだよ……! た、確かにボクのこと襲った人たちだけど、何か嫌なことでもあってあんなことをしたのかもしれないし……?」
「そんな理由で赦してたまるか!? よしちょっと待ってろ!」

 ところが本人はレイプ未遂を許してしまいそうな具合だ、頭どうかしてんのか?
 たとえこいつらがムラムラ爆発してたまたま野郎を襲った訳あり狐耳族だとしても許す理由はない、ということで。

「おい、起きろ」

 シズクの手を放して、横たわる金髪どもをぺちぺちした。起きない。
 死んだかと危惧したがやがてぱちっと目を覚ました。良かった、携帯スコップで穴を掘らずに済んだぞ。

「……う、ぅう……なんだ……?」

 そして真っ先に黒髪の狐耳が目を覚ます。
 容態が安定したのかすぐに起きたようだが、目が合うなり「ひっ」とうしろ向きに地面を這っていく。

「うっ、わ、あ、す、すいませんしたぁぁぁ……!?」
「落ち着け。いきなりよくわからない技かまして悪かった、とりあえずそこに正座しろ」
「えっ、あ、はい……」

 今にも土下座を始めそうだが落ち着かせた。
 「のめ」と水筒を渡すと静かに飲んだ。本当に言葉通りに正座を始めてびっくりだが。

「ほらお前も起きろ」
「あ゛っ……いっっでえ……!? うわっで、出たッ!?」
「妖怪かなんかか俺は、落ち着け、そして暴力振るって悪かった、そこに座りなさい。あとこれお詫び満足バー」
「あ、はい……」

 茶髪の狐耳も起こした。
 大丈夫かと一本満足バーを差し上げるとものすごく困惑しながら食ってくれた。こいつも正座してくれた。

「おい、大丈夫か金髪の」
「おあ゛っ……!? な、なんだてめ……うわぁぁぁ!?」
「いいですか、落ち着いて聞いてください――いきなりテイクダウン決めて悪かったマジで。とりあえずそこに座ってくれ、なんかおやつ食べる?」
「あ、はい……どうも……」 

 金髪もちゃんと生きてた、良かった。
 秘蔵のクッソ高い桃グミを分けてやった、戸惑いながら食いつつやっぱり座ってくれた。

「いいか、お前らの性的嗜好はどうだっていいけど野郎三人で寄ってたかって乱暴するのはもうやめろ。みっともないぞ」

 律儀に座ってくれた三人に手短にそう伝えると、「うっす……」と仲良く頷いた。お菓子を食いながらだが。
 しかしやっぱりシズクと同じなんだろうか。耳がぺたっと座って犬さながらに気分を象徴してる。
 「何してるのキミ」と言いたそうに後ろでシズクがぎゅっとしてきた。
 でもなんてことはない、二度目の予防なだけだ、これがだめなら楽しく合法的に物理属性をぶっ放すだけだ。

「ちゃんと謝りなさい、ほらごめんなさいは?」
「すいませんした……」
「ごめんなさいっす……」
「もうしないんで許してください……」

 ……思いのほか素直に謝られてしまった。
 すっかり萎縮した三人を見てるとなんだか思い当たるフシがあった。YouTubeで見た申し訳なさそうにするわんこのあれだ。
 シズクはたじたじしてるがこれでいい。現代で嫌なやつにぶちかまそうものなら警察と弁護士あたりが飛んでくる技をかましたんだ、これで丸く収まったわけである。

「よし、野に帰れ妖怪ども。もうこんなことするんじゃないぞ」
「あ、あざっす!」
「ほんとに気を付けるんで!」
「や、やべえよあいつ妖怪狩りかなんかじゃ」

 ……狐耳のお兄さんどもはぺこぺこしながら森に消えて行った。
 と思ったら「あ、ゴミお願いします」と空になったお菓子の袋を律儀に戻してきた。ついでに丁重に水筒も返されてまた消えた。
 これで後腐れなく(もしまた相まみえたら物理で挨拶するが)先へゆけるわけだが。

「……キミ、すごいなあ。あの人たちをやっつけちゃうなんて……」

 ひと騒ぎが去っていくと、またぎゅっとシズクが手を握ってきた。
 見上げれば柔らかい顔立ちが興味深そうにこっちを覗いてた。目が合うとくすっ、とその口元が緩んだ。
 それから引っ張られた。嬉しそうにふりふり揺れる尻尾のもと、赤い狐耳のそいつは森のどこかへ案内を始める。

「母さんから敵には容赦するなって教わったからな」

 一体俺はどこへ連れていかれるんだろう?
 神社を離れてその後ろへ、ますます奥へと連れていかれる気がするが。

「……そ、そっか……? あ、アグレッシブなお母さんなんだね~……?」
「ああ、あいつらがもっと悪そうな連中だったらもっとすごい技決めてたかもしれない。人間ヌケボーって技だ」
「人間ヌケボー……!?」
「相手の背中を蹴って乗って、そのまま地面をずさーっと……」
「……ねえ、キミってその、妖怪を退治しに来た人間とかだったりしない?」
「人生失敗したただのニートだ」
「えっ」

 ……とにかく、シズクは手を引いてくれた。
 振り向けば神社は木々に隠れて見えなくなってた。ますます文明から遠ざかっていく気はするが、もうどうにでもなれってやつだ。


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