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第三章『悪魔と天使のはざま』

96 sideハワード きっかけ

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 騎馬隊を引き連れた王太子殿下、アンドリューの登場に空気が一変する。
 アンドリューは愛しいティコの手の甲に口づけし、自らの馬の背に引き上げ跨らせた。

「アンドリュー様、シスター長を」
「承知している」

 ハワードのそばにセスが来ると、馬上に引き上げられる。

「さぁ、君たち退くんだ。今なら不問で済ませてやれる」

 アンドリューの命に学園生たちは諦めたように退き始めた。しかしホッとしたのも束の間、一人が「退くな!」と叫んだ。最初に体当たりをかましてきた学園生だ。ハワードは彼がこたびの襲撃を率いたリーダーなのかもしれないと感じる。

「少年、そなたは私の顔を知らぬのか」

 アンドリューは優しい口調で問う。

「存じ上げております。王太子殿下様」

 学園生は頭を低くしたが、気丈にも未来の国王を両目で睨んだ。

「ほう」

 目をすがめ返され、学園生はたじろいた様子を見せる。けれど折れた様子はない。話しかける相手をアンドリューからティコに変えた。

「ローレンツ様、僕たちはあなたが苦しんでいることを知っています」

 ティコのこめかみがぴくりと震える。

「なんだって?」
「あなた様は王太子殿下様との婚約を苦痛に思っているのですよね」
「・・・・・・誰がそんなことを」
「我らの天使は導いてくださいます。オメガはアルファより優れているのです。自分に自信をもちなさいと、アルファの言いなりになることはありませんと教えてくださいました」

 学園生は胸の前で祈り、手を広げると、ティコに両手を差し伸べる。

「戦いましょう。ローレンツ様」

 しかしティコが何かを答える前に、騎馬隊があいだに割り込んだ。

「不敬だぞ」

 差し伸べられた両手は槍の持ち柄で弾かれる。
 アンドリューは反抗的な態度を崩さない学園生を見下ろし告げた。

「我が騎馬隊に刃向かうは王族への反逆とみなされる。天からの預かりものであるシーレハウス学園生とはいえ見過ごせない振る舞いだ。この場で拘束させてもらう」

 ハワードは処遇の取り消しを求めて馬を降りようとしたが、セスに禁じられる。声を出そうとすれば口を塞がれた。馬上で身動きが取れなくなり、苦汁をめ、連れていかれる学園生を見送った。



 × × ×



 一団は馬に騎乗したまま屋敷に帰りつき、騎馬隊は護衛兵と共に外の護衛につかせた。洋の見守りを任せて待機させていた琥太郎は、大所帯になった帰還に驚かなかった。

「セスさんがいったん戻って知らせに来てくれたので」

 セスを見ると、頷く。

「別件に向かおうとしている時にアンドリュー殿下と出くわしました」
「なるほど、そうでしたか」

 山積みの課題を解決しなければならないため、話が早くて助かった。けれども、帰宅早々に「土産話がある」と話し始めてしまうアンドリューに、やはりハワードは後味の悪さを禁じえない。

「それより・・・私たちは席を外しましょうか?」

 しかしアンドリューはかぶりを振る。

「ああ、学園生が口にしていた話ならどうってことない。リリーが自由の身でいたいと望んでいることなどとうの昔から知っている」

 ティコもそうなのかと顔色をうかがえば、微動だにせず聞いていた。

「こやつの本心は後ほど私が改める。もとより私だけが知っていれば良いことだ。そうだな?」

 アンドリューがティコのもとへ行き、射抜くように問いかける。

「俺たちのことは忘れてください」

 ティコは婚約者の意のままに言葉を吐く。

「本当に?」

 ハワードは心配でならなかった。仲睦まじく見えていた二人なのに、急に・・・、見え方が変わってしまった。

「あんなの聞いたらびっくりしますよね、ハワード様には婚約のために知恵を貸してもらって。相引きする手伝いもしてもらって。でも愛し合ってるのは本当です。俺たちには俺たちにしかわからないことがある。信じてください」

 ティコはハワードに微笑んだ。

「わかりました。信じます」

 迷いなくティコに断言されたので、ハワードは生じてしまった不安の種を全て呑み込むしかない。

「それで、話を戻していいかな」

 ティコがアンドリューを見つめ、そしてハワードとセス、琥太郎に目を向けた。

「いいぞリリー、君から話してくれ」

 アンドリューがティコの頬を撫でる。

「ありがとう。あのね、ちょっと思い当たることがあるんだけど、俺とアンドリュー様の関係について口外したとするなら犯人はジェイコブだと思う。でもジェイコブの口が軽くなるのはジョエルくんに対してだけに限られてるから、学園生たちに話をしたのはジェイコブじゃない。はたしてジョエルくんは他人のプライベートなことをみんなにベラベラ喋るかな?」

 ハワードは即座にひらめいた名を呟いた。

「ミリー・ソルト」

 ティコが、無言で頷く。

「ここでもまたその名前か」

 セスがため息をつくと、琥太郎が首をひねった。

「待ってください。何が論点なの?」

 ティコは説明する。

「俺は誰かれ構わず本心を暴露するようなヘマはしないってこと。こう見えても俺は学園生たちが憧れる存在であるために身を砕いてきたつもりだよ。望まない結婚を強いられる学園生たちに少しでも明るい夢を見てほしかったからだ。あの情報をどこから入手したのか・・・いやそうじゃない、そう考えるより、ミリー・ソルトはずっと俺たちの近くにいたと考えるべきなんだ」

 ハワードは、ティコの推理に唸った。

「自然と耳に入る場所に。つまりは高位の人間しか出入りできない社会に紛れていた。だとするなら王族か三大貴族家ですね」

 三大貴族家・・・・・という言葉にアンドリューが反応した。

「今の話に繋がるかどうかわからないが私の持ってきた土産話が関係するかもしれない。私はリリーからの頼みでフローレス侯爵の経歴を事細かに洗った」

 ハワードらはジョエルの生みの母が別にいると過程して、情報を集めようとした。しかし優秀な黒兎を用いても塵一つのわずかな情報も出てこなかったため、逆に怪しいと踏み、アンドリューの力を頼った。あまりにも綺麗に隠されすぎているため、明確な意図をもってジョエルの母の存在を消そうとしていると感じられたからだ。
 アンドリューはゆっくりとソファに腰を下ろしてから話す。

「前代から爵位を譲渡されて間もなくの頃、海を渡った遠征の記録があった。軍事部関連の極秘の任だったようだが、船の出航に何ら影響のない気候であったにも関わらず、帰国日を数日延ばしていたことが判明した」
「その出どころは?」

 ハワードは注意深く問う。

「現地で聞き込みをして調べさせたところ、港の老夫が証言した」
「そこまでやってくれたんだ」

 ティコが目を丸くすると、アンドリューは得意げに肩をいからせ上目づかいに愛しいひとを見つめた。

「リリーの頼みなら何でもする」

 ティコの頬がほのかに紅潮したのをハワードは見ていた。安堵し、そして、アンドリューに率直に感じた憂いを投げた。

「しかし十八年以上前のことをよく覚えていましたよね。そのご老人の証言は信用できるのでしょうか」
「それが、猛獣でもいれているのかと思うような至極頑丈な檻を船に乗せようとしていて目についたという。檻には大きな布が被せられ、中からくぐもった女性の声が聴こえてきたので驚いて鮮明に覚えていると」

 アンドリューの返答に、ハワードは頭の中で点と点が結びついた心地がした。だが同時にこめかみを殴られたようでもあった。

「声の女性がアルトリアさんを生んだ母親だとするなら、それはオメガの密輸に他ならない」
「そうだ。四国同盟以外の国からオメガを未申請で入出国させるのは厳罰対象の重罪だ」

 ハワードに引き継いで、アンドリューは厳しい口調で言った。
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