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第二章『召喚された少年と禁忌の魔法術』

63 失くしたこと

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「夢・・・か、だよね」

 リアルだったせいか拍子抜けすらする。呆気ない。

「ぶつぶつ何言ってんの。・・・あんたさ、大丈夫なわけ?」

 洋がこわごわと聞いてくる。ジョエルはこめかみを押さえた。

「頭が少し痛いような気が、ヨウ?」
「・・・・・・・・・・・・ふぅん」

 首を傾げたいほど返答までに間があった。視線は不自然に動いており、ちらちらと窓の方向を見ている。怪しいことこの上ない。

「窓の外に何かあるの?」

 ジョエルは顔の向きを窓に向ける。だが半透明なカーテンがそよそよと揺れているだけだった。

「頭を打ったんだよ」

 唐突に洋が喋り出したので眉を寄せると、洋の顔が怯えたように歪んだ。その顔に「ごめん」と謝る。洋は可愛い顔に似合わず舌打ちをした。

「ちっ、あんたは黙っててよ」

 あんまりな言い返しにジョエルは目をしばたく。

「ひとを呼んでくるから。あんたは安静にして寝てて」
「わかったよ、ごめんね」
「じゃ、そういうことだから」

 逃げゼリフのように吐き捨てて、洋は行ってしまった。失礼だなと思いつつ、ジョエルは枕に頭を預ける。ため息が出るくらいでなんてことはないが、ジョエルの何が気に入らないというのだ、と、悶々とした。

(僕が怒らせることをしたのかな・・・僕が・・・・・・)

 思考が続かない。

(・・・・・・思い当たることないなぁ。きっと怒りっぽい性格なんだろう)

 ジョエルはそう結論づけると、植木鉢の蔓を伸ばし水差しを引き寄せた。
 夕食前の時間までにはセスが部屋を訪れ、ジョエルがハワードとの会話中に急に倒れ、倒れていたのは半日程度であったことを伝えてくれた。ハワードは兄の国王陛下に会いに行っている。直接会談をし、こたびの一件を決着させるつもりでいるという。
 ジョエルのベッドで咲き乱れていた顔大サイズの花弁がぼとりと落ちた。
 セスが感心した顔で花弁を拾い上げ、ベッドから除ける。

「なるほどこれは、グレッツェル殿は優秀な弟子を得たのですね。魔力がだだ漏れですが目覚められてから体の不調を感じていますか」
「いいえ、平気です」

 今やジョエルのベッド周りは草花に囲まれたジャングルに逆戻りしていた。成長し放題の葉を掻き分けるように背の高いセスは片腕を上にあげて会話をしなければならない。

「もしも我が主人のことをご心配なさっているのなら、必要ありません。彼の方は国王陛下様と対峙できる唯一の方ですから」
「ええ・・・すみません。なんだかこうしていないと落ち着かなくて。何故と言われると困ってしまうんですけど」
「無理に話そうとなさらなくて結構ですよ」

 ジョエルはこくりと顎を引いただけの礼を示し、何かを守るような形のそれの中に閉じこもる。そんな状態で翌日にギュンターの罪が決定したと告げられる。国宝にあたる古書文献を私的に利用しようとした証拠が見つかり死罪が決まったと・・・。
 ひどくショックを受けた。
 尊敬していた先生に裏切られたからなのか違うのか。握り拳が震える理由がはっきりしない。憔悴したジョエルにセスはゆっくり療養するようハワードからの伝言を伝えた。



 × × ×



 夜、ジョエルの部屋に意外な訪問者が現れた。洋だ。

「あのさ」

 洋は小柄な体でどすどすと乗り込んでくる。ジョエルを包み隠す葉を手で払い、ベッドに尻を乗せると無遠慮に顔を寄せた。

「なっなに?」

 ギョッとしたジョエルの額に、ぺたりと手のひらが触れる。

「熱はないよ」

 洋の視線が横に動く。

「セスも体は大丈夫だって言ってたしね。頭ん中は知らないけどね」
「ねぇ? もしも僕に言っている質問なら答えるけど」

 すると戻ってきた洋の視線にキッと睨まれる。

「ほ、ん、と~にムカつくっ、お前!」

 洋は半泣きの顔だ。

「僕に偉そうに説教しといて、自分が———を傷つけてどうすんだよ!」
「今なんて言ったの?」

 ジョエルは眉をひそめる。洋の発言の途中にザザザっと雑音が混じっていた。

「だからぁ、自分が——・・・を」
「聞こえない」
「・・・・・・!」

 口を見れば洋が大声を出しているのはわかるのに、繰り返されると繰り返されただけ頭の中で雑音が重なり、頭が四方八方から押し潰されるようだ。気持ち悪い。

「うぅっ」
「え、僕何もしてないよねっ?」

 頭を抱えて背中を丸めたジョエルを見て、慌てふためく洋。

「騒がないで。でもさっきの話はもういいから」

 苦しいのはジョエルだが、洋を見てると冷静になる。

「今日のところは帰ってくれるかな」

 この子の性格なら喜んで脱げ出して行きそうと予想していたのに、予想は外れた。思っていたより悪い意味で肝が据わっている。

「間抜けなお前に言いたいことがあって来たんだ。帰らない」
「ごめん、僕ほんと限界で・・・お願いだから」

 やつれたジョエルは両目を覆った。

「うるさいなっ、お前なんかいっぱい苦しめ!」

 なんてことを言うのだ。すぐさま叩き出してやりたいが、腹立たしい罵詈を吐いた口が弱々しく曲がり、目からは涙がポロポロしている。

(まったく、泣きたいのはこっちなのに僕が虐めたみたい)

「なんで僕がこんな役まわりなんだよぅ」

 洋は鼻をすする。

「八つ当たりならやめてほしい。このままだと僕は君を傷つけることを言っちゃいそう」
「もうすでにたくさん傷つけられてますけど。お前が出張ってきたせいで僕はまたひとりぼっちになりそうで怖い。なのにここまでしてやってるんだぞ・・・感謝しろ、ばか」

 気にかかる言動もそうだが、洋の態度がジョエルの沸点に触れた。

「セスさんまでひとに取られてしまったからって僕のせいにしないで。最初から君のものじゃない、ハワード様の専従騎士なんだからね」

 洋は怒っているような、同時に困惑したように目を見開く。

「セスまで・・って言った? それってさ他に取られちゃいそうなひとがいたのを知ってるってことじゃん。それって誰?」
「知らないって、言葉のあやだよ」

 しかし内心穏やかでなかった。ぽろりと口から勝手に出た言い回しだったけれど、だからこそジョエルを悩ませる。頭で考える前の咄嗟の一言ということだけあり無視できない。

「どうして知らないって言うの?!」
「本当のことだからだよ。ヒステリックになるのはやめて。頭が痛い」

 洋がムッとむくれた顔をしたのは一瞬で、きゃんきゃんと子犬が吠えているように捲し立てて黙らない。

「僕・・・は異世界から来たんだ。僕は自分が異世界転移してきたんだってすぐわかった。僕はそういうの好きでよく読んでたから。けど——・・・に・・・は・・・れて心細くて、だって僕のたったひとりの・・・だもん」
「う、うるさい」

 聞き取れなかった声が頭の中できゃんきゃんガンガンと響いて、ジョエルはたまらず耳を塞ぐ。そのせいでむしろ洋を逆上させたらしく、ジョエルの脳みそを食い潰さんばかりに喋る口は止まらない。

「放課後、教室に残っていた僕に・・・・・・れた。多分喋ってくれたのはたまたまで、僕は顔も上げずに愚痴を聞いてただけ。それが僕にとっては特別な思い出。あの日がなければ僕は」
「もういいやめてっ、頼むから!」

 気づけばジョエルは着衣を握り締め、ぜいぜいと胸を上下させていた。あと少しで苦悶が形をなして喉元から飛び出そうだ。
 そんな姿を晒しても洋は不機嫌な顔つきでいる。
 苛立ちが増幅する最中、ジョエルの部屋にやって来た人物がもう一人いた。
 ハワードが王族衣装に身を包んで立っている。飾り気のない聖職服しか着ているところを拝見したことがないが、こうして見ると、生まれた身分が表に出るのかやはりしっくりくる。

「ヨウさん」
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