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玄冬の家にお邪魔した
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「おはよう。本条くん」
「ああ、おはよう」
明くる日、薫が家を出ると、玄冬と出くわした。玄冬の挨拶に対して、薫はいささか気の抜けた挨拶しか返せなかった。
昨日一日、ずっと玄冬のことを考えていたのを、目の前の張本人には悟られたくなかった。そう思うと、またしても薫は気まずくなり、口数が少なくなってしまう。
その日の午後には体育の授業があった。薫は、着替えの時に、こっそり玄冬の裸体を窃視して、何か機械じみたもの――たとえば充電器に接続するコネクタのような――を探してみたが、そこには人間の少年と変わらない素肌があるばかりであった。
彼の素肌は、血の透けるほどに色素が薄かった。月並みな表現ではあるが、その白さは白磁の如きものである。薫は思わず当初の目的を忘れて、その肌に見惚れてしまった。
途端に、玄冬と目が合った。薫は咄嗟に目を逸らした。それをよそに、玄冬は無言のまま脱いだシャツを畳んで机の上に置いた。何か咎め立てをされないかと内心戦々兢々としていた薫は、玄冬が何も反応しなかったことに至極安堵した。
体育の授業の間中、薫の頭の内では、先程見た玄冬の裸体ばかりがぐるぐると巡ってその思考を支配していた。そのせいで授業に身が入らず、先生に叱責されてしまったのであるが、それでも彼の頭は、玄冬の裸体の軛からは全く逃れようがない。
それから先も、同じような調子であった。彼のほっそりとした肢体は、男子である薫にとってさえ魅せられずにはいられない。寝ても覚めても、ずっと彼のことを考えてしまう。薫は時々、自分が玄冬のことばかりを考えて止まないのは何故かと自問してみた。その端緒となったのは、間違いなく、路地で彼とそっくりの人型ロボットのようなものを発見したあの出来事の筈である。しかし、彼の着替えを密かに覗き見て以降は、どうも彼自身に何かしら惹きつけられるものを感じざるを得ない。
一方の玄冬の方はといえば、虐められているとか除け物にされているといった様子こそないものの、平剛介の件が知れたのか、何となく恐れられているような節があった。そのため、敢えて彼に親しみ深入りしようと思う者はあまりなかったのである。ただ一人、薫のみは、帰路が同じということもあって、比較的彼と関わることが多かった。薫は、この転入生が存外に気の合う相手と分かった。彼はよくよく話してみれば存外に物腰柔らかく穏やかで、その上知的ながら嫌味のない少年であった。帰路において玄冬と一緒に他愛もなく話すその時間は薫にとって心地よいものであったが、やはり彼の顔を直視すると、心臓の鼓動が高鳴って気もそぞろになってしまうのだった。
そうして、数日が過ぎた。
「そうだ、本条くん、一度僕の家に来ない?」
いつものように途中で佐竹・亀山両名と別れて玄冬と二人きりになった帰路で、薫は玄冬にそう誘われた。
「お、いいのか。なら後でな」
薫は二つ返事で快諾した。しかし、その場ではそう言ったものの、一度別れて帰宅した後、薫は考え直した。
「ああは言ったけど、やっぱり気になるよなぁ」
急に、夏休みが明ける前の例の一件を思い出た。薫にそっくりの傷ついたロボットと思しきものが項垂れている姿は、未だ克明に薫の脳内に焼きつけられている。もし、玄冬の家にロボットの仲間がいて、そいつらに捕まりでもしたらどうしよう、などという懸念が浮かぶと、途端に平静を保てなくなってしまった。しかし、彼の前でああ言った手前、今更反故にもしづらいし、何より彼のことをもっと知りたいという好奇心もある。
悩みつつも、結局、薫は玄冬の家の前まで来てしまった。真新しい戸建てのドアの前にいて尚、インターホンを押すのを躊躇っていることが、薫が迷いが断ち切れずにいるのを示している。
「ああ、来てくれたんだね。どうぞ」
薫が逡巡している所に、玄冬の方からドアを開けてやってきた。そういう手に出られては、今更逃げようもない。玄冬に導かれるままに家に上がる薫の心中は、まさに虎口に入るが如きであった。
薫は怯えた目で左右に視線を巡らせていたが、その内部におかしな所は何一つなかった。普通の人間が、人並みの生活を営んでいるようにしか見えない。
玄冬の部屋に通されたが、やはり特に変わった所はなかった。せいぜい薫の部屋よりも整理整頓が行き届いていて、本棚には堅苦しそうな本が並んでいるぐらいである。
「ふふ、二人きりになるのは初めてだね」
そう言って、玄冬は微笑した。その笑みは何処か妖しい魅力を湛えているように見え、薫は形容し難い心情を抱かされた。目の前のこの少年は、周りに思われているよりは良い奴に違いないのだが、それでもやはり、底の知れぬ所がある、と、薫は考えていた。
薫は、玄冬が普段読んでいる本がどのようなものか知りたくなって、棚の本の背表紙を眺めていた。そこにあるのは『春秋左氏伝』だとか『戦争論』だとか『純粋理性批判』であるとか、あまり子どもの読みそうでない本ばかりであった。
その後、二人は流行りのトレーディングカードゲームで遊んだ。
「帝江で直接攻撃。これで勝ちだ」
「負けた……やっぱ強いなぁ」
何戦かして、その全てで玄冬は薫に勝利した。薫は一勝も出来ぬままであったが、不思議と悔しさはなかった。寧ろ、彼に徹底的にやり込められることが、快感ですらあった。
「畜生、次はこのデッキでもう一戦だ」
まるで麻薬に手を出す中毒者のように、薫は戦いを挑み続けた。口では悔しそうにしても、内心では自身の敗北を望む自分がいたことに、薫は暫くして自覚した。
「ああ、おはよう」
明くる日、薫が家を出ると、玄冬と出くわした。玄冬の挨拶に対して、薫はいささか気の抜けた挨拶しか返せなかった。
昨日一日、ずっと玄冬のことを考えていたのを、目の前の張本人には悟られたくなかった。そう思うと、またしても薫は気まずくなり、口数が少なくなってしまう。
その日の午後には体育の授業があった。薫は、着替えの時に、こっそり玄冬の裸体を窃視して、何か機械じみたもの――たとえば充電器に接続するコネクタのような――を探してみたが、そこには人間の少年と変わらない素肌があるばかりであった。
彼の素肌は、血の透けるほどに色素が薄かった。月並みな表現ではあるが、その白さは白磁の如きものである。薫は思わず当初の目的を忘れて、その肌に見惚れてしまった。
途端に、玄冬と目が合った。薫は咄嗟に目を逸らした。それをよそに、玄冬は無言のまま脱いだシャツを畳んで机の上に置いた。何か咎め立てをされないかと内心戦々兢々としていた薫は、玄冬が何も反応しなかったことに至極安堵した。
体育の授業の間中、薫の頭の内では、先程見た玄冬の裸体ばかりがぐるぐると巡ってその思考を支配していた。そのせいで授業に身が入らず、先生に叱責されてしまったのであるが、それでも彼の頭は、玄冬の裸体の軛からは全く逃れようがない。
それから先も、同じような調子であった。彼のほっそりとした肢体は、男子である薫にとってさえ魅せられずにはいられない。寝ても覚めても、ずっと彼のことを考えてしまう。薫は時々、自分が玄冬のことばかりを考えて止まないのは何故かと自問してみた。その端緒となったのは、間違いなく、路地で彼とそっくりの人型ロボットのようなものを発見したあの出来事の筈である。しかし、彼の着替えを密かに覗き見て以降は、どうも彼自身に何かしら惹きつけられるものを感じざるを得ない。
一方の玄冬の方はといえば、虐められているとか除け物にされているといった様子こそないものの、平剛介の件が知れたのか、何となく恐れられているような節があった。そのため、敢えて彼に親しみ深入りしようと思う者はあまりなかったのである。ただ一人、薫のみは、帰路が同じということもあって、比較的彼と関わることが多かった。薫は、この転入生が存外に気の合う相手と分かった。彼はよくよく話してみれば存外に物腰柔らかく穏やかで、その上知的ながら嫌味のない少年であった。帰路において玄冬と一緒に他愛もなく話すその時間は薫にとって心地よいものであったが、やはり彼の顔を直視すると、心臓の鼓動が高鳴って気もそぞろになってしまうのだった。
そうして、数日が過ぎた。
「そうだ、本条くん、一度僕の家に来ない?」
いつものように途中で佐竹・亀山両名と別れて玄冬と二人きりになった帰路で、薫は玄冬にそう誘われた。
「お、いいのか。なら後でな」
薫は二つ返事で快諾した。しかし、その場ではそう言ったものの、一度別れて帰宅した後、薫は考え直した。
「ああは言ったけど、やっぱり気になるよなぁ」
急に、夏休みが明ける前の例の一件を思い出た。薫にそっくりの傷ついたロボットと思しきものが項垂れている姿は、未だ克明に薫の脳内に焼きつけられている。もし、玄冬の家にロボットの仲間がいて、そいつらに捕まりでもしたらどうしよう、などという懸念が浮かぶと、途端に平静を保てなくなってしまった。しかし、彼の前でああ言った手前、今更反故にもしづらいし、何より彼のことをもっと知りたいという好奇心もある。
悩みつつも、結局、薫は玄冬の家の前まで来てしまった。真新しい戸建てのドアの前にいて尚、インターホンを押すのを躊躇っていることが、薫が迷いが断ち切れずにいるのを示している。
「ああ、来てくれたんだね。どうぞ」
薫が逡巡している所に、玄冬の方からドアを開けてやってきた。そういう手に出られては、今更逃げようもない。玄冬に導かれるままに家に上がる薫の心中は、まさに虎口に入るが如きであった。
薫は怯えた目で左右に視線を巡らせていたが、その内部におかしな所は何一つなかった。普通の人間が、人並みの生活を営んでいるようにしか見えない。
玄冬の部屋に通されたが、やはり特に変わった所はなかった。せいぜい薫の部屋よりも整理整頓が行き届いていて、本棚には堅苦しそうな本が並んでいるぐらいである。
「ふふ、二人きりになるのは初めてだね」
そう言って、玄冬は微笑した。その笑みは何処か妖しい魅力を湛えているように見え、薫は形容し難い心情を抱かされた。目の前のこの少年は、周りに思われているよりは良い奴に違いないのだが、それでもやはり、底の知れぬ所がある、と、薫は考えていた。
薫は、玄冬が普段読んでいる本がどのようなものか知りたくなって、棚の本の背表紙を眺めていた。そこにあるのは『春秋左氏伝』だとか『戦争論』だとか『純粋理性批判』であるとか、あまり子どもの読みそうでない本ばかりであった。
その後、二人は流行りのトレーディングカードゲームで遊んだ。
「帝江で直接攻撃。これで勝ちだ」
「負けた……やっぱ強いなぁ」
何戦かして、その全てで玄冬は薫に勝利した。薫は一勝も出来ぬままであったが、不思議と悔しさはなかった。寧ろ、彼に徹底的にやり込められることが、快感ですらあった。
「畜生、次はこのデッキでもう一戦だ」
まるで麻薬に手を出す中毒者のように、薫は戦いを挑み続けた。口では悔しそうにしても、内心では自身の敗北を望む自分がいたことに、薫は暫くして自覚した。
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