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第二章『召喚された少年と禁忌の魔法術』
69 sideハワード 役目
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城壁に囲まれた敷地には王族と貴人が住まう宮殿、儀式のための塔、各省庁の詰所が権力に応じて外側からバームクーヘン状に配置されている。王宮は王族のみが使用を許され、本殿と共により中枢に置かれるというのは大抵どの国も似たような作りであろう。
王の持つ華宮はさらに懐深く、外部から見つけにくい場所にある。
ところで王弟に与えられた星宮は、王宮の名を得ない。中枢からほど遠く外の層に近い場所にある。
兄王は弟を嫌い、王族の居住地を与えなかった。王弟派の人間は中枢の席を守るために寝返るか、兄王のやり方に見切りをつけて王弟のそばに残った。残った数は多くなく、そのせいで冷遇を受ける臣下たちに耐えられず、兄に追い立てられるように生まれ育った都を出た。
信のおけるただ一人の騎士に城内の諸々を託して、オメガだった王弟はシーレハウス学園に逃げ込んだ。
———中にいる限りは安全の地だと知っていた。
兄から逃げる口実にした。けれど予言にあった場所だった。向かう日が早まっただけのこと。
実のところセスと交わした会話は強がりもいいとこだ。シスターとしての自分が己れを見たら嘆くだろう。学園生たちは幻滅するだろう。ハワードは兄に会うのが怖い。傀儡になりかけた、言霊に操られた兄と顔を合わせるだけなのに、こんなにも手が震えている。
スティーブは通された謁見用の間にゆるりとやって来た。贅沢な布をたっぷり使ったローブマントを羽織っている。ハワードを一瞥すると王の椅子に進んだ。さらさらと、床ぎりぎりでヤドリギの金刺繍が揺らめいていた。
ハワードは床に片膝をついている。セスは後ろに控えて同様の姿勢でいる。
「おもてを上げよ」
腰を落ち着けた王の声で顔を上げる。
「朝日がのぼるような時に押しかけてくるとは迷惑な奴だ」
「申しわけありません」
顔の作りはハワードとそっくりの兄。ハワードよりも髪は長く、飾り環で一本に纏めて背に流していた。ローブマントの下は半裸だった。セスほどの筋肉はないが、アルファらしく逞しい上半身の凹凸が見える。
「わざわざこの兄に人攫いの許可を取りに来たのではあるまいな? さっさと余の魔術師を返してもらいたいのだが」
「グレッツェルの件ではありません」
「なんだ、残念だ。つまらぬ話をするなら余は行く。一日に何度も貴様の顔を見ていると反吐が出そうだ」
「お待ちを、ヨウはどちらに?」
スティーブの片眉がぴくりと動いた。
「ふ、残りのオメガたちが気にしているのだな。ヨウは達者にしている。腹の子も健やかに育っているそうだ。案ずるなと伝えておけ」
「わかりました。そのように」
「それで貴様はいつまで留まるつもりだ?」
ふと、今思いついたかの口ぶりでスティーブが言う。
「貴様に与えた星宮あの一帯を取り壊して兵舎を建てようと思っておる」
「さようで」
「忠告しておくが、スヴェア王国に帰る際はオメガは全員置いていけよ。あれらは余のものだ」
ハワードはニヤニヤと意地汚くほくそ笑む唇をただ見つめる。
「兄上様」
「不愉快な呼び方をするな」
呼んでみたくなり口を突いて出てしまった。睥睨されて目を伏せる。昔のあなたは何処にもいないのですかと、ハワードは奥歯を噛み締めた。
× × ×
謁見の間を出たのち、柱の陰で息をついた。体を斜めにして肩で寄りかかる。行儀が悪いので滅多にしないが、今だけは特例だ。
「国王陛下様は何を企んでいるのでしょうか」
セスはそっと後ろに控えていた。
「ここでは口を慎みなさい。誰が聞いているかわかりません」
「・・・・・・御意」
「お前は先に星宮に帰っていい。戻ってアルトリアさんとコタローさんの警護を頼みます」
「殿下は」
「私はやることがある」
意味を理解したセスは「お気をつけて」と去った。
ハワードはさっそく行動を開始する。第一王宮の中は庭のようなものだ。かつては父の持ち物であり、王妃だった母と息子兄弟は共に生活することを許されていた。
何処にどの部屋があるのかは頭に入っている。むしろ体が覚えていた。遊び盛りで駆けまわっていた記憶が、この瞬間目にしている景色に重なって映し出され、ハワードは瞼をギュッとおさえる。
あそこで何をした。あそこで誰と喋った。そんなことが懐かしく胸を締めつける。
(余計なこと感傷に浸っていないで急ぎましょう)
向かったのは書庫。セスが思い出話に持ち出した場所。書庫の扉には見張りが一人いた。
いくら王弟といえど追い出された第一王宮で自由な行動は許されていない。見張りの衛兵は困惑しながらもハワードを止める。王弟相手に強くモノを言えず困っている様子だ。
「あなた、養っている家族はいますか?」
衛兵の顔が引き攣る。
「母と、年老いた祖父母がおります・・・・・・、ああどうかお助けください」
「脅していませんよ。これを」
差し出したのは金貨入りの巾着袋。
「宮中の政略図が傾き苦労されているでしょう。兄は、働いてくれているあなたがたを大切にしてくれていますか?」
驚いた衛兵は「ひぐっ」としゃくりあげるような声を出した。唾が喉で絡んだのかもしれない。
「国王陛下に文句など言えませんから」
それが答えになっている。ハワードは衛兵の手のひらを取り巾着袋を乗せる。そして金を押しつけた際にフェロモンを嗅がせた。
尻込みしていた衛兵の目つきがどろりと溶けたようになる。
さすが第一王宮は衛兵一人とってもアルファを雇用している。
「お願いします。私は書庫に用があります」
もうはねつけられはしないだろうと踏んだハワードは衛兵に擦り寄った。
王の持つ華宮はさらに懐深く、外部から見つけにくい場所にある。
ところで王弟に与えられた星宮は、王宮の名を得ない。中枢からほど遠く外の層に近い場所にある。
兄王は弟を嫌い、王族の居住地を与えなかった。王弟派の人間は中枢の席を守るために寝返るか、兄王のやり方に見切りをつけて王弟のそばに残った。残った数は多くなく、そのせいで冷遇を受ける臣下たちに耐えられず、兄に追い立てられるように生まれ育った都を出た。
信のおけるただ一人の騎士に城内の諸々を託して、オメガだった王弟はシーレハウス学園に逃げ込んだ。
———中にいる限りは安全の地だと知っていた。
兄から逃げる口実にした。けれど予言にあった場所だった。向かう日が早まっただけのこと。
実のところセスと交わした会話は強がりもいいとこだ。シスターとしての自分が己れを見たら嘆くだろう。学園生たちは幻滅するだろう。ハワードは兄に会うのが怖い。傀儡になりかけた、言霊に操られた兄と顔を合わせるだけなのに、こんなにも手が震えている。
スティーブは通された謁見用の間にゆるりとやって来た。贅沢な布をたっぷり使ったローブマントを羽織っている。ハワードを一瞥すると王の椅子に進んだ。さらさらと、床ぎりぎりでヤドリギの金刺繍が揺らめいていた。
ハワードは床に片膝をついている。セスは後ろに控えて同様の姿勢でいる。
「おもてを上げよ」
腰を落ち着けた王の声で顔を上げる。
「朝日がのぼるような時に押しかけてくるとは迷惑な奴だ」
「申しわけありません」
顔の作りはハワードとそっくりの兄。ハワードよりも髪は長く、飾り環で一本に纏めて背に流していた。ローブマントの下は半裸だった。セスほどの筋肉はないが、アルファらしく逞しい上半身の凹凸が見える。
「わざわざこの兄に人攫いの許可を取りに来たのではあるまいな? さっさと余の魔術師を返してもらいたいのだが」
「グレッツェルの件ではありません」
「なんだ、残念だ。つまらぬ話をするなら余は行く。一日に何度も貴様の顔を見ていると反吐が出そうだ」
「お待ちを、ヨウはどちらに?」
スティーブの片眉がぴくりと動いた。
「ふ、残りのオメガたちが気にしているのだな。ヨウは達者にしている。腹の子も健やかに育っているそうだ。案ずるなと伝えておけ」
「わかりました。そのように」
「それで貴様はいつまで留まるつもりだ?」
ふと、今思いついたかの口ぶりでスティーブが言う。
「貴様に与えた星宮あの一帯を取り壊して兵舎を建てようと思っておる」
「さようで」
「忠告しておくが、スヴェア王国に帰る際はオメガは全員置いていけよ。あれらは余のものだ」
ハワードはニヤニヤと意地汚くほくそ笑む唇をただ見つめる。
「兄上様」
「不愉快な呼び方をするな」
呼んでみたくなり口を突いて出てしまった。睥睨されて目を伏せる。昔のあなたは何処にもいないのですかと、ハワードは奥歯を噛み締めた。
× × ×
謁見の間を出たのち、柱の陰で息をついた。体を斜めにして肩で寄りかかる。行儀が悪いので滅多にしないが、今だけは特例だ。
「国王陛下様は何を企んでいるのでしょうか」
セスはそっと後ろに控えていた。
「ここでは口を慎みなさい。誰が聞いているかわかりません」
「・・・・・・御意」
「お前は先に星宮に帰っていい。戻ってアルトリアさんとコタローさんの警護を頼みます」
「殿下は」
「私はやることがある」
意味を理解したセスは「お気をつけて」と去った。
ハワードはさっそく行動を開始する。第一王宮の中は庭のようなものだ。かつては父の持ち物であり、王妃だった母と息子兄弟は共に生活することを許されていた。
何処にどの部屋があるのかは頭に入っている。むしろ体が覚えていた。遊び盛りで駆けまわっていた記憶が、この瞬間目にしている景色に重なって映し出され、ハワードは瞼をギュッとおさえる。
あそこで何をした。あそこで誰と喋った。そんなことが懐かしく胸を締めつける。
(余計なこと感傷に浸っていないで急ぎましょう)
向かったのは書庫。セスが思い出話に持ち出した場所。書庫の扉には見張りが一人いた。
いくら王弟といえど追い出された第一王宮で自由な行動は許されていない。見張りの衛兵は困惑しながらもハワードを止める。王弟相手に強くモノを言えず困っている様子だ。
「あなた、養っている家族はいますか?」
衛兵の顔が引き攣る。
「母と、年老いた祖父母がおります・・・・・・、ああどうかお助けください」
「脅していませんよ。これを」
差し出したのは金貨入りの巾着袋。
「宮中の政略図が傾き苦労されているでしょう。兄は、働いてくれているあなたがたを大切にしてくれていますか?」
驚いた衛兵は「ひぐっ」としゃくりあげるような声を出した。唾が喉で絡んだのかもしれない。
「国王陛下に文句など言えませんから」
それが答えになっている。ハワードは衛兵の手のひらを取り巾着袋を乗せる。そして金を押しつけた際にフェロモンを嗅がせた。
尻込みしていた衛兵の目つきがどろりと溶けたようになる。
さすが第一王宮は衛兵一人とってもアルファを雇用している。
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