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42.まさか

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 それからも、ゴドフレードは変わらずアドリアンを伴って、ステファニアの部屋に渡ってくる。ただ、ドロテアの部屋にも少しだけ顔を出しているようだった。
 ステファニアは薬草を煎じて、根気強くアドリアンに飲ませ続けていた。
 最初はすぐに押し倒されたものの、だんだんとそうなるまでの間が増えてきた。少しずつ、薬草を煎じた茶を飲んでから、何かを考え込むような素振りを見せるようになってきたのだ。

「……あのとき、あなたは鐘の音を捧げてくれると言っていたわよね。もう、遥か昔のような気がするわ……」

 今日もステファニアは、アドリアンに語りかける。アドリアンが茶を飲んだ後、しばし沈黙する時間を狙って、話をしているのだ。
 いつもステファニアが一方的に言葉を並べるだけで、アドリアンからの答えはない。それでも、彼の心に少しでも響くことを願って、ステファニアは続ける。

「私もあなたも、未来は自分の思いどおりになると信じていて……幼かったわね」

 くすりと笑いながら、ステファニアは黙ったままのアドリアンを見つめた。相変わらず虚ろな目を向けるだけだが、まだ手を出そうとはせずに、おとなしく聞いている。

「あなたは立派な騎士になり、私は……第一寵姫になったわ。貧乏貴族の娘が、この国最高位の女性……正妃にと望まれているのよ、凄いでしょう」

 うっすらと目の前が曇っていくのを感じながら、ステファニアは涙がこぼれないように顔を上向かせた。

「でも、でも……私……本当は……あなたの……」

 その先は口に出すことができない。
 国王の寵愛を受ける第一寵姫として、言ってはならない言葉だ。
 まして、隣室にはゴドフレードがいる。囁き声くらいであれば問題はないが、大きな声を出せば聞こえてしまうだろう。
 こみあげる感情のままに泣き叫ぶこともできず、ステファニアは口を手で覆って、しゃくりあげるような呻きを押し留めようとする。
 俯いた拍子に、とうとう涙がこぼれ始めた。

 ゆっくりと、アドリアンの手が伸びてくる。
 これでおしゃべりの時間は終わりかと、ステファニアは残念に思いながらも、気持ちを切り替えられることに安堵を覚えた。
 このまま、彼の手に翻弄されて快楽に溺れてしまえば、何も考えられなくなる。

 しかし、彼の手はステファニアの身体には伸びず、顔へと伸ばされた。指が、ステファニアの目元に光る涙を拭う。

「え……?」

 驚愕に息をのみ、ステファニアは顔を上げた。
 今まで、アドリアンは性行為に結びつかないような行動をしたことはなかった。これまでにないアドリアンの振る舞いに、何事だろうと胸がどきりと音を立てる。

 顔を上げたステファニアの目に映ったのは、目を見開いて戸惑いを浮かべるアドリアンの顔だった。薄い緑色の瞳が、ステファニアを捉えている。
 まさか、まさかと、ステファニアの瞳からは先ほどまでとは別の種類の涙があふれてきた。
 ステファニアの思いに応えるように、アドリアンがゆっくりと口を開く。

「……サラ?」
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