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第二章『召喚された少年と禁忌の魔法術』

68 sideハワード 王宮で起きていること

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 ロンダール王国王弟ハワード・クラーク・サンチェス・・・・・。ハワードは守るべき子どもたちを(子どもという年齢ではないが)、シスターの信念に従って生きるハワードにとっては愛すべき子。可愛い二人の寮生たちを星宮に厳重に匿い、自らは国王陛下が居住する第一王宮に向かっていた。
 国王陛下はまつりごとを執り行う本殿に滅多に姿を見せなくなっているようだ。兄であるスティーブ国王は家臣らの前に出られない理由があった。

「殿下、ご無理をされなくてもよろしいのでは? 一日に何度も国王陛下様のお顔を見るのはお辛いでしょう」
「ありがとうセス。けれどヨウの様子を見てくるって約束してしまったからね」

 セスはハワードに同行している。表情の乏しい男だが、久しぶりの再会を喜んだ顔をしていた。変わらず仕えてくれていることにこっそり胸を痛める。

「こうなったのは私の責任だ。全部、全て、私が・・・セスにも申しわけないことをした」
「まだおっしゃってるんですか? 殿下との契りは私の誇りです」

 セスが跪いて服従と信頼を示してくれる。

「うーん」

 胸に当てられた腕の包帯は血痕が滲んでいて痛々しい。口からこぼれるのはどうやっても浮かない声だ。

「殿下は昔っから、イジイジしたいタイプですよね」
「したくて落ち込んでるんじゃないよ。あの子たちには言わないでくれよ?」
「心得てます。あー、懐かしいですねぇ、五歳の殿下がおねしょをしてしまって丸一日書庫にこもってしまったことがありましたね。迎えに行った時には、本棚の陰ですっかり寝入っておられましたが。可愛かったですよ」
 
 覚えてますかと問うてくるセスは優しい。

「あの時はセスだって子どもだったくせに」
「殿下よりは歳上でした」

 セスが、先ほど取り調べたギュンターの思い込みに憤った気持ちは理解できた。兄とギュンターの私利私欲にまみれた契約と一緒にされたくはない。綺麗事で固めるつもりもないが、幼い頃から自分に尽くしてくれるこの騎士においては紛れようもなく美しい。
 ハワードは言葉を交わすたびに片膝をつくセスの銀髪を見下ろした。恭しく頭を垂れるので太い首まわりとうなじが目に留まる。浅黒い肌には、ところどころ戦いで負った傷があった。首から肩にかけては広く分厚い。重たい甲冑を身につけて剣を振るうための筋肉がある。
 こう見ていると、彼を縛りつけていることへの罪悪感は小さくなかった。
 セスは優秀なアルファ性の持ち主で、ハワードと並ぶといつも謙遜するばかりだけれど、男女問わずに羨望を集めるほどの屈強な体躯があり、顔立ちだって仮に国のアルファを全員並べれば断トツで首位を勝ち取れるくらいのハンサムだ。
 主従契約を解除してアルファ性を解禁してやれば、彼の世継ぎを生みたい者が寄ってたかって来るのだろう。きっと引くて数多になるに違いない。
 花のように喩えられることが多いハワードは、しかし自分では真っ白いだけで軟弱で、男としては無力だと感じている。セスの渋く引き締まった苦み走る男らしい雰囲気は羨ましい。欲しいとすら思ってしまう。いけない欲望だ。

(私が自分の願いを優先して幸せになることは許されない)

 ハワードは視界にうつる男を頭の片隅に追いやる。

「もういい、いつまでも跪いていないで立ちなさい」
「御意」

 セスは立ち上がり、また歩き出す。

「しかし、よくこの国の政治は回っていましたね。ああ、いい、歩みを止めるな」
「国王陛下様が魔法術にくるわれてから随分と経ちますから。政治に口を出さない王に取りかわろうとする力のある人間がこぞって席を奪い合ってます。結果的に国力は上がっているので、現在のやり方に誰も異議を唱えません」
「美味い汁を吸えなくなったら困るからか」
「大きな声で言えませんが、国王陛下がこのまま崩御してくれることを望む者もいます」
「兄が死んだとしても、王族でない人間に国王の座は回ってこない。その時は四国同盟のうちのどれかに吸収されて国は消えるだけなのに」

 ハワードのそれは、いつかは、ゆっくりとそうなるべきなのだと言うような口調だった。

「あなたは即位されないのですか。今も変わらないお気持ちで?」
「死んだあとも兄が許さない」
「お心は変わりませんか」
「ええ、私は死ぬまでオメガたちのそばで償いたいのです。オメガを苦しめてきたサンチェス家に生まれた務めです」

 もう訊いてくれるなと、ハワードはため息をこぼした。

「考えたくはないですがヨウの身辺に注意しなくてはいけませんね」

 暴走している予言の対処で手一杯だが、険しく眉根を寄せて額をおさえる。

「世継ぎを作らないと思っていた王に子ができたとなれば、面白くない輩に腹の子が狙われる。魔法術にしか関心がない兄が、ヨウと子どもを守り通せるのか心配です」
「何が起きても殿下に責任はありません」

 力強い言葉にも、頷けなかった。

「オメガが不幸になるところは見たくないんです」
「・・・・・・でしたら私の部下を使って二重に網を張り警護させます」
「お前にばかり苦労を」

 声を詰まらせた後ろをセスが引き継いだ。

「殿下、あなたの憂いは私が引き受けます」
「ありがとう、頼むと、お前に命じなければならないのだろうね」

 ハワードの目にはそろそろ第一王宮が見えてくる頃合いだった。

「また、これだからオメガはと、兄に小言を言われてしまう」
「あなたはあなたです。殿下。それに今の国王陛下は」
「いい」

 皆まで言うなと、視線を送る。

「慰めは私にはもったいない」

 いたわしげな顔をしたがセスは口を閉じた。後ろを歩く彼のおかげで朝日の眩しさが遮られている。

「そういえば昨晩も寝ていなかったのだな」

 その前の晩もロンダール王国に駆けつけるために眠っていないので、肩にずしりと重みがのしかかってくる。
 ハワードはうっかり寝ていないと呟いてしまったことを後悔した。だがセスは言いつけを守り黙って足を動かしていた。
 門の前には衛兵が立っている。眠たそうに欠伸をした衛兵は王弟と騎士の姿に気がつくと慌てて敬礼をした。

「国王陛下に拝謁願いたい。通してもらえるかな?」
「はっ」

 よく見ると先刻訪れた時にハワードに誤って槍を向けてしまった衛兵だ。まだ若い兵士は王弟の顔を知らなかったのだろう、気まずそうにしている。
 可哀想なことをしたが、王宮の中でのハワードの立場を明らかにしていた。
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