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結婚と妊活計画

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午後2時からのワイドショウのライブ会見を見た。学部長、病院長、教授が 記者会見場にそろって現れた。 病院長から現在も本人が緊急のオペ中であることが報告された。海外記者も含め沢山の質問や賛辞が寄せられる。  院内の職員もほとんどがこの会見を見ていた。


病室でテレビを見ていると、電話がかかってきた。


「はい…! タダシっ」

「姉ちゃんっ、俺な 春休み東京行くでぇ~
“アニキ” に話しあるんやっ」


「なっ 、なにぃ」

   〝 ガチャッ 〟


ツ―――――――

(…アニキって )


「サヤカっ!」

「ミッチィすごい! やったね~超玉の輿じゃん、悔しいけど私の負けだわ   エロ格好いい先生に宜しくねっ! 私鼻が高いよ」

……

「おっ、ミチルかっ」


「おっ お父さんっ」


「ヒカル君に伝えてくれっ! いい息子を持てて幸せだとなっ…、じゃな…」

〝 ガッチャ 〟

ツ―――――――

(タダシと一緒だ)


「ミチルかぁ…」

(おっ、お祖母ちゃん)

「ええお婿さんもろうて、よかったなぁ…ほんまに  お祖母ぁちゃんうれしわぁ…ヒカルさんにはようお式挙げてもらいや…」



そんな騒動が数日続いた。



当の先生は…

“ ヒィーヒヒ―イ―ッ  ガハハハハァ― ”


毎晩、夜遅く病室に人目を忍んで来ると、録画しているお笑い番組を見るのが騒動以来の日課になっている。

(よくも、張り込みのリポーターに捕まらないで逃げていられる)

しかし、病棟では 再三再四、看護士から消音の注意を受けても改めた試しがない。


「先生ったら、いい加減にしたら」

私は敢えて、帰国からの騒動の話しは避けてる。



「はい はいっ」


いつもはソファーベッドを組み立てるのに……



  〝  ドックン…〟


「今夜は一緒に寝るかっ?」

「マジっ⁉︎ 」

私はこの提案に飛び付いた。  最近の騒動で先生は、外来診察や手術以外はほとんど院内の准教授室で 論文やら医療雑誌の原稿に没頭して世間から姿をくらましていた。  日中も一般患者やその家族の目に止まらないように、  用心して病棟にも夜間遅くにしか寄れない状態が続いていた。


先生の腕の中に潜る。先生の懐の中は安心する…


「おい…、ぼちぼち入籍するか?」

私を懐深く抱き寄せながら 私の頭越しに先生の発語音が響いてきた。

「ひえぇっ」


「なんだよ…その “ ヒェッ ” て?」


「 だって…いきなり何ぃっ」

私の髪を撫でつけ 唇を落としながら、

「宗方先生から 話しは聞いた…」


   〝 ドキンッ 〟

(もう伝わるぅ?  早っ! )

先生の懐で小さく怯える…


「ガキが 欲しいんだって?」


 コクンと  何度も頷く。 緊張して  声がでない……。


「じゃ…先に入籍だろ…」


 ( けっ、結婚っ )

   
「俺の国籍なんだが…二重国籍だったんだ  俺も、すっかり忘れてたんだが…面倒くせぇから アメリカ国籍一本にしようか…」


「えっ、えっ、え―っ!いきなりアメリカ人なのぉ⁉︎ 」


(どぉすんの  なっ、なんでぇ~ )


せっせんせっ――謎が多すぎるぅ!


先生は、28歳でアメリカに渡った時、留学先の研究所が永住権取得を薦めてくれていた。  その5年後に、市民権が認められアメリカ国籍取得に至った。  アメリカは重国籍については寛容だが日本では 許されていない。  先生が帰国後、日本国籍の出し入れに忙しいまま米国籍を放置していた。黒崎籍に入って、結婚後、離婚し  やがて単独の黒崎籍で 落ち着いた時には、アメリカ国籍の事など すっかり忘れ、その後の多忙さが幸いした。米国籍は、残っていた………。


私達のピロートークはゆっくり深夜まで続く…。

「先生…日本国籍では駄目なの?」


「どっちでも、お前が好きな方を選べばいいさ…俺は今までも 重国籍で何の不自由もないからな、4月には大学復学したいだろ?」



「…………」


先生の胸元のパジャマを握り締めうつむく。


( 先生は 私の気持ちわかってないっ )


「ううん!  先生の赤ちゃんが欲しいのよっ!  いい奥さんに絶対なるっ」


「ふ~ん…じゃ 検察官は諦めるか?」

「ううん!違うっ!それも諦めたくない  、子育てしながら挑戦するよっ」


「子育てと学業か……」

先生はケタケタ笑う。

「欲張りだなぁミチルは、  元々要領の悪い ガリ勉だったんだろ?…」


「……」

痛い所を突いてきた。ちょっと拗ねたそぶりで、膨れてみせた。


「子育ては、まあ…できそうだよな、タダシで実証済みだ…いい母ちゃんになると認めてやるよ」


( この人…は何か謎掛けしている )

愉快そうに話す。


( 今度の謎は…何?)

「今のおまえの体調と、のぞみを考えたら、アメリカ国籍の取得しか選択肢はないぞ…」


「???」

 
その時私は、法律を勉強していたにも関わらず、先生が何故国籍にこだわっているのかさっぱりわからなかった。


「家族に結婚の報告と、アメリカのアジトの手配だなあぁ♪」

先生は楽しげに独り言を言う。


 ( アジトって…? )

「ちっ、ちょっとぉ 先生っ 、大学は?  病院はぁ?」

 ( まさか、いきなり辞めるとか…無しだよっ⁉︎ )


「辞めるかっ ♪  この際ーなぁ~、面も割れて自由がきかくなってきたし…」



「 はぁ――っ‼︎ 」

( ほら出たっ…また出鱈目人生論 )

「あのぉっ~ 私 、さすがに無職の方と 危険な橋を渡るようなデンジャラスな人生に 手出しできませんから! お休みなさいっ」


先生に背を向ける。先生はいつまでもケタケタ笑っていた。この時の先生は、新しい事に挑戦出来るのがよほど嬉しかったのかも知れない。

翌日は、主治医から退院前の注意事項の説明を受けた。その日の午後、宗方先生が、わざわざ病室に来てくれたうえ、普通、准教授や教授が退院説明はしない。   患者がよほどのVIPなら話しは別だろうが。


「さて…黒ちゃん、決まったかい?」


いきなり、私にわからない会話が飛び交う。

「 その余り推奨出来ない “  提案 ” だが、俺はなかなか良い案だと思う…、ちょうど向こうから仕事の話しも来てることだし…」


「ほう…」

宗方先生はニヤニヤ笑う。


「先生っ、その顔!また悪企みしてるだろ⁉︎……」


「いやね…リノちゃんと賭けてたんだ」


先生は自分で自分を指差す。


「はぁ―ん…もしかして、俺をダシにした?  先生も人が悪いなぁ…」


「僕が ‘黒ちゃん’ は教授選出ないよ って言ったら、彼女が意固地になっちゃってねぇ…出る 出ないで賭ける事になったわけ…」


「ヘヘェ~  ふぅーん…で――ぇっ、先生の勝ちって、わけだ!ご褒美が……、なんて野望なことは聞きませんよ…」


先生は昨日からずっと機嫌がいい。  宗方先生は私を真剣な眼差しで見つめながら


「綾野さん、あなたへの ‘提案’ ですが、[代理母出産]ご存知ですか?」


「えっ、…ええ――っ!」


宗方先生は にっこり微笑む。

「法律を学んでいる綾野さんなら、一度は勉強されてご存知かな…」


「詳しくは…日本では、まだ法的に未整備な分野と聞いています」

私は慎重に宗方先生の顔をみた。

「そうですね…」

同意を得て、知っている範囲で話しをつづけた。

「裁判所の判断も、割れてます  その間にも、最近はインドやタイで代理母出産が増えているとか…」


「その通りです  しかし、綾野さんの場合はちょっとニュアンスが違ます    通常、実母の卵子と実父の精子の受精卵を代理母の子宮に着床させて、生まれた子供は遺伝子上は二人の実子でも、日本の法律上養子扱いになるのが通例ですが、 黒崎先生は米国籍をお持ちだとか⁈
先生と入籍をすれば、貴女も米国籍を持てるので代理母で生まれてきたお子さんでも実子として問題無く認められます」

薄ぼんやりと、宗方先生と先生の考えている事が見えてきた。


「但し、代理母出産を認めている州で 代理母を探していただかないと、権利は使えませんが…」

「その辺は大丈夫!俺の市民権はカリフォルニアだから」

先生が私の後頭部に手をそえて自分の方へ引き寄せる。


「代理母の出産が無事済めば、身体への負担なくお母さんになれますよ…ミチルさん」

宗方先生の説明は明快だった。


「……」

でも…なんと答えればいいのか、



「まだ時間はたっぷりあります、二人でじっくり考えて下さい」


宗方先生が病室を出て行ったあと、私の体で育つ事なく生まれる我が子を抱けるほどの母性が 私に在るのかにわかには、信じられなかった。


「先生ぇまだ…〝代理母出産〟のイメージが湧かない」


「だろなぁ… どっちにしろおまえが決めればいいさ…」



「…」

(子供要らないの?)


「明日は、休み取ってるから一緒に退院だ…」


両腕を広げ先生と抱き合う。先生の背中の白衣をギュっ掴む。先生の腕に抱かれていると、“ この人を絶対に放しちゃダメ”と、天の声が聞こえたような気がした。




2月3日 節分の朝。
退院の手続きを済ませた先生が病室に迎えに来てくれた。

「うわっ!」

白衣を脱ぎ、ラフなカジュアルスタイルの先生を病院で見ると、正直格好よすぎ…。   デニムが先生の長い脚を強調して、インナーはアルパカのハイネック。   べージュのジャケットは…アル○ーニ。


( こっちが照れちゃうくらい若く見える…)


「おまえも 着替えろっ!」

バッサッと紙袋を投げ置く…。 中には私の洋服。 細かくギャザーのとった長めの紺色のスカート、 襟が詰まった白いブラウス。 その上からカーデガンを羽織った。厚めの黒いタイツと踵の低いエナメルの靴。

先生好みのお嬢様スタイル。


「おまえさっ、馬子にも衣装じゃないが、良く似合うよなぁクラシカルな格好……」


(褒めてるの?  けなしている?)



髪の毛を後ろで適当に束ねると用意完了。


「黒崎ぃー入るよぉ」


リノ先生の声。


「入れっ!」




リノ先生が手で口を抑えた。


“…クク”


「何 笑ってんだよリノっ」


ソファーにどっかと座り、脚を高々と組みラム皮のブーツが目に止まる。


( 先生ぇ すごく厭味だよ)
    


「クフッ  だってぇさぁー、何処のセレブご夫妻かと思ってさっ」

  
「リノ先生っ…へんですかっ?」

私は急に不安になる。


「へんじゃなさすぎて…二人とも怖い」


 「こわいぃっ!」

( やっぱり…)


「ミチルっ、気にすんなって…リノはさ、妬いてるのさっ…賭けにも負けそうだし…なぁ~リ~ノちゃん?」

先生はお返しとばかり意地悪を言う…。

「なっ、なんでアタシがあなたたちに妬かなきゃいけないのよっ!」


リノ先生が、ぷいと横を向く。


先生はリノ先生を目一杯からかうと 後は無視して

「そろそろ行くかっ」
と立ち上がる。


(…酷い  )


「綾野さ―ん 退院おめでとうございます」

看護主任が挨拶に来た。


「…」


「まぁ…お二人 良くお似合いで…」


「主任 お世話になったね  ありがとう…」


黒崎先生の何時にない優しい言葉に主任も赤面し俯く。



(先生って、目立つんだやっぱり…)


「ちょっと寄りたい所がある」


「いいけど…」


病院を出ると、先生のアルファロメオが都心を目指す。


先生が向かったのは、K大学医学部キャンパス…。来賓用駐車場へ 車を止める。  研究棟入口で守衛さんに行き先をつげた。研究棟は、T大学とは 趣きが異なり 、歴史を感じさせる煉瓦造りの建物で 入り口で守衛に身分証を提示するか、職員の許可が無いと入れない。

守衛さんは内線電話で来客を告げている。

「どうぞ 御入り下さい」

「おっ、すまんなっ」

先生の後について建物の中を進んでいく。迷路に迷い込んだような複雑な通路を幾重にも曲がりながら 、先生は 普段から通い慣れているかのようにどんどん進んでいく。 目的の部屋の前、

【法医学教室池田ゼミ】
管理者池田 ミチコ


  (いっ、妹さんっ)

 

 ( 初対面……… いきなり?)
 

法医学教室ゼミ室の中で、池田ミチコ先生と夫でK大医学部第二外科教授の池田チハル先生が待っていた。


「お兄さまっ、お帰りなさいっ」
ミチコさんは軽く先生とハグした。

黄色人種特有の肌色、面長で東洋人独特の顔立ち…。その表情は特別で彼女の聡明さを際立たせている。長身な彼女と先生が抱き合う姿は絵になった。



「黒ちゃん、ケアンズでは、またド派手にやっちゃったねぇ」

先生に握手を求めた池田チハル先生。  K大学生え抜きの第二外科教授。先生の最強ライバルであり 義弟。がっちりした体格。 

頑固そうな太い眉 四角い輪郭に中年らしく肉がのり、表情を和らげているが恐面には変わりない。  そして…宗方先生の学生時代からの友人。それぞれ何かしら運命の糸で繋がっていた。


先生はチハル先生と握手を交わすと二人に私を紹介してくれた。

「ミッちゃんっ、早速 相談なんだっ」

…………


“  挙式 は4月にカリフォルニアで…したい。教会でもなんでもいいから、こいつの相談に乗ってやって欲しいんだ…
それと、家だ。  あと…これ一番重要! 体外受精医療機関の選択、と代理母の選定。  アメリカでの日本の国情に精通した顧問弁護士もいる…”


先生の図々しい相談全てを、

「わかりました  お安い御用よっ、わたくしにお任せになって…ご不自由はおかけしませんわ…他には?」


涼しげに 表情一つ変えず、先生の要望を叶えると言う…。


( どんな妹っ ! 恐るべし黒崎一族)


「ミチルさん…大学に復学したいお気持ちは?」



  「えっ 、はぁ…」


面食らう私を優しげに微笑み…


「兄から、法学部の学生さんと結婚するかも知れないと、聞かされたのが去年… 兄が貴女の学業を妨げなければいいけれど…と心配していました…。何せ荒唐無稽なうえ破天荒な人ですから…」


「なっ 、なんだよっミッちゃん!  荒唐無稽って」

先生が珍しくうろたえている。  ミチコさんは笑っている。

「確かに、荒唐無稽で破天荒だよな  黒ちゃんはっ、目の前に天下無敵のT大医学部教授の椅子がぶら下がっているのにそれを蹴って、アメリカとは…いったいアメリカで何するんだい?」


( やっぱり大学は退職するんだ…)


「でっ へへへ」

年上の弟には頭が上がらない様子…?

 (照れ隠し?)


「チハルさんたら、兄は兄で考えがあるんですっ」



  (うわっ  ミチコさん  恐っ…)


チハル先生が頭を掻き 先生が知らん顔する。

「殿方の戯れ事はさておき、ミチルさんのお気持ち聞かせて…わたくしきっと、貴女のお役に立てると思います」


「…ミチコさんっ、黒崎先生は何時も、 どんな時でも、私の事を考えてくれています… 私の病気はご存知でしょうか?   先生は…私が病気だとわかった途端に “ 結婚しよう ” と、言ってくれました。  こんな身体では、家庭を持つことは許されない…、いつ死んでもおかしくないのに…子供を望んだ私の希望すら叶えようと…もう十分なんです、私はこれ以上先生の人生を乱したくないんですっ。大学を辞めるのを止めて下さい!  お願いします。子供が出来なくても…、もし許されるなら…先生の傍に 短くても、居られれば それが私の幸せです…」



(…お前は、)先生は、半ベソで話す私を抱き寄せ…

「 馬鹿か?お前…、俺こそ一生かけて守る者ができたんだぜ…お前に感謝してる…」

扉の外で、池田チハル教授のゼミの学生がこの会話を立ち聞きしていた。



「 お兄さまっ 、素敵なお嬢さんね」

「…」

私は感情的になって、ミチコさんに何を言ったのか覚えていなかった。ミチコさんは、穏やかに “健康を取り戻して夢を叶えましょう” と励ましてくれた。


「兄と一緒に居るのは夫婦なら当然の事、貴女の夢とは別ですよ。大学は、一旦4月に綾野ミチルさんで復学手続きをして下さい。それか
ら米国籍の黒崎で学籍変更して…手続きは、わたくしの弁護士に任せましょ」

ミチコさんの説明に聴き入る。


(学生の間に国際結婚…するって事なんだ)


「暫く二人とも カリフォルニアと日本を行ったり来たりだけど…寂しくなったらね兄の母校のスタン
○○○か、私の母校のUCL○に留学すればいいわ」

さらりと恐ろしい事を言う。


「むっ、無理っ!私の頭じゃとってもぉ…百年かかっても 留学なんて っ」

慌てうろたえる私に、

「大丈夫よ、入学は難しくないです。ミチルさんのやる気次第です。向こうのほうが子育てと学業両立するのには環境がよろしくてよ
その時は、兄共々わたくしもお手伝いいたします。」



 ( ミチコさん…)



先の心配まで…。

「ミチコさんっ ありがとうございます」













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