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第三章『悪魔と天使のはざま』
97 sideハワード 見当違い
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「フローレス侯爵は犯した罪の発覚を恐れ、アルトリアさんを学園から取り戻そうとしていた。それがアルファを送り込み息子を襲わせた動機」
呆然と、ハワードは真相を吐き出す。
「我々が調査に動いていると偽りを伝えたのはモーリッツ」
正体を明かさない漠然とした彼の存在が途端に強大に思え、ゾッとした。
「できるだけ速やかに身柄を押さえたいところです」
自分で自分の肩を抱きかかえていないと震えてしまいそうだ。
その後モーリッツを確保することに全力を注ぐ。アルトリア家の屋敷に身を寄せているモーリッツの警備の穴を探るのは黒兎の役目だ。しかし数日して、潜入している彼女たちから衝撃の事実が届いた。
「モーリッツがいない?!」
ハワードは知らせの手紙を握り潰してしまった。
「いつから消えたのでしょうか。すぐに返事を送らないと」
腰を上げ、セスに新しい便箋を押しつける。
「慌てないで。きちんと続きに書いてありますよ。もしかしたらかなり前から騙されていたのかもしれない、巧妙にニセモノが準備され、屋敷のあるじも気がついていないと」
「なんてこと。そんな芸当が可能なのか・・・・・。オメガやアルファならまだしも、ベータのモーリッツに・・・・・・」
モーリッツはベータじゃないのか? ベータじゃなければアルファなのか? オメガなのか?
(オメガだと?)
その瞬間、ハワードの脳裏でピースがぴたりと一致した。
「魔法術の知識に長けた人間は恐ろしい」
「殿下?」
「セス、ミリー・ソルトが何者か予想がつきました。ローレンツさんを呼んでいただけますか」
「は、ただいま」
やってきたティコは乱れた前髪を直しながら、アンドリューと共に別部屋にいた残り香を漂わせている。
「すみませんね。アンドリュー殿下は今日はもうお帰りに?」
「はい・・・、ぅ、あんまり見ないでください」
「しかし執務の合間を縫ってよく通ってきてくれていますね」
「はは、あのひと、澄ましたふりしてかなり根に持っているんですよ。正面から堂々と学園内に入ってこられる口実もできましたし、会うたびにクタクタです」
腰を揉む仕草をするティコに、ハワードは目を細めた。
「嬉しいんですか? 迷惑なんですか?」
「ハワード様まで揶揄わないでください」
ティコは苦笑すると、室内を見まわした。
「コタローくんがいないですね。おや、眠り姫もいません」
「移動させたんです。コタローさんの希望でもっと静かで落ち着いた場所に寝かせてやりたいと」
それまで洋のベッドは全員が集まる広間に設置していた。当然ひとの出入りが激しく、話し合いの声が始終ある。腹に悪魔を宿す洋は大勢の目で守られるべきだとハワードは考えるが、——魔法薬で眠らせているので睡眠を妨げるわけでもなし——、琥太郎の強い要望で部屋を広間から一番近い寝室に移した。
「時折、瞼や唇が苦しそうに動くのだそうですよ」
これは琥太郎に聞いた話だった。
「ヨウのですか?」
「ええ。悪夢にうなされているのか、眠っていても耳は聴こえているのかもしれませんね」
「へぇ」
と、ティコが眉を寄せる。
「ずいぶん献身的なんだ」
ティコはそう言うと、窓辺に足を運んだ。険しい顔つきで外を睨む。硝子越しに薄く映ったその表情がハワードの目に入った。
「二人きりにしといていいのかな。ジョエルくんは大丈夫かな」
「・・・だからといって私たちが彼らにやめなさいとは言えないでしょう」
ハワードが答えると、ティコは黙る。
「こちらの世界の都合で、もう十分すぎるほど辛い思いをさせています。これからもきっとさせるでしょう。できることは最大限にしてあげなくては。少ないですけれど」
琥太郎も、眠ったままだが洋も、オメガとなった彼らはハワードにとってシーレハウス学園の学園生と同等の大切な子ども。
けれど、そう考えるなら、そう考えるほど、ジョエルの大切さにも気づかされる。
同じだ。全員を余すことなく守りたい。誰も取りこぼすことなく・・・ただ、ひとりを覗いて。一刻も早く学園生たちから引き剥がさなければいけない男がいる。
「ミリー・ソルトについて新しい見解を得ました。我々のもとにある情報をふまえると以前のテスト時にアルトリアさんの成績を操作したのも、これと無関係じゃないのでしょうね。当時の犯人たちと思わぬ繋がりが見えるかもしれません」
息を呑み、神妙な顔でティコが振り向いた。
× × ×
調べがついたと、アンドリューからの返事は早かった。便利と言っては失礼だが、ティコを通すとスムーズにことが運ぶ。執務を後回しにして、顔を出しにきた。
「これでタネがわかった。ミリー・ソルトは変装の名人。外見を変えてあらゆる場所に紛れ込んでいた。見た目だけ完璧に擬態するくせ、存在する実際の名前を使ってはお粗末だな。これでは見つけてくれと言っているようなものだ」
報告を早口気味に終えたアンドリューは当日のうちに王宮へ戻らねばならないらしく、颯爽と馬に跨りながら言った。見送りのティコから頬にキスを受け、上機嫌だ。
ハワードはセスを伴い、二人を邪魔しないよう静かに立っていた。ティコが馬を離れたのを見届けて、考えを述べる。
「それですよ。アンドリュー殿下のおかげで確信しました。私たちはとんだ見当違いをしていたようです」
「愚かな奴だ。ゲームでもしてるつもりか、見つかりたかったのか?」
アンドリューは嘲笑したが、ハワードは唯一見つけた解決の糸口を決して失くさないよう空の拳を握った。
「ええ。そうです。それこそがミリー・ソルトの目的だったのでしょうから・・・・・・!」
呆然と、ハワードは真相を吐き出す。
「我々が調査に動いていると偽りを伝えたのはモーリッツ」
正体を明かさない漠然とした彼の存在が途端に強大に思え、ゾッとした。
「できるだけ速やかに身柄を押さえたいところです」
自分で自分の肩を抱きかかえていないと震えてしまいそうだ。
その後モーリッツを確保することに全力を注ぐ。アルトリア家の屋敷に身を寄せているモーリッツの警備の穴を探るのは黒兎の役目だ。しかし数日して、潜入している彼女たちから衝撃の事実が届いた。
「モーリッツがいない?!」
ハワードは知らせの手紙を握り潰してしまった。
「いつから消えたのでしょうか。すぐに返事を送らないと」
腰を上げ、セスに新しい便箋を押しつける。
「慌てないで。きちんと続きに書いてありますよ。もしかしたらかなり前から騙されていたのかもしれない、巧妙にニセモノが準備され、屋敷のあるじも気がついていないと」
「なんてこと。そんな芸当が可能なのか・・・・・。オメガやアルファならまだしも、ベータのモーリッツに・・・・・・」
モーリッツはベータじゃないのか? ベータじゃなければアルファなのか? オメガなのか?
(オメガだと?)
その瞬間、ハワードの脳裏でピースがぴたりと一致した。
「魔法術の知識に長けた人間は恐ろしい」
「殿下?」
「セス、ミリー・ソルトが何者か予想がつきました。ローレンツさんを呼んでいただけますか」
「は、ただいま」
やってきたティコは乱れた前髪を直しながら、アンドリューと共に別部屋にいた残り香を漂わせている。
「すみませんね。アンドリュー殿下は今日はもうお帰りに?」
「はい・・・、ぅ、あんまり見ないでください」
「しかし執務の合間を縫ってよく通ってきてくれていますね」
「はは、あのひと、澄ましたふりしてかなり根に持っているんですよ。正面から堂々と学園内に入ってこられる口実もできましたし、会うたびにクタクタです」
腰を揉む仕草をするティコに、ハワードは目を細めた。
「嬉しいんですか? 迷惑なんですか?」
「ハワード様まで揶揄わないでください」
ティコは苦笑すると、室内を見まわした。
「コタローくんがいないですね。おや、眠り姫もいません」
「移動させたんです。コタローさんの希望でもっと静かで落ち着いた場所に寝かせてやりたいと」
それまで洋のベッドは全員が集まる広間に設置していた。当然ひとの出入りが激しく、話し合いの声が始終ある。腹に悪魔を宿す洋は大勢の目で守られるべきだとハワードは考えるが、——魔法薬で眠らせているので睡眠を妨げるわけでもなし——、琥太郎の強い要望で部屋を広間から一番近い寝室に移した。
「時折、瞼や唇が苦しそうに動くのだそうですよ」
これは琥太郎に聞いた話だった。
「ヨウのですか?」
「ええ。悪夢にうなされているのか、眠っていても耳は聴こえているのかもしれませんね」
「へぇ」
と、ティコが眉を寄せる。
「ずいぶん献身的なんだ」
ティコはそう言うと、窓辺に足を運んだ。険しい顔つきで外を睨む。硝子越しに薄く映ったその表情がハワードの目に入った。
「二人きりにしといていいのかな。ジョエルくんは大丈夫かな」
「・・・だからといって私たちが彼らにやめなさいとは言えないでしょう」
ハワードが答えると、ティコは黙る。
「こちらの世界の都合で、もう十分すぎるほど辛い思いをさせています。これからもきっとさせるでしょう。できることは最大限にしてあげなくては。少ないですけれど」
琥太郎も、眠ったままだが洋も、オメガとなった彼らはハワードにとってシーレハウス学園の学園生と同等の大切な子ども。
けれど、そう考えるなら、そう考えるほど、ジョエルの大切さにも気づかされる。
同じだ。全員を余すことなく守りたい。誰も取りこぼすことなく・・・ただ、ひとりを覗いて。一刻も早く学園生たちから引き剥がさなければいけない男がいる。
「ミリー・ソルトについて新しい見解を得ました。我々のもとにある情報をふまえると以前のテスト時にアルトリアさんの成績を操作したのも、これと無関係じゃないのでしょうね。当時の犯人たちと思わぬ繋がりが見えるかもしれません」
息を呑み、神妙な顔でティコが振り向いた。
× × ×
調べがついたと、アンドリューからの返事は早かった。便利と言っては失礼だが、ティコを通すとスムーズにことが運ぶ。執務を後回しにして、顔を出しにきた。
「これでタネがわかった。ミリー・ソルトは変装の名人。外見を変えてあらゆる場所に紛れ込んでいた。見た目だけ完璧に擬態するくせ、存在する実際の名前を使ってはお粗末だな。これでは見つけてくれと言っているようなものだ」
報告を早口気味に終えたアンドリューは当日のうちに王宮へ戻らねばならないらしく、颯爽と馬に跨りながら言った。見送りのティコから頬にキスを受け、上機嫌だ。
ハワードはセスを伴い、二人を邪魔しないよう静かに立っていた。ティコが馬を離れたのを見届けて、考えを述べる。
「それですよ。アンドリュー殿下のおかげで確信しました。私たちはとんだ見当違いをしていたようです」
「愚かな奴だ。ゲームでもしてるつもりか、見つかりたかったのか?」
アンドリューは嘲笑したが、ハワードは唯一見つけた解決の糸口を決して失くさないよう空の拳を握った。
「ええ。そうです。それこそがミリー・ソルトの目的だったのでしょうから・・・・・・!」
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