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ベルフォール帝国編

狙われているんですけど

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 ガーン・・。

 ・・ゴーン。
 

 遠くで何かを叩く音がする。
 浅い眠りを妨げられた苛々を感じながら目を開ける。
 隣のクレアは既に起きていた。ボクみたいに気怠い感じじゃない。朝・・強いよね。
 
「今日もいつもの敵方からの戦闘開始の音よ」
「懲りもしないで来たんだ。そろそろ諦めてもいい頃なんかじゃないかな」
「そうもいかないでしょ。あっちだって必死なんでしょうから。負けたらお終いだからね」

 ・・確かに。
 開戦の口上でもそんな事言っていたな。
 
 帝国皇帝の名において反乱組織を討伐するだったか。
 最初聞いた時はかなり驚いた。なんだそれって感じだ。砦を作っただけで反乱組織になるんだ。こじつけ過ぎる理由だよ。
 ここに駐屯しているのが誰かも知らないという事だ。奴らは師匠を反乱者呼ばわりしている。
 情報に疎すぎないか。それとも無視しているのか。
 そもそもだ。命令を出したという皇帝は誰なの?教えて欲しい。
 とっても胡散臭い口上だと思う。
 
 皇帝の命令と宣言した割には攻めてきたのはベルトラム公国の例の軍だ。ティフェブラウ湖でのんびり釣りでもしていればいいのに。南下して戦いを挑んできた。
 皇帝が指揮権を持っているのは陸軍の軍団と近衛兵のみだそうだ。
 公国の軍を動員するには皇帝ですら簡単じゃないらしい。クラウス爺に教えてもらって知ったんだけどね。
 基本的には公国の軍は公国を超えた行軍はできない。
 ま・・何事にも例外はあるそうな。今回はその例外なのかはさておき。

 目の前の公国軍はどういう建前で動いているのだろう?公王の考えはどうなんだ?と、いう事になるよね。
 その考えを推測する事はボクには難しい。なんたって宮廷の事を知らないからね。やっぱり知らないといけないんだろうか。
 分からない事を考えても仕方ない。
 まずは目の前の軍勢をどうするかだ。

 言い掛かりで挑まれた戦いには堂々と応じていいそうだ。戦って勝てば弁明する事で正当化されるらしい。
 売られた喧嘩に勝てば官軍って事ですか?
 なかなかな脳筋の発想じゃないだろうか。
 冗談だとおもっていたのだけど。本当に本当らしい。
 知らないのはボクとクレアだけだった。帝国はスマートかと思っていたのだけど。
 色々と勉強しないといけないなあ。自分の能力向上だけでは足りない。
 
 なかなかに納得ができない事ではあるのだけど。まずは正々堂々と戦う事になったようだ。
 うん、策を練らずに向かってくる相手だ。どっちかといえば楽な相手なのだろうか。
 
 驚いたのは敵の数。
 いつの間にか十万に増えていた。十万はボクの適当な計算。だいだい合っていると思う。実際はもうちょっと少ないと思うけどね。
 それに全員が戦闘兵じゃない。実際の戦闘に加わるのは八万もいないだろう。これもボクの適当な計算。
 それでも数は多い事には変わらない。

 対して砦に籠るボク達は五千名。砦という規模ではなく要塞化しているけど。
 戦争の勝敗が数で決まるなら。完全に負けだ。
 
 着替えながらボクは思う。
 
 開戦してから既に二十日が経過した。
 戦況はボク達に有利に進行している。籠城戦だから当然といえば当然か。
 師匠の兵士達が優秀だというのもある。さすが高名な大将軍の兵だ。士気がメチャ高い。
 逆に敵の攻め手の士気は低いんじゃないかと思う。数で圧倒しているから舐めてきているんだろう。
 その結果。砦を落とす事ができていない。普通の砦じゃないからね。自慢じゃないけどボクのアイデアもこの砦には盛り込まれている。
 だけども本当に攻められるとは思っていなかった。抑止力のようなものだと理解していたんだ。
 攻め込まれても余程の事が無い限りは落ちないとは思っている設計だもの。

 でも、そろそろ負けを認めて欲しいかな。
 この砦を守れというのが師匠のボクへの指示だそうだ。
 でもボクには実際の指揮はできない。五千人の指揮なんてやった事が無い。
 クラウス爺が指揮をするため砦にいてくれるのがありがたい。
 速攻丸投げしましたよ。ヘタレと呼びたければ呼ぶがいい。無理なものは無理だ。
 今後勉強しますから許して欲しいとクラウス爺には言ったけどね。
 
 う~ん。
 今日の行動を整理しよう。
 
「・・敵側の食料は多く残ってないよね。敵兵もそれ程減ってないから消費する量は変わってない筈だし」
「だから必死なんでしょうね。敵はここを落として食料を確保するつもりよ」
「ええ・・。食料を奪うの?それって野盗のする事じゃないか。こっちに潤沢な食料があると思っているのかな」
「戦争なんてそんなもんでしょ。野盗だろうが勝利した者の主張が通るのよ。負けたら終わりよ」

 本当になんでもアリだな。
 クレアはそういう所はドライだ。確かに負けたらお終いだもんな。
 そんな話をしながらお互いに鎧を着こむ。
 起きたらすぐに戦闘準備だ。悲しいけどすっかり慣れてしまった。
 開戦時は昼夜の別なく敵は攻め寄せてきたもんな。
 お互いの装着具合を確認したら宿舎の外に出る。
 しばらく歩くと周囲から人が集まって来た。
 そのうちのリーダ格である長身の男がボクに近づいてくる。
 
「親分!今日を何をかましますかい?」
「戦況を確認してからだけど東門から出るよ。昨日相当量の食料を焼いたけど、まだ諦めていないようだからね。輜重隊を壊滅させるつもり」

 言うなり背後から歓声が沸く。・・全く、この戦闘狂達め。
 君達傭兵じゃないだろ。前職は盗賊だったんじゃないかと疑ってしまう。
 遠くから見ると反社会的勢力の集団に見える程ガラが悪い。
 ま、身元はきちんと確認しているから犯罪者じゃないけどね。
 ボクが雇った傭兵達三十名は異常な程元気だ。
 親分って呼び方も止めて欲しかったんだけどダメらしい。親くらい年齢が離れているんですけどね。
 近寄ってきた男・・リーダーのルークに囁く。

「元気な事はいいんだけどさ。お前達は拒否する権利もあるんだからね。毎日ボクに同行して危険な事しなくていいんだよ」
「何をいっているんですかい。親分を危地に向かわせるなど子分としての恥!嫌がられてもついて行きやすぜ」
「お前達が良ければいいんだけど。それじゃ遠慮なく頼りにさせてもらうよ」
「へい!お供いたしやす!」

 金銭で雇用している関係なのだけど。なんでか主従関係になっているんだよなぁ。いや・・親分子分の感じか。ボクは子供で若輩者だよ。
 よく分からない。ボクは何もしていないつもりなんだけどなあ。
 クレアに言わせると当然の事だと言う。首を捻るばかりだ。
 戦意と忠誠が高いなら問題は無いか。と、思う事にする。
 
 結構歩くと中央門の櫓が見えてくる。
 ルーク以下傭兵隊は下で待たせてボクとクレアで上に登る。
 攻城兵器の動作音が激しい。
 今日もここが戦闘区域だろう。なんの工夫もない力攻めだ。
 力攻めでは落とせない事を理解していないのだろうか。連日同じような攻撃をしているのに。
 櫓の上には既に兵が詰めている。戦況を見て反撃をしているようだ。
 今日も攻撃は中央門には届いていない。
 
 指揮を執っている歴戦の兵士に声を掛ける。

「クラウス爺。敵の動きはどうなっているの?」
「味方の損耗はありませんな。相変わらず敵は中央門にすら辿りつけないようで。御覧の通り攻め手の破城槌をまたもや破壊しましたぞ。御曹司が作らせた投石機が非常に有用で助かってますぞ」

 クラウス爺が指差す方向を見る。
 成程、敵の攻城兵器が木端微塵になっている。なかなかの破壊されようだ。
 ボクのアイデアで作ってもらった投石機は故障もしないで動いている事に安堵。
 この世界にも投石機はある。スリングで石を遠くまで飛ばす武器もある。
 でも、それより大きい石を飛ばす技術はまだ無い。
 で・・ちょっと改造しました。倍の距離を数倍の重い石を飛ばす事ができるようになりました。目測で二百メートルは飛ばせていると思う。普通の投石機は五十メートル程度だ。
 この位なら戦争のシステムは変わらないと思う。
 ・・大丈夫だよね?そんなに特異な改造技術では無いと思うんだ。
 
 それにしても敵の攻撃はあまりにも工夫が無い。
 投石機に対処する策を練っていない。
 数に頼った力押しをずっと続けている。
 敵の指揮官は何を考えているんだろう。

「中央門の攻撃は陽動という事は無いの?」
「東門、裏門いずれも敵の接近はありませんな。西の城壁も警戒させてますが問題なさそうです」
「敵の指揮官は降伏しないようだけど、この状況でまだ勝てると思っているのかな?」
「そうですな。昨日報告しましたように夕闇に紛れさせて使者を出しました。話をするまでもなく追い出されたそうで。敵は交渉をするつもりは全く無いようですな」
「あ~、そうなんだ。それじゃ続けるしかないんだね。だったらボクは敵の背後に回って攻撃してくるよ。糧食を完全に燃やせば負けを認めるよね」
「その通りですが簡単ではございませんぞ。御曹司には危険な行動は控えて頂けますと拙も心配しなくて済むのですがのう」
「う・・分かっているよ。ボクだって危険な事はしたくないよ。でも、この砦の長は師匠だよ。師匠から留守を預かったんだ。敵が攻めてきても耐えられる事を証明しないと。実際の指揮はクラウス爺にお願いして悪いなあとは思っているよ。でもお陰でボクは遊撃として動けるんだから。動けるときは動くべきでしょ」

 後半は早口でまくしたてる。戦場にいるからか勢いで言ってしまった。が、後悔はしない。踏ん張り所なんだもの。
 見るとクラウス爺の眉間の皺が深くなってきた。これは・・ちょっとじゃなく・・相当怒っている証拠だ。説教コースだ。
 どこが気に入らなかったんだろうか。

「何度も申し上げます。この砦の主は御曹司ですぞ。拙はお館様からそのように指示を受けております。主が軽々に動かれては困りますぞ」

 ・・・そっちか。
 ボクに指揮を執れと言っているのか。後方でふんぞり返って座っていろと言っているのか。
 どっちもボクとしては却下だ。
 帝国式の戦い方も知らないボクが指揮官なんて変じゃないか。ボクはお子様だ。兵達だって子供に指揮を執られたくないと思う。士気もあがらないだろう。
 クラウス爺は師匠の指示を聞き間違えたに決まっている。
 実際師匠から預かった五千の兵はクラウス爺の指揮の元動いている。ボクじゃまず無理。
 ボクに少しでも責任を持てという師匠なりのエールなんだろう。そう思う事にした。
 だから、こう返す。

「それじゃ司令官として命令するね。中央門への敵の攻撃を防いで。指揮は任せるよ。その間ボクは敵を攪乱してくるから。夕方には戻るから頼んだよ」

 と、言い捨てて櫓をダッシュで降りる。
 クラウス爺は何か言ったようだけど。無視だ。
 確実に後でお説教コースだろう。目立つ戦功をあげて説教の長さを短くしないと。ボクだって役に立つ事を証明したい。
 
「もう。クラウス卿が困った顔をしていたわよ。レイ様の事を心配しているからって事分かっているの?」。
「・・分かっているよ」

 基本クレアもボクは砦で大人しくして欲しいらしい。
 本来、ボクが戦争を嫌っている事を知っている。
 攻城戦は凄惨な戦いになる事が多い。それを経験して欲しくないらしい。
 
 分かる。
 分かっているよ。
 でも、そうも言っていられないじゃないか。
 
 師匠はエーヴァーハルト公国に行った。使者なんだって。
 でも砦にいた軍の殆どを連れて行った。使者というより遠征する軍という雰囲気だった。なんらかの戦闘になる可能性があるという事だ。
 加えて師匠の心理状態も心配だ。
 エーヴァーハルト公国の公王は師匠のお兄さんの息子なんだって。師匠はそのお兄さんと仲が良かったそうだ。ならば息子さんとも悪い関係ではないだろう。
 その公王がなんで四の皇子・・今はサンダーランド王国の王太子か・・を襲わないといけないんだ。
 嘘だと思う。だけど宮廷の認識は襲撃の指示をした者扱いになっているそうだ。
 絶対にボドなんとかという宰相の策略だ。
 何十年も宰相として皇帝を支えていたのに。皇室の血縁を途絶えさせるつもりなのだろうか。
 帝国の貴族の中には少なからず動揺している家もあるそうだ。
 
 その宰相と結託していると推測されるベルトラム公国。
 その軍が今攻め寄せてきている。
 相手が師匠の軍だと分かっているだろうに。
 ボクにはその理由が分からない。
 結果として、宰相は師匠に喧嘩を売った事になる。宰相がとぼけても師匠が認めない。
 師匠と戦って勝てる見込みがあるのだろうか。
 それに師匠はエーヴァーハルト公国とは多分戦わないだろう。味方になって宰相と戦うんだと思う。
 ボクはこの砦を死守しろという指示があるから師匠の元にはいけない。
 でも目の前の敵軍を蹴散らせば少なくても半分の兵は師匠の元に動かせる。少しでも師匠の元に精鋭を送りたい。
 
 だからこの戦いは早く終わらせる必要がある。
 守って耐えるだけなんて考えられない。
 
「ルーク。出るよ!」

 櫓の下で待機していたルーク達に声を掛ける。
 糧食を確実に潰す。食べるものがなければ引き上げるしかないだろう。

 傭兵隊の先頭に立ってボクは走る。
 東門は中央門から一番遠い。帝都方面を遠望できる場所だ。
 一番険しい崖の上にある。しかも堀を深く広く掘って下はとても見易い。この崖、実測はしていないけど百メートルの高さはある。
 普通に登るだけでも大変な崖だ。素手で登る事は絶対に無理。熟練者じゃないとダメだろう。
 鎧装備で登れるはずもない。
 この門へ到達するための通路はある。武装した兵が一人ギリギリで通れるかくらい狭い通路だ。
 わざとクネクネした道にして、止めには行き止まりを沢山作っている。迷路を作ってやった。ボク以外では一度で通る事は難しい通路にしてやった。
 東門側も難攻不落だ。
 敵も初日は東門方面も攻略しようとしたようだ。
 結果は散々だったと思う。
 崖は全く攻略できず。通路は人一人が通るやっとの狭さ、且つ迷路だ。もしかしたら遭難者が出たかもしれない。
 一応東門にも兵を配置したけど戦いにならなかったそうだ。
 
 同時に中央門も攻められた。
 こっちも新兵器のお陰で敵が門に到達する事すらできていない。
 
 裏門は険しい山を抜けないと到達できない。何よりアウフレヒト公国の領土だ。ベルトラム公国の兵は簡単に通行できない。
 クラウス爺の話ではアウフレヒト公国は加担していないらしい。今の所敵は攻めてきていない。

 結局は大軍を投入できる中央門を突破すべく寄せてきているようだ。
 全く戦果が出ていない攻撃はカムフラージュかとも考えた。そろそろ東門を狙ってくるかも。と、思ったんだけど。
 
 東門を守っている兵に聞いても誰も攻めてきていないと確認が取れた。
 一転集中で突破する事を選択しているみたいだ。
 安全な東門だから崖下まで気にせず一気に降りられると思ったんだけど。
 
 さっきから魔力視の調子がおかしい。
 何か嫌な気分だ。直感かなあ。
 魔力視ではその異変を視る事ができない。

 なんだろう。と、悩み始めた時。
 
 ボクの背後に異変が発生する。
 振り返ると土の壁があっという間にそそり立っている。

 え?
 何だ?
 
 周りを見渡すとボクとクレアしかいない。
 
 ルーク達傭兵隊と分断されたしまった形になる。
 
 それにしてもこれは・・一体・・。
 
「そうだ。貴様も使っている魔法だ」

 正面から声がする。
 だけど視る事ができない。
 クレアも戸惑っているようだ。ボクと同じように見えていないか。
 
 誰だ?
 
 声の方向を探ろうとした瞬間だった。
 
 キィン!
 
 唐突にボクの目の前で金属音がする。

 目の前には細い剣の切っ先があった。

 え?
 
 いつの間にこんな・・。

 ・・危なかったのか。
 
 
 冷や汗が出てくる。

 心拍音が大きく聞こえる。
 
 ・・何がどうなっているんだ?
 
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