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美少年転入生現る

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滝川玄冬たきがわげんとといいます。よろしくお願いします」
 目の前にいたのは、あの夜に見た、ロボットと思しきそれと全く同じ容姿をしていた。雪のように白い肌とショートボブの黒髪、眉目秀麗な目鼻立ちは、見間違えようがない。
 彼の容貌は、イケメンというよりは中性的な美少年であった。彼はどんな男子よりも美男子で、どんな女子よりも美少女であった。
 彼は、薫のすぐ後ろの席を当てがわれ、そこに着席した。薫の心中は、未だにざわざわと落ち着かない。彼が席に着くためにすぐ隣を通りかかった時、薫はこっそりと耳をそば立ててみたが、機械の駆動音のようなものは全く聞こえなかった。

 玄冬はたちまち人気者になった。その日は三校時で下校になったのだが、彼は、主に女子からであるが、質問攻めにあっていた。皆して玄冬のことが気になって仕方がないようである。
 そして、ここに、彼のことが誰よりも気になっているのに、それ故に容易に近寄れないでいる少年がいた。
「転入生がロボットって、まさかそんな筈はないよなぁ……」
 薫は、ただ一人、あの晩のことを思い出していた。例の晩の出来事が何かの見間違いであるならば、一体どれほど良かったであろうか。しかし、そうは思えないほどに、薫の脳裏にはあの時の光景がはっきりと焼き付いている。頭の中で如何に思考を巡らせてみたとて、答えが得られる筈もなかった。
 ところで、薫と同じように玄冬を遠巻きから眺める者の中に、如何にもな不満顔をしている少年がいた。
「何だい、あんな女みてぇな男にキャーキャー言いやがって」
 周りの男子よりも一回り大きな体躯のこの少年は名を平剛介たいらごうすけといい、そのさが猛々しく、いつも佞言おべっか使いの腰巾着二人を従えている餓鬼大将であった。
「おい、おかっぱ!」
 彼は玄冬が包囲を解かれて一人になった隙を見て、その目の前に立ち塞がるように躍り出た。
「黙って見てりゃちやほやされやがって」
 剛介は殺気立った眼差しで、目の前の転入生を睨みつけている。その左右で、彼の腰巾着二人が、今にも面白いものが見られそうだと、嫌味な微笑を浮かべているのが見える。
 薫は嫌な空気を鋭敏に感じ取った。転入早々、あの粗暴な男の餌食になるのは見てはおれないと思って、一瞬、止めに入ろうか、それとも先生を呼ぼうかと考えたが、その必要がなかったことを、薫はすぐに知った。
 剛介は苛立ちを乗せた拳を繰り出したが、玄冬はそれを避け、空振った腕を掴み、柔道のように投げ飛ばしてしまった。
「な、何だこいつ……」
 起き上がった剛介に最早覇気はなく、青い顔をして逃げ出していった。腰巾着も、その後を追って逃走した。
「大丈夫か!?」
 薫は玄冬の方に駆け寄った。
「ああ、別にどうということはないよ」
 玄冬はまるで何事もなかったかのように、けろりとした表情をしていた。間近で彼を見ると、その顔は精緻な作り物のようで、直視するのも憚られるような気さえした。
「ああ、君は後ろの席の本条くんかな」
「そう。名前覚えてくれたんだ」
 言いながら、薫は玄冬の腕に視線を落とした。その腕はほっそりとしていて、剛介を投げ飛ばしたような力は何処から出たのだろう、と訝ってしまうばかりであった。
 薫は友人である佐竹真と亀山寛二《かめやまかんじ》と一緒に帰るつもりであったが、この転入生の帰路もどうやら同じ方角だったらしく、彼も伴って四人で歩いた。佐竹と亀山も転入生への興味からか、好きなゲームの話だとか、スポーツはやっているかだとか、色々な質問を投げかけていた。
「それじゃ、俺こっちだから、じゃあな」
「おう」
 そうして、薫は佐竹と亀山と別れた。この三人、亀山が一番学校に近く、その次は佐竹が近いため、いつも最後の三分の一ぐらいの道は薫一人になる。
 ところが、今日は一人ではなかった。転入生、滝川玄冬は、依然として薫の隣にいたのである。
「あれ、もしかして滝川くんもこっち?」
「ああ、そうだよ。君もなんだね」
 そう言って、玄冬はくすりと微笑んだ。二人きりになった途端に、薫は気まずさを覚え始めた。彼と二人きりという状況が、薫の緊張を高め、変に肩に力が入ってしまって、上手く話しかけられない。そのまま、二人の間に静寂が保たれたまま、薫の自宅の前まで来てしまった。
「俺の家ここだから、それじゃまた明日」
 そう言って、薫は玄冬と別れて家に入った。
 まだ半日しか経っていないとは思えない、濃密な半日であった。その日はずっと、玄冬が教室に入ったきた時のことや、喧嘩を売った平剛介を投げ飛ばしたことが頭から離れなかった。
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