竜の都に迷い込んだ女の子のお話

山法師

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第二章 竜の文化、人の文化

四十一話

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(私なんかがお役に立てるらしいのは、とても光栄だけれど……でも、ただそれを享受している状態じゃ、なんだか、ズルをしているみたいで……)

 そこまでは言えなかったが、アイリスは心の中で呟いた。

「その気持ちはありがたいけど……ほら、ヘイル、あなたからももう一度言ってあげて」

 ブランゼンは後ろへ振り返り、座っていたヘイルへと声をかける。ヘイルは一拍遅れて、

「……ん? すまん。聞いてなかった。なんだ?」

 読んでいた冊子から顔を上げた。

「……これだから、もう……」

 そのヘイルの言葉に、ブランゼンは呆れたように首を振る。
 ヘイルが読んでいたその冊子は、昨日、ウェイレがずっと持っていた、アイリスの検査記録の冊子だ。ウェイレから渡され、昨日のうちに確かめたはずのそれをヘイルは、また──それももう何度も──読み返している。
 そして横にあるテーブルには、竜の医術書と、以前に迷い込んだ人間達についての僅かばかりの資料と、ヘイル達が集めた人間についての資料。昨日、ウェイレが冊子と見比べていた物達だ。

「ねぇ、アイリス。ヘイルは熱中できるものを見つけて、とっても喜んでるわ。あれがその証拠よ。だから、アイリスがそんなに気に病む事はなんにもないのよ」

 呆れ混じりのブランゼンの言葉に、「そ、そうですか、ね……?」と小さな声で応じるアイリス。

(見てもいいと言ったのは、私だけど……)

 あそこまでじっくりと読み込まれると、なんだか気恥ずかしさを感じるアイリスだった。

「で、ヘイルはあんなだから、今日は使い物にならないわよ。竜の体術については、無しね」
「えぇー!!」
「そんな気はしてたけど、えぇ~」

 ゾンプとケルウァズが、抗議の声を上げる。そしてドゥンシーも、僅かに落ち込んだようだった。

(……ドゥンシーさんは……)
「またの機会ね。それじゃ、アイリスの勉強と、あなた達の勉強、始めるわよ!」

 ブランゼンの声にハッとしたアイリスは、一瞬湧いた疑問を一時追いやり、目の前の事に集中する。
 今日は、竜が子供のうちに学ぶ事をアイリスも教えてもらう事になっているのだ。

「じゃあまず、今ここで一番勉強が進んでいるのは……歳からして、モアか、ゾンプかしら?」

 ブランゼンの言葉に、

「わたしの方が成績が良い」

 と、間髪入れずにモアが答えた。

「なっ!」
「なに? ゾンプ。この前の復習テストも、わたしの点数のが良かった」
「ぐぬぅ……」

 そんな双子のやりとりを見ながら、アイリスは頭の中で反芻する。

(竜の教育方法は、四十歳から百二十九歳までは基本自宅で、親か家庭教師から基礎を学ぶ。そして百三十になったら、それぞれ学びたい分野の学校へ通う……だったはず)

 百三十より下の年齢までに、何をどこまで教えるか。そのための財源はどこが出すか。最低限の部分は全みやこで分かち合うように制度が作られ、共通のモノが決められている。が、それ以上を教えるかは、各都で多少差異がある。
 ここ玻璃はりの都は、自由で闊達な気風もあり、百三十手前にして、基礎知識だけでなく、専門知識にまで手を出している子供達も多いと、アイリスは聞いていた。

(それにしても、殆どのひと、竜が、ちゃんとした教育を受けられるなんて)

 何度も思った事だが、アイリスにはその話が、今でもとても不思議に、印象に残っている。
 人間には──主に、アイリスの持つ知識では──教育を平等に受けられる体制がない。財、権力、そして運があって、やっとちゃんとした教育を受ける事が出来る。だからアイリスは、自分はとても恵まれているのだと思っていた。
 けれど、この竜が住む地では、皆が平等に教育を受けられる。なんという制度だろう。なんという待遇だろう。

(竜の皆さんの知識量が多いのも、それを使いこなせているのも、この制度あってこそなのね)

 うん、と頷くアイリスの横で、モア達を見ていたブランゼンが口を開いた。

「じゃあモア、アイリスにここの基礎知識を教えてあげて? 周りはそれを補佐する事。分からなくなったら、私も手を貸してあげるから」
「分かった」

 モアが真剣な表情になり、アイリスへと向き直る。

「先生」
「は、はい」

 今日は教わる側なんだけれど、と思いながらも、アイリスは返事をする。

「まずね、この前言ってたこの本に、目を通してほしいの」

 モアはそう言って、テーブルの足に立て掛けていた布製のカバンを開ける。そこから、指一本分の厚みで、大人の掌一つ分ほどの幅と、その二倍ほどの高さのある本を、何冊か取り出した。

「これが、以前に話していた〈教科書〉ですか。……よいしょっ」

 言いながら、テーブルに置かれたそれらを、アイリスは慎重に手に取った。


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