上 下
64 / 109
第二章『召喚された少年と禁忌の魔法術』

64 正しい誘惑

しおりを挟む
 呼ばれた当人はぎくりと体を引く。

「お喋りが盛り上がっていたようですが、楽しかったですか?」

 ジョエルの見ている前で洋の目がわかりやすく泳いだ。

「・・・・・・別に悪いことしてないよ」

 邪魔者めと言いたそうな洋に、ハワードが優しい顔を見せる。

「ええ、国王陛下があなたをお呼びです。私がずいぶんと無理を言ってしまったので兄は荒ぶっているかもしれません」

 そして部屋に足を踏み入れると、洋の背中に手を触れた。

「あなたを使ってしまうようで心苦しいですが、すみませんね。どうかよろしく頼みます」
「僕のこと国王様が呼んでくれてるの?」

 洋が聞き返したのはよほど嬉しかったからだろう。あっさり手のひらを返し、ハワードにすり寄る。

「兄はあなたにしか心を許せないのでしょうね。行ってくれますか?」
「うん」
「ありがとうございます。ではさっそくお支度に向かってください。セス」

 ハワードが命じると、セスが陰から姿を見せる。

「どうぞこちらへ」
「うん」

 嵐のようだった洋が従順に去った後、ハワードはジョエルの部屋に残った。

「アルトリアさん」
「っ、はい!」

 ジョエルはかしこまる。

「体はいかがですか」
「あ、はい、万全とはいかないですけれど体は平気です。部屋はこのとおりですが」
「恥じることはありません。私はとても美しい部屋だと思いますよ。アルトリアさんらしい優しさに満ちています」

 ハワードは花の匂いを嗅ぎ、慈しんだ。

「優しさ」
「あなたのことですからグレッツェルの犯行に心を痛めたのでしょうね」
「はい、僕は今でも先生に騙されていたなんて信じられません。僕は先生を心から尊敬し、魔法術を教わるためにロンダールまで来て・・・・・・ん? あれ、そうでしたっけ・・・? あれ?」

 ほんの十数日前の出来事なのに詳しく思い出そうとすると頭が痛くなる。

「あれ・・・それなのになんで後宮にいるんだっけ」
「アルトリアさん」
「ハワード様、何故でしょうか頭が痛いです」
「疲れているのです。もう夜も遅いですから休みなさい」

 そう言われれば洋がやって来た時間もかなり遅かった。もう寝ようかという時だったのだ。ジョエルはハワードの言葉に素直に頷くと、ふかふかと弾力のある寝具の上に横になった。
 それから洋が顔を見せなくなった。華宮に戻っている様子もなく、ずいぶんと国王陛下に熱心に可愛がられているようだ。
 音沙汰がなくなって少しして・・・・・・。
 ジョエルは療養という環境に甘えている。
 トントン、来訪客がくる。空の色合いからして夕食を運び世話をしてくれる宮人かハワードの伝言を預かったセスだろう。洋の様子を訊ねていたからその答えだ。

「どうぞ~、はっ、ハワード様でしたか」

 うっかり気を抜いた返事をしてしまった。ハワードが直々に報告に来てくれると思っていなかった。

「今はよろしいですか?」
「もちろんです」

 ジョエルが椅子をすすめると、ハワードは草花の賑わう一角にすとんと座る。

「只今、国王陛下から慶事の知らせがありました」
「まさかヨウが?」
「ええ、ヨウさんがご懐妊されました」

 ややあってから、ジョエルはハッとした。

「おめでとうございます。ヨウはいつ戻ってくるのでしょうか」
「おや、知らぬうちに彼と親しくなったのですね」
「同じ華宮に務めるオメガとして気になります」

 決して親しくないと口にすると、ハワードの瞳に笑みが浮かんだ。

「本当です」

 ジョエルは意味のない言い逃れをしてしまう。

「わかってますよ。仲間思いのあなただからこその想いでしょう。しかし」

 ハワードが一つ、静かに息を吸った。

「アルトリアさんにはそろそろ華宮を出てもらおうと思っています」

 一息の後の宣告にジョエルは急速に口の中が乾くのを感じ唇を舐める。

「僕は不要ですか」

 卑屈な性格が恥ずかしくなるが、後宮を追い出されたら居場所を失う。ギュンターを頼れなくなったので、魔術師としてやっていくツテもない。

「アルトリアさんにはもっと相応しい場所があります」
「何処に」
「シーレハウス学園ですよ。私と一緒に学園へ戻りましょう」
「でも」

 それが叶うなら素晴らしい。夢で見てしまったばかりに学園の生活と旧友が懐かしくてたまらなかった。

「追放になった件においては問題ありません。あなたがどうしても華宮に残り国王の子を生みたいと言うのであれば無理は申しませんが」
「い、いえっ」
「では、決まりですね。おや、渋っていますか?」

 ハワードがジョエルの顔を見てそのように感じたのなら、きっとそう思われる顔をしていたのだ。ジョエルは頬を触り、引き攣った口角を揉む。
 学園へついて戻るべきなのだと頭でわかっていても、腰や肩に鉛が乗っている。ジョエルの体は拒んでいた。

「残念です」

 ハワードはため息をつく。

「あなたは己れの得た力を自分だけの力にしておきたいと、つまりそういうことですね」

 そして手で開花前の蕾を寄せた。摘み取ることはせず、がくに沿って指を走らせ、哀れむように見つめる。
 ハワードの手に包まれた蕾は、ジョエルの見ている前でふんわりと花を咲かせた。

「すごい」

 ジョエルは滑らかなフェロモン操作に見惚れ、次の瞬間にたじろいだ。

「ひっ」

 喉が鳴る。ハワードの手の中にあった花が真っ黒く萎れて枯れていた。

「この花と相克するフェロモンを流したのです。緑なら赫。戦いの基本です」

 花弁と共に朽ちたがくが折れ、ジョエルの膝の上に落ちる。

「・・・・・・可哀想に」
「考えたことありませんでしたか? いいんですよ。そこがアルトリアさんの評価できる点です。けれど落ちたこれはシーレハウス学園にいるあなたの大切な友人であるかもしれない」
「あ・・・」

 ハワードは落ちた花弁を掬い上げた。

「どちらの側に立つのか、今後は力の使い方を慎重に考えなくてはいけませんね」

 その時、一瞬の出来事だった。がくが膨らみ、バチンッと弾ける。ハワードが顔を庇うと、豆粒のような種が手の甲を打った。

「ちっ」

 破裂音に混じって聞こえた舌打ちにジョエルは瞠目する。

「いいえ失礼。やはりここでは落ち着いて話せませんね。本日中に荷物をまとめて頂きましょうか」
「本日って・・・、もうすぐ夜になりますが」
「馬車の用意があります。外が暗かろうが関係ありません。急になり申しわけありませんが、後ほどセスを迎えに来させますから」
「や、待ってくださ・・・・・・あぁ」

 ため息も虚しく、ハワードは行ってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

たとえ月しか見えなくても

ゆん
BL
留丸と透が付き合い始めて1年が経った。ひとつひとつ季節を重ねていくうちに、透と番になる日を夢見るようになった留丸だったが、透はまるでその気がないようで── 『笑顔の向こう側』のシーズン2。海で結ばれたふたりの恋の行方は? ※こちらは『黒十字』に出て来るサブカプのストーリー『笑顔の向こう側』の続きになります。 初めての方は『黒十字』と『笑顔の向こう側』を読んでからこちらを読まれることをおすすめします……が、『笑顔の向こう側』から読んでもなんとか分かる、はず。

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

恋のキューピットは歪な愛に招かれる

春於
BL
〈あらすじ〉 ベータの美坂秀斗は、アルファである両親と親友が運命の番に出会った瞬間を目の当たりにしたことで心に深い傷を負った。 それも親友の相手は自分を慕ってくれていた後輩だったこともあり、それからは二人から逃げ、自分の心の傷から目を逸らすように生きてきた。 そして三十路になった今、このまま誰とも恋をせずに死ぬのだろうと思っていたところにかつての親友と遭遇してしまう。 〈キャラクター設定〉 美坂(松雪) 秀斗 ・ベータ ・30歳 ・会社員(総合商社勤務) ・物静かで穏やか ・仲良くなるまで時間がかかるが、心を許すと依存気味になる ・自分に自信がなく、消極的 ・アルファ×アルファの政略結婚をした両親の元に生まれた一人っ子 ・両親が目の前で運命の番を見つけ、自分を捨てたことがトラウマになっている 養父と正式に養子縁組を結ぶまでは松雪姓だった ・行方をくらますために一時期留学していたのもあり、語学が堪能 二見 蒼 ・アルファ ・30歳 ・御曹司(二見不動産) ・明るくて面倒見が良い ・一途 ・独占欲が強い ・中学3年生のときに不登校気味で1人でいる秀斗を気遣って接しているうちに好きになっていく ・元々家業を継ぐために学んでいたために優秀だったが、秀斗を迎え入れるために誰からも文句を言われぬように会社を繁栄させようと邁進してる ・日向のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(日向)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づくと同時に日向に向けていた熱はすぐさま消え去った 二見(筒井) 日向 ・オメガ ・28歳 ・フリーランスのSE(今は育児休業中) ・人懐っこくて甘え上手 ・猪突猛進なところがある ・感情豊かで少し気分の浮き沈みが激しい ・高校一年生のときに困っている自分に声をかけてくれた秀斗に一目惚れし、絶対に秀斗と結婚すると決めていた ・秀斗を迎え入れるために早めに子どもをつくろうと蒼と相談していたため、会社には勤めずにフリーランスとして仕事をしている ・蒼のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(蒼)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づいた瞬間に絶望をして一時期病んでた ※他サイトにも掲載しています  ビーボーイ創作BL大賞3に応募していた作品です

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

完結•枯れおじ隊長は冷徹な副隊長に最後の恋をする

BL
 赤の騎士隊長でありαのランドルは恋愛感情が枯れていた。過去の経験から、恋愛も政略結婚も面倒くさくなり、35歳になっても独身。  だが、優秀な副隊長であるフリオには自分のようになってはいけないと見合いを勧めるが全滅。頭を悩ませているところに、とある事件が発生。  そこでαだと思っていたフリオからΩのフェロモンの香りがして…… ※オメガバースがある世界  ムーンライトノベルズにも投稿中

恋というものは

須藤慎弥
BL
ある事がきっかけで出会った天(てん)と潤(じゅん)。 それぞれバース性の葛藤を抱えた二人は、お互いに自らの性を偽っていた。 誤解し、すれ違い、それでも離れられない…離れたくないのは『運命』だから……? 2021/07/14 本編完結から約一年ぶりに連載再開\(^o^)/ 毎週水曜日 更新‧⁺ ⊹˚.⋆ ※昼ドラ感/王道万歳 ※一般的なオメガバース設定 ※R 18ページにはタイトルに「※」

処理中です...