ラブドール

倉藤

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来たる日の再会

93 ナガトの過去

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 ステージ上の乱戦はあらかた片付き、生き残った兵たちと甲板に上がる。遺体を移動させる時間はなく、申し訳ないと思いつつ、しかし醜い死に様を晒していた貴族達に手で触れる気にはなれず脚で退けて歩く。
 生き残った兵士の中に、革命軍のメンバーが一人もいないことに気がついた。逃げるしかなかったのか、もしくは処分されたか。最初からイェスプーンの動向は全てお見通しだったのだ。

「閣下、出航させますか」

 兵士がヴィクトルに問う。

「ああ、操縦を頼めるか」
「はっ、経験があります」
「では任せた」

 兵士が敬礼をし、操縦室に数名を引き連れて入った。

「構わないないな? 君もいつまでも孤島にいるつもりはないだろう?」

 ヴィクトルがナガトの方を振り向いた。
 ナガトは黙って顎を引く。

「残りの兵士は甲板の清掃と、無関係の乗組員らへの説明と保護を、彼等が取り乱して愚かな真似をしないよう注意しろ。私はこちらの二名と席を外す」

 ヴィクトルは残りの兵士と部下に告げ、それから譲とナガトに向いた。ヴィクトルは階段を下って行く。譲とナガトは彼に続いた。

「おい、そろそろどの部屋に国王共が隠されているのか話せ」

 周囲に人がいなくなり、ナガトがライフルをヴィクトルの背に突きつける。

「焦るな、ちゃんと連れて行く。だが何を見ても狼狽えない心の準備をしておけ」
「馬鹿にしているのか、拷問でも受けてるなら結構なことだぜ。是非この目で直接拝みたいものだ」
「そうか、ではこの部屋の中身を直視しても同じことが言えたなら拍手してあげようか」

 ヴィクトルがある部屋の前で止まった。

「ここなのか?」

 ナガトは訝しむように唸った。譲も同じように思う。
 三人が歩いてきたのは最上デッキの一つの客室。なんてことはない、隣の客室とも、またまたその隣の客室とも同様の造りだ。
 他と比べて厳重そうだといった様子も見られない。
 鍵は特注なのだろうか、ヴィクトルは所持していた鍵を差し込んで右に捻った。

「嘘だったら殺すからな」
「私が嘘をついているか否かは部屋に入ってから判断したまえ。木を隠すなら森の中というだろう?」

 客室に脚を踏み入れる。
 最上デッキは窓から陽が入る為、客室は明るい。
 一級品のソファセットと、毛足の長い絨毯。奥の寝室にベッドが見えた。
 入ってすぐには誰もいない。

「奥にいるの?」

 譲は寝室を指してヴィクトルに訊ねる。

「おいで」

 ヴィクトルは優しい口調で譲を手招いた。
 譲はナガトと目を合わせ、寝室に脚を運ぶ。

「なっ」

 一番にナガトが尻をつく。
 あれだけ強気なことを豪語していたのに、しかし譲も口を押さえて膝をついた。

「公爵・・・これは・・・何ですか?」
「ミイラというらしい。死亡後、防腐処理を施し乾燥させた遺体だ」
「べコックの王室はずっと以前から滅んでいた・・・・・・?」
「そうだよ。譲は賢いね。高位貴族の間でも知られていないことだった。各国の王家の血を継ぐ者達だけがこの姿を目にしていた。身体だけになろうと国王陛下がこの世に在ることが時には金や宝石、命よりも重要視される。大切な遺体だが私がここに運んだのだ」
「公爵が? そんなことしたら遺体が・・・・・・」
「ああ、特別仕様の棺桶から盗んできて三日は経った。もう腐り始めているかもしれない」
「これも取引したこと?」
「そうだ」

 ヴィクトルは腰を抜かしているナガトに問う。

「この通りだ、君が殺さずとも死んでいるがどうする」
「い、いつだ・・・いつ死んだ?」
「ここにいらっしゃる国王陛下は五年前に、王妃殿下はもっと前になる。なので実質、べコック西部の王家は途絶えている。ナガト=ケリー王子、君は東部側の王家の末裔だろう?」

 譲は目を見張った。ナガトは否定しない。強い眼差しでヴィクトルを睨んでいる。
 ヴィクトルが静かに言う。

「王子、取引をしよう。王が不在となるべコックには王家の血を受け継いでいる存在が必要だ。承諾して貰えるならば、表には出されぬが君は新しいべコックの国王となる」

 ナガトは答えを迷っているのか目を閉じて口を引き結んでいる。

「君は仲間の復讐を生き甲斐にしてきたようだが、もうその相手はいない。突然生きる目標を失ったのだから茫然自失となるのも仕方ない。だが今自分が何をすべきか考えなさい。かつて果たされなかったべコック東部民の安寧を君が守れるのだと思いなさい」

 ヴィクトルの声はナガトの無念に寄り添うようだった。

「・・・・・・古い時代、百年余りだ」

 ナガトが自身に言い聞かせるよう呟く。

「べコックは王家内の身内争いがもとで東部と西部に別れ、それぞれに国王となる人物を立てた。国内には未だ迫害されてる東部の生き残り達が多くいる」
「ああ、そうだろうとも、君が国王陛下となれば解決する糸口も簡単に見つかるのでは?」

 ヴィクトルが膝をつくと、ナガトの肩に手を置いた。

「腑抜けている時じゃないぞ」
「ちっ、確かにあんたの言う通りだよ」
「では無事に皆で艦から降りねばな。上の者には私が間に入って交渉しよう」

 ナガトは深く眉間に皺を寄せて目を伏せる。それから決意を固めたようにヴィクトルを見た。

「わかった、宜しく頼む」

 譲は隣でほっと息をついた。これでようやく決着がついたのだ。ナガトの即位交渉を名目に一時的にではあるがヴィクトルの安全も確保された、ちゃっかりしている。
 あとは軍艦テティスがべコックに帰ることができれば、革命軍の大敗という結末で悪夢は幕を閉じる。
 もう艦内に敵はいない。しばしの船旅は平穏に過ぎるはずだった。
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