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第六章 別離
六
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「ところで、どこで英語を勉強したんだ?」
「あの、ちゃんと通じていますか?」
「もちろん。ここまで話せる日本人はなかなかいないよ」
自分の英語が通じることがわかり、天音もほっとした。
「実は九歳まで、倫敦に住んでいました。母は日本人ですが、父は英国人です。俺の本名はアーサー・セシルと言います」
「ほお」
バークリー大使が興味ありげに目を輝かせた。
「そのことも聞いておかなければならないな」
「はい」
天音は促されるまま、日本に来ることになったいきさつを語った。
話し終わったとき、胸元からロケットペンダントを取り出した。
「この人が父かどうかはわからないのですが、亡くなった母が肌身離さず持っていたものなんです」
「見せてもらってもいいかい?」
「どうぞ」
天音がロケットを手渡すと、大使はしばらくその写真を眺めていた。
「もしかして、この人物か、その紋章に心当たりがおありですか?」
大使は首を横に振った。
「いや。ただ、この紋章は気になるな。良ければ、少し預からせてもらってもいいかな。写真を撮って調べてみよう」
「そうしていただければ、ありがたいです。自分の出自を知りたいと思っていますから」
大使はチャールズにロケットを渡し、紅茶を一口飲むと、天音に視線を向けた。
「さて、君のこれからのことだ」
「はい」
「先ほどの話からすれば、君は英国人ということになる。私としては、英国に戻るべきではないかと思うが」
「えっ、英国に戻れるのですか?」
「ああ。そもそも、吉田伯爵がまだ幼い君を日本に連れてきたことが問題なのだから」
大使は微笑み、頷いた。
英国に……
天音は急に目の前の視界が開けた心持になった。
実現するまでに数えきれないほどのハードルを越えなければ、と思っていた渡英。
それがにわかに現実のものとなるのだ。
でも、日本を離れたら、桜子と二度と会えなくなるかもしれない。
「このまま、日本に滞在することは不可能なんですか」
「いや、お母さんが日本人なのだから、それも可能だ。だが、このまま日本にいるよりは、英国で暮らす方が良いと思うが。後ろ盾のない君は就職もままならないのではないかな」
「少し考えさせていただいてもいいですか」
「ああ、そうだな。できれば、2、3日のうちに返事がもらえるとありがたい。来週、チャールズが帰国することになっているから。君も彼の助けがあった方がいいだろう」
「わかりました」
天音は深々と頭を下げた。
***
そして、その翌週。
天音は船上の人となった。
横浜港を出港してからしばらく、甲板に残り、遠くなりゆく港を眺めていた。
心に浮かんでくるのは、桜子のこと。
どれほど自分のことを心配しているだろう。
そのことを想像すると胸が痛くなる。
どうにか彼女に自分の無事を知らせることができないか、と出発前、大使にも相談した。
だが、直接訪ねることはもちろん、手紙を書くこともやめたほうがいいと諭された。
天音の無事を知り、伯爵家の方で、例えば訴訟を起こすことでもあれば、状況が難しくなるだろうからと。
とにかく、英国の地を踏んだら、一刻も早く仕事を見つけなければ。
そして、いつか必ず桜子を迎えに日本に戻る。
あの日、銀座の教会で約束したように。
困難は百も承知だ。
でも、諦めなければ、きっといつか叶えられる。
そして、桜子はきっと待っていてくれる。
英国に行くのは、桜子を妻とするためのステップだ。
天音は、そう自分に言い聞かせた。
「あの、ちゃんと通じていますか?」
「もちろん。ここまで話せる日本人はなかなかいないよ」
自分の英語が通じることがわかり、天音もほっとした。
「実は九歳まで、倫敦に住んでいました。母は日本人ですが、父は英国人です。俺の本名はアーサー・セシルと言います」
「ほお」
バークリー大使が興味ありげに目を輝かせた。
「そのことも聞いておかなければならないな」
「はい」
天音は促されるまま、日本に来ることになったいきさつを語った。
話し終わったとき、胸元からロケットペンダントを取り出した。
「この人が父かどうかはわからないのですが、亡くなった母が肌身離さず持っていたものなんです」
「見せてもらってもいいかい?」
「どうぞ」
天音がロケットを手渡すと、大使はしばらくその写真を眺めていた。
「もしかして、この人物か、その紋章に心当たりがおありですか?」
大使は首を横に振った。
「いや。ただ、この紋章は気になるな。良ければ、少し預からせてもらってもいいかな。写真を撮って調べてみよう」
「そうしていただければ、ありがたいです。自分の出自を知りたいと思っていますから」
大使はチャールズにロケットを渡し、紅茶を一口飲むと、天音に視線を向けた。
「さて、君のこれからのことだ」
「はい」
「先ほどの話からすれば、君は英国人ということになる。私としては、英国に戻るべきではないかと思うが」
「えっ、英国に戻れるのですか?」
「ああ。そもそも、吉田伯爵がまだ幼い君を日本に連れてきたことが問題なのだから」
大使は微笑み、頷いた。
英国に……
天音は急に目の前の視界が開けた心持になった。
実現するまでに数えきれないほどのハードルを越えなければ、と思っていた渡英。
それがにわかに現実のものとなるのだ。
でも、日本を離れたら、桜子と二度と会えなくなるかもしれない。
「このまま、日本に滞在することは不可能なんですか」
「いや、お母さんが日本人なのだから、それも可能だ。だが、このまま日本にいるよりは、英国で暮らす方が良いと思うが。後ろ盾のない君は就職もままならないのではないかな」
「少し考えさせていただいてもいいですか」
「ああ、そうだな。できれば、2、3日のうちに返事がもらえるとありがたい。来週、チャールズが帰国することになっているから。君も彼の助けがあった方がいいだろう」
「わかりました」
天音は深々と頭を下げた。
***
そして、その翌週。
天音は船上の人となった。
横浜港を出港してからしばらく、甲板に残り、遠くなりゆく港を眺めていた。
心に浮かんでくるのは、桜子のこと。
どれほど自分のことを心配しているだろう。
そのことを想像すると胸が痛くなる。
どうにか彼女に自分の無事を知らせることができないか、と出発前、大使にも相談した。
だが、直接訪ねることはもちろん、手紙を書くこともやめたほうがいいと諭された。
天音の無事を知り、伯爵家の方で、例えば訴訟を起こすことでもあれば、状況が難しくなるだろうからと。
とにかく、英国の地を踏んだら、一刻も早く仕事を見つけなければ。
そして、いつか必ず桜子を迎えに日本に戻る。
あの日、銀座の教会で約束したように。
困難は百も承知だ。
でも、諦めなければ、きっといつか叶えられる。
そして、桜子はきっと待っていてくれる。
英国に行くのは、桜子を妻とするためのステップだ。
天音は、そう自分に言い聞かせた。
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