望んでいないのに転生してしまいました。

ナギサ コウガ

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ベルフォール帝国編

クラウス・クレマーは思う

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 久しぶりに訪れるお館様の屋敷。

 帝都の貴族街に構えているが屋敷は子爵級が住まう程度に小さい。

 お館様は屋敷の生活にこだわりが全く無い。滅多に帰宅しない事もあり無駄を嫌う性格が反映されているのだ。
 屋敷の維持も最低限の人員で管理させているから丁度いいのだろう。
 婚姻していないため当初は平民街の借家で良いという適当さだった。説得が大変だった事を思い出される。

 屋敷に入ると執事が待っていた。
 自分に恭しい挨拶は不要だと言っているのだがどうしても直せないらしい。師事した相手である事を考えれば仕方ないと諦めている。

「お館様はどちらに?」
「書斎に籠られております。周囲に近づかないようにと人払いされました。食事もご自身で用意しているから不要との事でした」
「そうか。お前達には苦労かけさせる。不在時には何かあったか?」
「特別ございません。宮廷から所在の問い合わせが一度あった程度です。外出された翌日にこられました」
「承知した。では業務に戻ってくれ」

 何やら言葉を続けたそうな執事を制し書斎に向かう。
 さてどうなっているのやら。
 
 廊下を歩く事しばし。記憶を頼りに書斎の扉を叩く。
 
「・・・クラウスなら入れ」

 どうやら本当に人払いをしているようだ。
 屋敷に滞在している時でも殆ど外出しているから使用人達は珍しいと感じているだろう。
 数日も籠りっぱなしでは珍しい以上に何かあったのかと心配している可能性もあるか。
 注意しながら扉を開ける。

 ・・書斎に籠っているというのも嘘ではないようだ。

 部屋の空気が酷い。何日も窓を開けていないようだ。特に酒の匂いが酷い。これ程酒の匂いが充満しているのは記憶にない。
 それ程思い詰める現状になっているのだと理解する。

「何も言うな。少し・・・いや相当参っている。加えて久しぶりに悪酔いして気持ち悪い」

 声もガラガラで相当酷い事が分かる。クラウス・クレマーは不安になってしまう。
 挨拶もそこそこに懸念事項の確認が優先だと考え直す。

「姫様達は解放されたのではなかったのですか?」
「ああ、そちらは問題無しだ。エリーゼは無事に家に戻っている。お嬢ちゃんもそっちに連れて行った。二人ともすこぶる元気だ。もっと元気なエーレは領地にいった。兵を増員して戻ってくるだろうな」

 ブラウンの目は酒毒のせいか濁り、髭は手入れされていない。服装も皺くちゃな酷い恰好だ。
 普段なら考えられない様子だ。
 それでも口調はまだしっかりとしている。
 何より自分にだけに使う口調だ。
 その事が思考には濁りが無い事を教えてくれている。
 兵の動員という言葉は気になるが優先確認事項ではないだろう。

 優先事項が無事達成されている。であれば何を悩んでいるのだろう。
 ベルトラム公国の南下は現状食い止める事ができている。
 ハッテンベルガー家の夫婦は監禁状態から解放されている。
 当初懸念していた点は解消している筈なのだが。
 宮廷で無理難題を突きつけられた事が予想される。

 疑問に思っている事に気づいたのだろう。
 お館様は現状の懸念を話始める。

「正式には発表されていないがクレーメンスが皇帝になるそうだ。何一つ政務も執っていない小僧がだ。若輩者である事を理由にオスヴァル叔父が摂政となるらしい。この件はボドワンが裏で動いているのは間違いないだろう」

 皇帝即位の時期はまだ早いとクラウス・クレマー思う。
 喪に服する期間が全く無いからだ。
 手続きを踏まない強引な進め方はいずれ軋轢が生じる。

 皇帝即位・・・。
 非公式で短期間に決めていい事では無い。
 各皇子のこれまでの実績、将来性、それに背後にある家との調整。
 何一つ明確になっていない状態で決まったのは明らかだ。
 それぞれの皇子とその家と関係はどうなっていただろうかと思考する。

 クレーメンス殿下は崩御した皇帝の長男だ。成人はしているが政務を執った事が全く無い。母親の実家の家格は他の皇子達に比べても高くない。
 確か長女のほうが継承権が高かった筈だ。もっというなら現状の継承権の最上位はエリーゼ様である。
 なぜクレーメンス殿下で決定したのだろうか。

 宰相ボドワンが裏で動いている事を考慮すると・・。
 クレーメンス殿下の性格を思い出した後に納得してしまった。

 思慮が浅く政治より芸術と色事を好む。故に政務に参加できなかったのだ。
 不出来な皇子と宮廷では噂されていた筈。
 性格的に操りやすいと判断したのだろう。

 摂政となる公王オスヴァルはクレーメンス殿下からは大伯父に当たる人物だ。お館様からは叔父に当たる人物だ。
 しかし、騒動の元凶と思われるベルトラム公国の公王でもある。現在帝都に滞在中で皇帝の血縁者であるから無茶な人事では無い。強引な感じがするのは否定しない。
 まさかこうもあからさまな人事が実行されるとは。
 皇帝即位については一番良くない想定が当たってしまったのではないと思う。
 
 だが、これだけで酒浸りになる筈が無い。
 他にも何かある。何か良くない情報が入ってきたのだろう。

「摂政は意外だったが皇帝はエリーゼ以外なら誰でも良かった。どうせ傀儡だ。他にも色々あってな。正直参っている」

 お館様は一番気になっている件について話始める。
 
 エーヴァーハルト公国の公王が罪に問われているそうだ。
 四の皇子の襲撃の罪の首謀者とみなされているらしい。
 襲撃者にエーヴァーハルト公国の兵士がいたからだ。
 実際には兵士の存在は確定されていない。推測される武具があっただけだ。
 肝心の襲撃者が絶命している。実態の有無の確認のしようが無い。
 皇子の襲撃は未遂であっても死罪だ。親族も死罪は免れない。
 手続きを踏んで使者を出す事には決まったそうだ。
 お館様曰く。
 
 白を黒に確定するでっち上げの手続きだ。

 公王が弁解しようにも証明する手段が無い。
 死罪は確定だろうと。
 
 エーヴァーハルト公国の公王は現在の皇帝にとっては従兄弟に当たる。
 この公国の公王は体が弱く病弱だ。風の噂程度だが政務に体がついていかず退位を望んているとか。
 そのような人物が動機が不明な四の皇子襲撃を企てるだろうか。公国にとって何の利も無い襲撃だ。
 誰が考えても同じ結論に至るであろう。
 冤罪である事は確実なのに宮廷は罪を確定しようとしている。
 

 お館様は更に続ける。

 この使者にエーレンフリート・ハッテンベルガー伯爵が指名されたと。
 官吏の法官でなく軍人が指名されるのは異例だ。それだけでも弁解の余地を与えず拘束しろという命令のようなものだ。
 ハッテンベルガー伯爵は冤罪だと訴えた。その結果、皇帝の命に於いて領地で謹慎という罰を与えられてしまった。
 代わりの使者は自分が指名された。と、苦々しく笑う。

 公王を無傷で捕縛し帝都に戻るようにとの皇帝からの命令が出されたと。
 その後自分は帝都屋敷での無期限の蟄居を命じられたと。
 

 クラウス・クレマーは怒りを抑えきれない。
 これは明らかな粛清ではないか。
 前皇帝は後継者を明確に指名しなかった。
 結果三つの派ができてしまった。

 正妃の皇子達を推す正妃派。
 アウフレヒト公国公王の娘の側妃の皇子を推す公国派。
 皇族の遠縁にあたる公爵家が実家である側妃の皇子を推す公爵派。
 
 正妃の実家が家格が高い。
 正妃派の三名から皇太子が決まるだろうというのが貴族達の専らの噂であった。
 皇太子が決まる前に正妃が病没してしまう。
 その後正妃派の皇子に悲劇が始まる。

 正妃派での争いを避けるため三男のフォルカー殿下・・・お館様が継承権を放棄して公爵となった。
 お館様は特に軍閥から圧倒的な支持があったため、ご自分が争いの種にしかならないと判断したのだった。

 エリーゼ様もエーレンフリート・グラッツェル・・後のハッテンベルガー伯爵と恋愛関係となり次期皇帝には興味が無いと公言していた頃だ。

 正妃派は長男であるディートフリート殿下を皇太子として推すようになっていた。
 何より皇帝位に有利になるアイスブルーの瞳をしていたのだ。
 プラチナブロンドの髪でなかった事が惜しまれた。
 アイスブルーの瞳でプラチナブロンドの髪であれば生誕後すぐに皇太子が定していたからだ。
 この身体的特徴を持つ皇族は百年単位で出ていない。伝説化しているのだ。
 皇帝に一番近い人物であった事は間違いなかった。
 
 そのディートフリート殿下が病気となり公の場に出なくなった。
 暫くして亡くなった事が発表される。
 残された皇子は病弱だったためエーヴァーハルト公国の次期公王となる。程なくして公王となった。
 その間に前皇帝が崩御される。
 皇帝となったのは公爵派の皇子だった。その皇帝も先日亡くなった。原因は今の所不明のままだ。
 
 次の皇帝も結局は公爵派である。
 公国派の皇子は帝位を諦めたのか既にアウフレヒト公国の公王に収まっている。

 残った血筋は少ない。

 正妃派の血筋はエリーゼ様ご一家とエーヴァーハルト公国の公王のみだ。
 今回の件で公王が死罪となれば次に狙われるのはエリーゼ様ご一家となるのは確実だろう。
 
 場合によってはお館様ですら危うい。
 
 全てが宰相であるボドワンの企みなのだろうか。影から帝国を操ろうという野心が見えてくる。
 
 許せぬ。
 クラウス・クレマーは怒りを抑えきれない。
 

「クラウス。落ちつけ。無暗に怒るな。判断を鈍らせるぞ。お前が俺に言った言葉ではないか」

 お館様の声に我に返る。
 いかん。理不尽な事が続きすぎて限度を超えたようだ。
 怒りをなんとか収め平静を保つよう努する。

「どうにも拙は年を取ってしまったようです。お館様にはあれ程申し上げておきながら自分の感情を制御できぬなど。年は重ねたくないものです」
「お互いに年は重ねている。隠居にはまだ早い。お前の知識は何者にも代えがたいんだ。まだまだ俺を助けてくれ」

 今度は涙腺が緩んでしまう。やはり年を取ってしまったようだ。

「勿体ないお言葉。拙の力が及ぶ限りお館様をお支え致します。ですが此度の事は良い知恵も浮かびそうもございません。お館様はどうされるおつもりですか?」
「正直困っている。このまま命令通りに動くのが正しいのか。それとも・・・」

 確かに。
 とはいえ命令に逆らえば反逆の意思ありなどと口実を与えてしまう。
 手詰まりだ。

「俺の事はそんな状況だ。些細な事もあるが、そっちは問題ない。それより弟子の様子はどうだった?」

 クラウス・クレマーも一旦棚上げとする。今の精神状態では良い対策が考えつかない。
 
 まずは訪問の目的である報告を済ませないと。
 四の皇子の護衛任務が無事に終わった事を報告しにきたのだ。
 
 ・・今思えば。
 四の皇子自身も暗殺される事を恐れた可能性がある。あの皇子は相当に頭が回る。側近も他の皇子と違い家格に囚われず採用しているようだ。
 自身を安全な場所に置くために策を巡らしたのだろう。その結果サンダーランド王国の王太子の椅子を手中に収めたのではなかろうか。
 あくまでも推測。真実は本人周辺しか分からないだろう。

 四の皇子も無事に国境を超える事ができた。
 何度もの襲撃を退けた成果報告をしないといけない。
 且つ、襲撃を裏で指示していた者の正体を推測しないといけない。
 
 非常に悩ましい問題を考えないといけないのである。
 
 御曹司ならば良き対抗策を考えつくだろうか。
 クラウス・クレマーは何故かレイ・フォレットという少年の事を考えてしまうのである。
 
 次々と襲い掛かってきた襲撃者を見事な策で退けた少年の事を。
 
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