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第二章『召喚された少年と禁忌の魔法術』

70 sideハワード 光の柱

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「かしこまりました。直ちに」
「ありがとう」

 衛兵は鍵を開け、ハワードを書庫へ招き入れる。この時点で彼は仕える王を裏切ったことになるため、後から鮮明に覚えていたとしても告げ口できない。
 衛兵は扉の付近でふらふらしながら鼻をおさえている。

(オメガの匂いが気に入ったのなら、礼のかわりに触らせてやってもいいか)

 しかし振り返ると、衛兵は床に倒れていた。膝を折り、衛兵の口に手をかざす。呼吸はある。ほっとすると、やれやれと本棚の方へ向き直った。

「私がここに来ることも予言でしたか。初代王様にお会いしたのはこれで二度目ですね」

 天井から差し込んだ光柱の中に、長髭を蓄えた老人が佇んでいる。もちろん高貴な建物の天井に穴はない。窓は小さなのが点々とあるが、光の入り道が窓からではないと角度が示している。
 本物のように見えて後ろの壁が透けている老人。
 人形のように表情を変えず、話すこともない。

「手記の実物は消えてしまった。けれど、ここであなたが魔力を込めて予言を記した時のフェロモンの残り香が残っていたのですね。とても強く、あなたが偉大な魔術師だった証明です」

 最初にこの光景を見たのは十二歳の時。性分化が遅く、判明に時間がかかっていたハワードにオメガの判定が出た夜。
 父である当時の国王陛下に内々に呼び出されたのが書庫だった。父はハワードに初めて手記の一部を見せ、予言の話をし、サンチェス家にオメガが生まれた場合は王とすることが決まっていると伝えた。

 中身を見てはならぬ。書を読んではならぬ。

 父は言った。言霊の危険性についても強く言い伝えられていたようだ。ゆえに伝承は口頭で、予言とされる事項は三つ。

 ・オメガを悪としなさい。
 ・オメガを守りなさい。
 ・オメガと運命を共にしなさい。

 意味がわかりません。
 十二歳だったハワードは父にそうやって進言した記憶がある。父は困った顔をして頷いた。手記の中身は見せられないが、ロンダール王国の成り立ちからハワードに話してくれた。
 それは歴史を教えてくれる先生に習っていた内容と若干異なっていた。
 現在、同盟を結んでいる四つの王国は、昔々は一つの大帝国だった。帝国は内紛争が激化して分裂し、話し合いの末に四つの王国ができた。旧王朝で魔術師をしていたのがロンダール王国を建国した初代王であった。懇意にしていたレヴェネザ王にオメガの隔離場所を作らせたのは初代王だ。シーレハウス学園はロンダール王国の息がかかった場所であり、公にしていないが レヴェネザ国以外の列国からもオメガの子どもを受け入れている。入学時には家族と本人に固い口どめがされる。
 オメガを悪としながら、守る。
 シーレハウス学園はそのために生まれた。これを知っているのはロンダール国王と次代の王となる王太子、同じくレヴェネザ国王と王太子だ。

 私たちは初代王が記された予言が終わるまで伝承に従う。
 
 王の言葉は重かった。何故ですかと問うハワードに、王は、父の顔した王は「罪」だよと答えた。
 我々は皆オメガだった。いやその頃はオメガなんて言葉はなかっただろう。オメガがヒトだったのだ。性別に囚われずに子孫を繋いでいける体をもち、自然に逆らうことなく友として扱い悠々と暮らしていた。
 オメガは本来、我々の祖であり、尊ぶべき性である。アルファやベータは進化の過程で子宮とフェロモンの力を失った人々。
 しかし言霊による予言で初代王は問答無用にオメガを現在の地位に貶めた。サンチェス家に生まれたからには、初代王が犯した十字架を背負っていかなければならない。父の言葉はハワードの胸に響いた。自身がオメガだからということも大きかった。やんわりと芽生えた仲間意識がハワードの心で熱く燃えた。
 しかしアルファと判明していた兄が怒りくるい、弟のハワードを憎んだ。オメガを王とする確たる理由は、予言となる手記に定期的にフェロモンを流し暴走を封じ、万一には潤沢なオメガのフェロモンを駆使して収束にあたれるようにである。ハワードも予言書を管理する王となるために魔法術の習得を命じられていた。
 王太子の位を剥奪されたスティーブは自らの魔法力を誇示するため、魔法術の習得にのめり込み、ギュンターと出会ってしまう。
 おそらくこのうちのどの段階かで手記を開いてしまい、言霊に取り憑かれたのだろう。
 兄が自分を許せないのは兄の心の本音なのか、言霊による影響なのか・・・。十二歳だったあの年から、呆れるくらいに時が経っているのに、それまでは優しかったスティーブの姿に想いを馳せてしまうのだ。
 ハワードは蝋人形のようにリアルだが動かない初代王に近づいた。

「私に伝えるべきことがありますか?」

 すると、初代王の目玉が動いた。
 横に動いた視線を辿ると、紙が置いてある。

「あっ、紙・・・ですかね」

 光柱の中に紙を浸すと、紙に文字が浮かび上がった。

「えっ」

 信じられないことに紙を取り出すと文字が消える。

「なるほど」

 ハワードは光柱の中に紙を戻した。

『———予言を書き換えたのは吾である』

 初代王はハワードに重要な何かを伝えようとしている。一文字ずつ紙に浮かんだ字を読んだ。
 
『吾は己れの力に慢心し、編み出してしまった術は別世界からヒトを呼び寄せ、悪魔と化けさせた。この者は心に悪鬼を飼っていた。愚かにも気づかずに魔法術の知識と技術を教えたのは吾だ』

 ハワードはいったん目を閉じて意味を考え込んだ。

「で、では、最初に予言を書いたのは彼の方であり、暴走して予言を書き換えているのはあなたの言霊ではなく、その悪魔の残した言霊であると?」

 目を開くと、もとあった文章の続きに新しい字が浮かぶ。

『そうだ』

「あなたの言霊が暴走している可能性はないのですね」

『ない。其方は言霊というものを誤解しているようだ。言葉はひとりでに暴走したりはせん。行き過ぎた脅威を感じるならば、放つ人間の暴走に他ならぬ』

「確かに、違いありません」

 ハワードは返す言葉をなくす。

『繊細に綿密に目的を持って組み立てれば、そのぶん効力を発揮するものでもある。そうして吾が上書きした予言の効力が失われつつある。其方をこの場に来るよう仕向けたのは計画していた予言の最後を伝えるためであった。しかし悪魔の予言を止めることこそが』

 そこで余白がいっぱいになってしまった。だが続く言葉は記されなくてもわかった。
 ひいては、と文章が消えて、新しくつづられる。
  
『これから吾と悪魔についてしたため、其方に見せる。予言の内容も教えよう。紙をあるだけ持って参れ』

 ハワードはすぐさま、扉近くで倒れている衛兵を叩き起こした。
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