上 下
66 / 94
ベルフォール帝国編

手駒が欲しい ~コンラーディン・マルシュナー

しおりを挟む

 レイ・フォレットが立ち去った後。
 四の皇子と呼ばれるコンラーディン・マルシュナーの側近は今回の面談の印象を報告する。
 中立的な立場を貫けなかったが可能な限り客観視はできていたと側近は思っている。
 
「レイ・フォレットと申す子供ですが歴戦の勇士という佇まいではありませんでしたな。しかしながら、身のこなし、受け答え、思ったよりも冷静で慎重な態度は見事でした。見た目以上に大人だと判断できます。現状でも相応な働きが期待できるでしょう」
「見た目がなよなよしているのにかい?」
「お戯れを。某は見た目で判断すると大怪我をする方を何人も存じています。彼もそちら側の人物である事は保証しましょう」
「これまた随分と評価が上がったね。最初は木っ端のように睨んでいたのにね」
「某は殿下をお守りするのが最優先の任務です。邪な思いを持つ者を近づける訳には参りませぬ」
「今は近くに置いても良いと思ったのかい?」

 それまでとは違い柔らかな口調で四の皇子は確認する。
 側近も先程までの威圧は無くしているが、眉間の皺は緩まっていない。
 どうやら認めるにはまだ足りないと判断しているようだと四の皇子は考える。が、その表情は楽しそうである。

「いいえ。まだですな」
「ほう?評価は変わったんじゃなかったのかい?」
「殿下ご自身も気づかれておらるではございませんか」
「うん?何がだい?」
「野心です。表面には出していませんが、揺るがない目的があると感じました。殿下の思うようには動かないのではと推察します」
「ああ、それか。問題ないだろう。希望を持たせる事を少し言えばいいのさ。そのために頑張ってくれると思うよ。幸いレイ君の思いを達成させるための助力は私ならできそうだしね」

 側近は沈黙を保つ。四の皇子の意味する事を正確に理解しているからだ。レイ・フォレットという少年の先が明るくない事を。
 内心の嘆息を抑え肯定する。
 
「さしあたっての対応はどうされますか?」
「簡単にはいかないだろうね。何しろハッテンベルガー家が後見についているんだよ。搦め手で攻めるしかないか。何、あの子が我が掌中にある事までは知らないだろう」
「リーンハルトは子供です。殿下の思うような働きは難しいのではないでしょうか。まずは速やかにハッテンベルガー家から離すが肝要と推測します」
「ふむ、確かにな。リーンハルトで失敗してハッテンベルガー家に睨まれるのは面白くないか。そういえばリーンハルトがレイ君を憎むように仕向けたのはお前の差し金かい?」
「いいえ、某は何もしておりません。リーンハルト本人が無意味な危機感を持った結果かと」
「嫉妬心か。有能かと思ったんだが案外だったかな。捨て駒としてはどこかで使い道もあるだろう」

 四の皇子は姉、兄に比べて配下の数が圧倒的に少ない。これは母親の家格があまりにも低いためのため生まれながらに決まっていた事である。
 配下数を補うように知恵が回るようになった。側近も策略を練れる者を優先して集めている。家格は度外視だ。有能で自身に絶対の忠誠を誓うのであれば問題無し。
 密かに集め姉、兄に気づかれていないようだ。だが、表向きは力のない四の皇子として振る舞っている。
 他にも影で策を練り兄二人が反目するよう仕向けている。これも地道ではあるが相当な成果を上げているようだ。
 与えられなかったから諦める性格ではないのだ。昼行灯のように穏やかな性格の裏には冷血な策略家の面が隠れている。
 仕えないと判断したら配下を簡単に切り捨てるにも躊躇いは全くない。
 四の皇子の性格をよくよく理解している側近は黙して次の言葉を待つ。

「・・当主夫妻を領地に向かわせるのが一番なんだけどな。何か案はないか?」
「アウフレヒト公国内で魔物が溢れているとか何かの報告書がありました。ハッテンベルガー家の領地はアウフレヒト公国内にございます。後程正確な情報を纏めますが公主様が帝都に来られるそうです」
「叔父上が来るとは聞いていたが魔物の件は知らなかったな。それで?」
「魔物討伐は慣例に従い帝国からの派遣になります。サンダーランド王国方面の警戒は必要ですから陸軍は簡単に動かせないでしょう。独立軍ではハッテンベルガー将軍が帝都に常駐しております。動かすには最適かと」
「場合によっては領地にも被害が広がる可能性もあるか。それを理由に父上に奏上してみるか」
「宰相殿が横槍を入れてきませんか?」
「オベールか?注意は必要だが軍の最高司令官は父上だ。軍務大臣は父上の腹心で弱みを握っているヤツだ。宰相は黙って政務を見ていればいいんだよ」
「では殿下はそちらに。某は念のため財務大臣に手を回しておきます。醜聞のひとつふたつ流しておきましょう」
「どこに騒ぎを起こすんだ?」
「マイザー公国です。あの国は従うようになってから日が浅いです。言い掛かりでさえ信じる者は多いでしょう。使う材料は確実なものです。なかなか良い煙が上がると思います」
「燻る程度にしておきなよ。帝国の土台を揺らがすまでは望んじゃいないよ」
「お任せください。情報提供を絞れば問題ないでしょう」

 側近も口元を歪めて応じる。
 なんだかんだで似たモノ同士なのだろう。最低限のやり取りで策略の方針は決まったようだ。

「任せる。私はハッテンベルガー家の派兵数を弄ろう。絞るか、分散させるような案を考えないとねえ。フフ。面白くなってきたな」

 コンラーディン・マルシュナーは鋭い目を光らせて策を巡らしていくのである。
 彼の目標はどこにあるのかは側近さえも理解できていない。
 継承順の低い皇子の立場で大人しくしているつもりは無い事だけは確かである。

「そういえば王太子の件なんだけど上手く行っているのかい?」
「見ての通りですな。酒と女をあたえて昼夜も分からない程遊楽に更けています。侍従を買収できたのが大きいですな」
「そりゃ王太子に求心力が無いからだね。現在の自分の立場も分からず喚き散らしたら忠誠心も無くなるだろうさ」
「はい。陛下の耳にも届いているそうです。こちらについては予定以上に進捗が良いです。早めに進められても宜しいのでは無いでしょうか?」
「兄の件が気になるが、待ってもいられないか。進めておこう。使者の選定は済んでいたな?」
「整っております。殿下の号令があれば明日にでも出立できます」
「準備がいいな。良し。進めてくれ」
「承知しました」

 一礼をした側近は部屋を退出していく。細かい指示をしなくても任せておけば恙なく策を進めるだろう。
 四の皇子は残っている護衛官を促す。こちらは本当の護衛官で側を離れずつき従う武人だ。出自は卑しい身分であるが桁外れの武力に四の皇子がスカウトしたのだ。
 能力主義を旨としているから出来る事である。四の皇子の配下には貴族出身は少ない。
 血統を重んじる他の皇子達と較べて配下の傾向が違うため見下されている事が多い。皇帝を目指す競争相手とは見られていないのだ。
 四の皇子はそれで良いと思っている。むしろそれが狙いのようだ。四の皇子は皇帝の座は欲しくない。
 実は現在の皇帝である父が皇帝となった理由を四の皇子は独自情報網から入手している。
 それを知った当時は暗澹たる思いだった。そこから立ち直った時には皇帝の座には何の興味も無くなっていた。
 現在は放蕩三昧の問題児を装っている。
 裏では独自情報網を駆使して計略をめぐらせている。兄達の不仲に始まり、四の皇子はいくつかの策は成功している。
 四の皇子の本心は限られた側近のみしか知らない。
 
「世の中は全て思うままにはならない。すべてが上手く行く事はないだろう。しかし何もしないで黙っているのは私の性分じゃない。でもレイ君は欲しい。これだけは叶えたいものだ」

 四の皇子は優雅に立ち上がり部屋を出ていく。彼の配下は当面忙しい日々が続きそうだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。

モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。 日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。 今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。 そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。 特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう
ファンタジー
なろう様でも投稿しています。 真夏の昼下がり歩道を歩いていた「加賀」と「八木」、気が付くと二人、見知らぬ空間にいた。 そこに居たのは神を名乗る一組の男女。 そこで告げられたのは現実世界での死であった。普通であればそのまま消える運命の二人だが、もう一度人生をやり直す事を報酬に、異世界へと行きそこで自らの持つ技術広めることに。 「転生先に危険な生き物はいないからー」そう聞かせれていたが……転生し森の中を歩いていると巨大な猪と即エンカウント!? 助けてくれたのは通りすがりの宿の主人。 二人はそのまま流れで宿の主人のお世話になる事に……これは宿屋「兎の宿」を中心に人々の日常を描いた物語。になる予定です。

加護とスキルでチートな異世界生活

どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!? 目を覚ますと真っ白い世界にいた! そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する! そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる 初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです ノベルバ様にも公開しております。 ※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

処理中です...