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第二章 竜の文化、人の文化
四十話
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「じゃあ、ボクが診る時は、アイリスちゃんがここに来る? それともボクがアイリスちゃん家に行く?」
「え、あ」
そうか、とアイリスは今更に気付く。
ファスティが診る時は恐らくアイリスの家での事になるだろうが、ウェイレはそうそう城から出られない立場にいる。
(……あれ? でもヘイルさんは、結構お城の外、というか家でお見掛けする……?)
長と侍医では、城内での動きが違うのだろうか。そんな事を思いながら、ウェイレの質問にどう答えるべきか、アイリスは悩んだ。
「ええと、ウェイレ先生にご足労いただくのは、色々と大変なんですよね……? なら、私がお城に、の方が、良いのでしょうか?」
アイリスが、皆を見回しながらそう言えば。
「大変かどうかはヘイル次第だね」
そんな風にウェイレは言い、
「私としては、アイリスがリラックス出来る自宅がいいと思うんだけど」
と、ブランゼンが言う。
「私は、アイリスさんと坊ちゃまの意志に、お任せいたします」
ファスティはそう言って、微笑んだ。
アイリスはヘイルへと目を向ける。
「……そう、だな……」
逡巡するようにアイリスを見、ウェイレを見、ヘイルは口を開いた。
◆
「で、先生は月にいっぺん、城に行くことになったのか」
「はい」
検査の日の、その翌日。勉強会のために集まったゾンプ達に、アイリスは昨日の出来事をかいつまんで話していた。
場所はいつもの通り、アイリスの家の庭。その大きなテーブルを囲むのは、アイリス、ゾンプとモアに、ケルウァズとドゥンシー。ダンファとズィンは、今日は都合が合わなかったので、欠席だ。
「でもそっかー。先生、言われてみれば痩せてんね」
ゾンプの言葉に、アイリスは苦笑いする。
「人間ってこういう体型なんだと思ってた」
ケルウァズが言い、
「わたしも。気付かなかった、ごめんなさい」
謝るモアに、アイリスは軽く手を振った。
「そんな、謝られる事なんてないです。私自身、自分が痩せてるなんて、全然分かっていなかったのですから」
それで、とアイリスは続ける。
「これは私にはとても有り難いお話ですし、ウェイレ先生も良い人……良い竜、えっと、良い方ですし。それに、ヘイルさんがそう決めましたから」
言って、しかしすぐに、その顔に申し訳無さが滲む。
「でも……」
「でも?」
モアが、黄色の瞳をぱちくりさせる。
「その、私、今、この都の庇護下にいるじゃないですか。その上、持ち金もない。医療費はどうするのかって、聞いたんですが……」
「え? そんなの、ヘイルが出してくれんじゃないの?」
頭の後ろで手を組んだケルウァズが、あっけらかんとそう言った。
それこそ、当たり前の事のように。
「うぅ……」
アイリスはうめき声を上げる。
「……も、もしかして、ヘイルさんは出してくれなくて、しゃ、借金……?」
そんなアイリスを見て、ドゥンシーがこわごわとそう口にすると、
「え?! や、違います違います! ケルウァズさんの言った通りに、ヘイルさんが出してくれる事になったんです!」
アイリスは慌ててそれを否定した。
「なんだ。じゃあいいじゃん。何を気にしてんの? 先生」
ケルウァズはオレンジの頭を揺らし、よく分からない、といった表情になる。
「その……こんなにも色々としてもらうのが、申し訳ないと、言いますか……感謝してもしきれませんし、今私には、返せるものもありませんし……」
アイリスは小さな声でそう言って、はあぁ、と溜め息を零す。
「だから、そんなの気にする事じゃないって、あの時も言ったじゃない。アイリス」
ヘイルとファスティと共に後ろにいたブランゼンが、アイリスの元へと向かいながら、努めて明るい声で言う。
「アイリスが健診を受けてくれる事で、資料も今までの比じゃなく充実する。これから都に迷い込むかも知れない人間のために、その未来のためになるものも、出来るかも知れない。ヘイルだって、そう言ってたでしょう?」
アイリスの側に寄り、ブランゼンは優しく言葉をかける。
「……でも、やっぱり、何か相応の、それでなくとも私に出来る何か…………お返しについて、考えてしまって……」
「え、あ」
そうか、とアイリスは今更に気付く。
ファスティが診る時は恐らくアイリスの家での事になるだろうが、ウェイレはそうそう城から出られない立場にいる。
(……あれ? でもヘイルさんは、結構お城の外、というか家でお見掛けする……?)
長と侍医では、城内での動きが違うのだろうか。そんな事を思いながら、ウェイレの質問にどう答えるべきか、アイリスは悩んだ。
「ええと、ウェイレ先生にご足労いただくのは、色々と大変なんですよね……? なら、私がお城に、の方が、良いのでしょうか?」
アイリスが、皆を見回しながらそう言えば。
「大変かどうかはヘイル次第だね」
そんな風にウェイレは言い、
「私としては、アイリスがリラックス出来る自宅がいいと思うんだけど」
と、ブランゼンが言う。
「私は、アイリスさんと坊ちゃまの意志に、お任せいたします」
ファスティはそう言って、微笑んだ。
アイリスはヘイルへと目を向ける。
「……そう、だな……」
逡巡するようにアイリスを見、ウェイレを見、ヘイルは口を開いた。
◆
「で、先生は月にいっぺん、城に行くことになったのか」
「はい」
検査の日の、その翌日。勉強会のために集まったゾンプ達に、アイリスは昨日の出来事をかいつまんで話していた。
場所はいつもの通り、アイリスの家の庭。その大きなテーブルを囲むのは、アイリス、ゾンプとモアに、ケルウァズとドゥンシー。ダンファとズィンは、今日は都合が合わなかったので、欠席だ。
「でもそっかー。先生、言われてみれば痩せてんね」
ゾンプの言葉に、アイリスは苦笑いする。
「人間ってこういう体型なんだと思ってた」
ケルウァズが言い、
「わたしも。気付かなかった、ごめんなさい」
謝るモアに、アイリスは軽く手を振った。
「そんな、謝られる事なんてないです。私自身、自分が痩せてるなんて、全然分かっていなかったのですから」
それで、とアイリスは続ける。
「これは私にはとても有り難いお話ですし、ウェイレ先生も良い人……良い竜、えっと、良い方ですし。それに、ヘイルさんがそう決めましたから」
言って、しかしすぐに、その顔に申し訳無さが滲む。
「でも……」
「でも?」
モアが、黄色の瞳をぱちくりさせる。
「その、私、今、この都の庇護下にいるじゃないですか。その上、持ち金もない。医療費はどうするのかって、聞いたんですが……」
「え? そんなの、ヘイルが出してくれんじゃないの?」
頭の後ろで手を組んだケルウァズが、あっけらかんとそう言った。
それこそ、当たり前の事のように。
「うぅ……」
アイリスはうめき声を上げる。
「……も、もしかして、ヘイルさんは出してくれなくて、しゃ、借金……?」
そんなアイリスを見て、ドゥンシーがこわごわとそう口にすると、
「え?! や、違います違います! ケルウァズさんの言った通りに、ヘイルさんが出してくれる事になったんです!」
アイリスは慌ててそれを否定した。
「なんだ。じゃあいいじゃん。何を気にしてんの? 先生」
ケルウァズはオレンジの頭を揺らし、よく分からない、といった表情になる。
「その……こんなにも色々としてもらうのが、申し訳ないと、言いますか……感謝してもしきれませんし、今私には、返せるものもありませんし……」
アイリスは小さな声でそう言って、はあぁ、と溜め息を零す。
「だから、そんなの気にする事じゃないって、あの時も言ったじゃない。アイリス」
ヘイルとファスティと共に後ろにいたブランゼンが、アイリスの元へと向かいながら、努めて明るい声で言う。
「アイリスが健診を受けてくれる事で、資料も今までの比じゃなく充実する。これから都に迷い込むかも知れない人間のために、その未来のためになるものも、出来るかも知れない。ヘイルだって、そう言ってたでしょう?」
アイリスの側に寄り、ブランゼンは優しく言葉をかける。
「……でも、やっぱり、何か相応の、それでなくとも私に出来る何か…………お返しについて、考えてしまって……」
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