純潔の寵姫と傀儡の騎士

四葉 翠花

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43.傀儡の糸

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 アドリアンは自らの指先にきらめく滴と、ステファニアの顔を交互に眺めながら、深く息を吐き出した。

「夢……じゃなかったのか……」

 愕然とした様子で、アドリアンの口から呻くような声が漏れる。

「アドリアン……気がついたのね……」

 感涙にむせびながら、ステファニアはアドリアンを見つめた。かつての名を呼ばれ、目の前の相手が本物のアドリアンなのだと、喜びがわきあがってくる。
 とうとう、アドリアンが正気を取り戻したのだ。

「あ……ああ……ずっと、サラを犯す夢を見ているんだと思っていた。宴の席で、寵姫として陛下に寄り添うサラを見てから、忘れなくてはならないはずの想いがまた顔をのぞかせて……それで、淫らな夢を見ているんだと……でも、どうして……」

 茫然としながら、アドリアンは独り言のように呟く。

「……国王陛下は、子をお作りになれないの。だから、あなたを使って……あなたは今まで、操られていたんだと思うわ」

「ああ……そうか。今までのことは、何となくだけれど覚えているよ。俺にずっと語りかけるサラの姿も……。何ていうか……うまく言葉にできないけれど……えっと……サラが可愛かった」

「はい!?」

 思わず大きな声を出してしまい、ステファニアは慌てて口を押さえる。
 意外な言葉にステファニアの顔には熱が集まってくるが、それ以上にこの場で何を言っているのだろうという呆れのほうが強い。
 彼は、このままでは命が危ないというのに――

「そ、そうだわ! アドリアン、早く逃げて! このままだと、きっと殺されてしまうわ!」

 隣室に聞こえないように声を抑えて、ステファニアは小さく叫ぶ。
 もっとも肝心なことを伝えることができたのだが、アドリアンはきょとんとするだけだった。

「私に子を産ませるため、あなたがあてがわれたけれど……私が懐妊したら、きっとあなたは始末されてしまうと思うわ。だから、その前に早く逃げて」

「……ああ、なるほどね。でも、逃げるって、どこへ?」

 ステファニアの説明をすんなりと飲み込んだアドリアンだったが、その口から発せられた疑問にステファニアは固まる。

「えっと……どこか遠く……国外に……」

 国内に留まれば、見つかってしまうだろう。国王を敵に回すことになるのだ、国内に逃げ場所などない。
 とっさに国外と言ったステファニアだが、自分で口にしながら現実味のない言葉だった。
 アドリアンが正気に戻ったところで、傀儡の糸を簡単に断ち切ることはできないのだと、思い知らされる。
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